人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻

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本編

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王太子妃、クロエはお茶を飲みながら嘆息をもらす。
時刻はもう夜更け。早く休みたいのだが、休むわけにはいかない。なぜなら王太子が訪れると侍女から伝えられているからだ。

「こんな遅くなるのなら殿下も大変でしょうに」

クロエはまた大きな嘆息をもらす。
そのクロエを見て、クロエ専属の侍女は苦笑を浮かべた。

「殿下は少しでも妃殿下とご一緒に過ごしたいのでしょう」
「そうかしら・・・そうは思えないわ」

呟いた最後の言葉は侍女の耳には届かないような、小さな声だった。
侍女たちは殿下からの寵愛が深いと日々喜んでいるが、クロエにはどうしてもそうだとは思えなかった。

なぜならクロエはクロエであって、クロエではないからだ。



クロエは双子の姉として産まれた。
この国では双子は禁忌の子だと言われており、片方の子は存在しない者とされる。平民であれば捨てられたり、売られたりしただろう。
幸か不幸かクロエはガードン公爵家に産まれたため、遠縁の親戚に産まれてすぐに引き取られそこの長女として育てられた。

姉妹共に琥珀色の髪に菫色の瞳。そしてそっくりな顔。
知らない者が見たら同一人物だと思われるほど似ている二人だが、産まれてすぐ別々の人生を歩んできた。

妹はガードン公爵家の長女として育ち、その後王太子、ヴァーデン・バジルの婚約者となった。
無事婚姻し王太子と妹は仲睦まじい夫婦となったが、一年と半年ほど経った頃問題が発生した。

妹は子を成せぬ身体だったのだ。
強欲な当代のガードン公爵は世継ぎを産めない妹を見限った。そして良くしてくれた遠縁の親戚夫婦、クロエからしたら本当の親よりも大切な二人を人質に取りクロエを妹として生きていくように告げたのだ。

クロエには受け入れるほかなかった。
自分さえ公爵の言う通りにしていれば親戚夫婦は助かるのだ。

かくして姉は妹に。妹は姉として生きていくことになった。



「妃殿下、王太子殿下がいらっしゃいました」

侍女の声にハッとしたクロエはヴァーデンを迎えいれるために扉へと近づく。
扉を開けたそこには金髪碧眼の美丈夫が立っていた。

「やぁクロエ。遅くなってすまないな」
「いえ、殿下。お待ちしておりました」

二人は簡単な挨拶をすると直ぐに侍女たちを下がらせ、ヴァーデンはソファに腰掛けた。

「殿下、お酒を召し上がられますか?」
「いや、いい。それよりこちらに来なさい」

クロエは素直にヴァーデンの横に腰を落とすと、さっと手を握られた。

「殿下?」
「二人の時は名で呼べと言っただろう?リリアンヌ」

ーーリリアンヌ
クロエ・・・いや、姉としての本当の名だった。

ヴァーデンは全て知っていてガードン公爵の策に乗ったのだ。

「・・・・・・ヴァーデン様、わたくし仄聞したのですが新しい側室の方たちの初夜に訪れていないと・・・」

ヴァーデンには正室のリリアンヌの他に側室が三人いるのだが、そのうち二人はここ最近宮入したばかりだった。
元々いたマピトン侯爵令嬢も大層な美女であるが、新しい側室たちも負けてはいない。そして何より若さがある。
その側室の初夜に王太子が訪れていないとなれば、あまり外聞がよろしくないだろう。
リリアンヌは後宮を治める身。子は多いほど良いと言われているので、通って欲しい一心だった。

「リリィはそんなこと気にしなくていい。そなたは私のことだけを考えていればいいのだ」
「しかし殿下。わたくしはもうお役目を全うしておりますゆえ・・・」

リリアンヌの頬に手の甲を当て、欲を含んだ瞳で見つめるヴァーデンにリリアンヌは慌てる。

嫁いで直ぐに身篭ったリリアンヌは既にヴァーデンとの子が二人いた。
しかも二人とも男児だ。
ガードン公爵もこの結果に満足しており、いつお役御免になるのかと思っているのだ。
そして愛していない、身代わりでしかない自分とこれ以上閨を共にする必要はないと思っている。

「何度も同じことを言わせるな。今は私のことだけを考えていろ」

ヴァーデンはリリアンヌを横抱きにし、寝台へと向かった。
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