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第三幕・邪教撃摧(げきさい)(後編-01)

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【キラナ・統率教】本部――

「貴方達に何かしろと言ってるのでは、ありません!」
語気を強めた翠が床に土下座している初老の男性達の前で仁王立ちになっている。

「ですが、やりすぎじゃ・・・。なぁ」
「そ、そうですよ。ねぇ?」
「幾ら何でも、【狂死蝶】は・・・」
「市民の目と言うか。我々にも立場が」
互いに視線を泳がせながら、翠の怒りの矛先が自分に向くのだけは避けようとする男達。

「杏部さん、貴方の民治党代表選に幾ら使ったかしら?」
「そ、その節は」
「川木田さん、経済復興大臣になりたいって泣きついて来たのは誰?」
「わ、私・・・です」
「花詩さん、寺畑さん。地元でどれだけ票が取れたの?」
「冷泉様のお力があればこそで」
「私もその御恩は忘れておりませんが・・・」
床に土下座している男達、元民治党のトップや現職の大臣達である。

「自分で何も出来ないくせに、人様の上に立つなんて100万年早いのよっ」
「ひいぃぃぃっ」
翠の罵声に竦み上がる4人。

「今の民治党の代表は、岸本さんだったわね」
「はい。そうですが」
「何故、私の所に挨拶に来ていないのかしら?」
「そ、それは」
「如月大臣に首根っこを押さえられているから? 須貝さんみたいに?」
4人は黙ったまま下を向く。

 かつて程に民治党が【キラナ・統率教】の言いなりになりにくくなったのは、如月が国家保安大臣に就任したからである。
無論、その後ろにはミネルヴァの影がある事は周知の事実であった。

「ミネルヴァさんだったかしら。いずれ、キチンと引導を渡してあげるわ」
残虐な笑みを浮かべる翠。

「いずれにしても、【狂死蝶】の行動を妨げるモノが居たら」
翠はぐるりと一同を見回した。

「貴方達は終わりなの。この意味、分かってる?」
閻魔大王の前で判決を受けた様に、4人は首を項垂れていたのであった。



 翌日の事――

「た、大変です! 教祖様!」
翠の下へ血相を変えた勇往邁進大師が飛び込んで来る。

「何事ですか? 平常心を持てば、そんなに慌てる必要は無い筈」
両掌を合せ。軽く目を開く翠。

「あ、あの女が来ているのです!」
「何ですってっ! 安土茉依子が?」
慌てて立ち上がる翠。

「一体、何の目的でしょうか?」
慌てふためく勇往邁進大師。

「安土は1人? 不動院は一緒なの?」
「いえ、今日は孫と2人です。どうしても、教祖様に直接お話ししたい事があると言って帰りません」
昨日の今日である、勇往邁進大師が慌てふためくのも無理は無い。

(何が目的なの? 何を狙っているの?)
翠の顔にも苛立ちの色が見え隠れしていた。

「2人を教義の間に通しておきなさい。それと、録画を」
「では?」
「いいチャンスよ。ここであの女に私の奇跡を認めさせれば、あの中継を全部チャラに出来る」
「し、承知致しました」
「それと、もしもの場合に備えて【狂死蝶】を」
ニヤリと笑う翠の顔には、残虐さが浮かんでいたのである。



<カチャリ>
「お待たせしました」
表情は硬いが、言葉尻だけは丁寧に話しかける翠。

「何度も申し訳ありません。どうしても、お話しておかなければならない事が御座いまして」
「昨晩の中継は、楽しませて頂きましたわ。孫さん、大塩さんもご覧になられたのかしら?」
「はい。かなり衝撃を受けていましたが、それでも<翠さんは本物だと>」
「やはり、自らが経験されているだけあって真実を分かっておられますわ。大塩さんは」
「あらっ?」
急に茉依子が素っ頓狂な声を上げた。

「何でしょうか? 不躾な!」
はっきりと不満を示す翠。

「いえ、素敵な香りがすると思いまして。お香ですか?」
「そうですわ、インドの山中でしか採れない特殊な香木ですの」
「それは珍妙ですこと」
そう言いながら、茉依子は鼻を<スンスン>とさせる。

「私には、イランイランをベースに人工的に作り出された香りと思いましたわ」
「なっ!」
茉依子は再び、鼻を<スンスン>とさせながら呟く――

(絵瑠夢、お願いしますわね)
眉間に眼鏡をすり上げる様にした瞳がキラリと光った

「厳密には、イランイラン58%にサンダルウッドが33%。それにジャスミン6%と、そうだね、パチュリが3%ってところかな? それに精製水の混ぜられたオスモフェリンとアンドロステノンを少々」
茉依子はニコリと笑い――

(有難う、絵瑠夢。流石ですわ)
誰にも聞こえない小さな声で呟いた。


(そ、そんな・・・。分かる筈は無い。でも、素材を全て言い当てている)
翠の顔にじっとりと汗が滲んでいた。

「この部屋に入っただけでも、男性なら動悸が始まってしまうかも知れませんわね」
茉依子は肩に乗せたパットのリボンを軽く撫でる。


「そう言えば、この部屋なのか? 八郎が貴女の波動を感じたというのは?」
それまで控えていた紅蘭が不意に話を振った。

「そ、そうですわ。良い機会ですから貴女達にも私の愛の波動を感じて頂きましょう」
そう言うと翠は、茉依子と紅蘭の座った椅子から数メートル離れた位置に立った。

「私の力を感じなさあぁぁぁっ!」
そう叫んで、翠は舞台芝居の様に2人に向けて両腕を突き出す。

まるで離れ離れになる恋人達が分かれに抗うかの様に――

(なっ! 何だ? この不思議な感覚はっ!)

翠が両手を伸ばすと同時に紅蘭は胸の辺りが少しずつ温かくなってきたのを感じたのである。

(ふふっ、私のこのトリック。誰にも見破る事は出来ない。絶対に)
勝ち誇った様笑みを翠が浮かべた時であった。

<ボソボソボソ>
茉依子の肩に乗っていたパットが何かを耳打ちしたのである。

(う、動いた? ただのマスコットじゃなかったの?)
怪訝な視線を向ける翠に、茉依子は静かに語り掛けた。

「300GHzのマイクロ波ですね。ちょっと出来の良い、電子レンジみたいなもの。基本の原理は熱伝導。何か間違っています?」
笑みを浮かべる茉依子とは対照的に翠の顔が青ざめて行く。

「どう言う事なんだ? 茉依子?」
「簡単ですわ、紅蘭さん。ここにカモを連れ込んで、催淫・幻覚効果の高い香りを嗅がせて一時的に脳を興奮状態にした所で、教祖様の後ろにある壁から低周波数のマイクロ波をピンポイントで対象者に向けて照射する。あ、後ろの係員さん、御苦労様です」
翠の後方へ向けてにこやかに手を振る茉依子であった。

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