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第三幕・邪教撃摧(げきさい)(後編-03)

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「そこの方。姿をお見せ下さいな」
「ひぃぃぃっ」
茉依子に呼ばれて縮こまる勇往邁進大師。

「何も取って食おうと言う訳ではありません。コレを」
そう言って、茉依子は一通の封筒を差し出す。

「教祖様にお渡し下さい」
「は、はぁ」
「教祖様にお渡しする前に中を見ちゃダメですよ!」
「わ・・・。分かりました」
「はい、良く出来ましたねぇ」
満面の笑みを浮かべながら、茉依子は封筒を手渡したのであった。



さて、頼みの綱であった【狂死蝶】の全滅を目の当たりにした勇往邁進大師は茉依子から渡された封筒を片手に、急ぎ【キラナ・統率教】本部へと駆け出す。

「アレは?」
「さて、次は大阪でお仕事ですわ。では、紅蘭さん、【星後珈琲】へ参りましょうか」
「茉依子の奢りだぞ」
「いいえ、紅蘭さんですわ。絵瑠夢(えるむ)も暁蕾(しゃおれい)も、そう申してますものっ」
「エルム? シャオレイ? 初耳だぞ」
「あら。そう言えば紅蘭さんには私とヤミしか、お会いしておりませんでしたわね」
「どう言う事だ? 茉依子?」
「そうですわね。近々・・・。では、【星後珈琲】の事はお預けにして、私は大阪に参りますわ」
「何が有るんだ?」
「うふふ、ひ・み・つ」
そう言って茉依子は微笑みを浮かべると踵を返して歩き出したのであった。



一方――

「き、教祖様!」
息せき切って、翠の下へと駆け込む勇往邁進大師。

「それで首尾は?」
にこやかに微笑む翠、だが――

「【狂死蝶】が・・・。壊滅しました」
「はっ?」
翠は勇往邁進大師の言葉の意味が理解出来ていない様である。

「つまり、【狂死蝶】があの2人をメタメタにしたって事よね? まぁ、やり過ぎたのは良くないけど」
「ち、違います! 【狂死蝶】があの2人にメタメタにされたんです」
「は、はぁぁぁぁっ!?」
「あの2人、化物です。このままでは教祖様も! 早くお逃げ下さい!」
「それは?」
翠の目が、勇往邁進大師の右手でヒラヒラとする封筒に止まった。

「は、はいっ。あの女がコレを教祖様にとっ!」
「早く寄こしなさい!」
苛立った表情の翠が勇往邁進大師から封筒をひったくる。

「・・・大阪地方裁判所?」
一瞬の間を置き、封を切った翠の顔が見る見る間に硬直して行く。


「第二回口頭弁論調書・・・、判決って。何よ、コレ!」
そこには、裁判官と担当書記官の使命が記されていた。
そして――

「原告、【グレート・ソルト】。被告・・・、【キラナ・統率教】!」
【キラナ・統率教】の代表者として冷泉翠の名も記されている。

「主文、【キラナ・統率教】代表者・冷泉翠は、【グレート・ソルト】に対し、金2999万円を支払え・・・?」
そう、裁判所からの支払い命令が記載されていたのであった。

「弁護士を・・・。顧問弁護士達を呼びなさい!」
翠の叫び声が【キラナ・統率教】本部に谺していた。



「つまり、借金の事実は無いと?」
「当然でしょう。コレは何かの間違いに決まっています」
「しかし、何故大阪地裁なのでしょう? 東京地裁なら意味も分かりますが」
「それをはっきりさせる為に貴方達を呼んだのです」
翠の顔には怒りの色がはっきりと見えている。

「いずれにしても、大阪地裁で判決が出されている以上、東京では手が出せませんな」
「大阪高裁に上告・・・ですか?」
「それをするのが貴方達の仕事でしょう! いくら顧問料を払っていると思ってるの!」
翠の強い視線が5人の弁護士に向けられた。

「ご心配は要りません。大阪高裁でも最高裁でも我々は必ず勝ちますよ。教祖様」
5人の中央に座った初老の弁護士が落ち着き払って言う。

「大丈夫なんでしょうね?」
「勿論です。考えても見て下さい、東京に居る教祖様に大阪での判決など出せるモノでは有りません。何か手を尽くしたとしても・・・です」
「それな・・・。そうね」
「先ずは大阪地裁に再審請求を行います。それで片が付くでしょう」
「えぇ・・・」
「後は我々にお任せを」
「いえ、私も大阪に参りますわ」
「教祖様、自ら?」
「本人が違うと説明した方が早いでしょう」

こうして、舞台は再び大阪へと戻るのである。



大阪地裁・第三小法廷――

「まさか・・・。彼女が相手だと知っていたら・・・」
翠と共に代理人として大阪地裁へと赴いた5人の弁護士達は、相手方の代理人弁護士を見て愕然としていた。

「鷲林寺獅綺・・・」
「法廷の錬金術師・・・」

「では、【キラナ・統率教】からの再審請求に伴う審理を開始します」
裁判官の声が法廷内に響いた。

どこから情報を聞きつけたのか、傍聴席はほぼ満員である。
そして――

「久しぶりですね。本橋さん」
「やっぱり、君も来たのか。多村君」
「えぇ、あの鷲林寺獅綺の裁判。きっと、何か起きますよ」
「そうだろうな。だから、僕も」
「如月大臣・・・ですね」
「あぁ、大臣は【キラナ・統率教】の解散命令を国会に提出する。警視庁組織対策2課も包囲網を敷いて待機している」
「全ては、この裁判次第」
「そう言う事だ。この国の未来の為に」

本橋と多村も見守る中、ついに注目の裁判が開廷した。

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