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オネの怒り
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「おにい、ちゃん……?」
「ハンナ! 良かった──」
大男の拳が通り過ぎた後には、無事なハンナの姿がありました。オネも安堵の声をあげたのですが……マシューの姿が見当たらないのです。
「中々役に立つ子供じゃないか。魔女を殺さなくて済んだ」
大男の言葉の真意が分かりません。一体なにがあったのでしょう。それにマシューは──。
「おにいちゃん! マシューおにいちゃんはどこ? なにがあったの!」
ハンナの声は男を苛つかせているようです。彼の表情がみるみる歪んでいきます。
「──るせぇなあ。魔女だなんだと言っても、やっぱりガキはガキだな。目の前で起きたことが分かんねえ訳ないだろ」
ハンナの視覚問題を知らない様子ですね。しかし、オネも状況を把握できていないように感じます。二人のやりとりを見据える、その目の焦点が定まっていません。
「マシュー……? ちゃんと避けたんだよね。ハンナを庇って、自分も避けたんだよね……?」
一人呟いています。力のないその声は、彼女らしさを微塵も感じさせません。……しかし把握できていない、というよりは理解したくないといった風ですね。
「なんだ? 小娘もか? ──あぁ、そうか。現実を受け止めたくねえってやつだな」
大男の高笑いが、無残な貧民街に響きます。
視覚で確認できず、状況を理解できないでいるハンナ。見て、頭では理解していても、心が拒絶しているであろうオネ。……絶望の絵図となっています。
「……つまんねぇ。そんなに現実見たくなきゃ、教えてやるよ。さっきのガキは──」
「うるさい!」
痛みで動かない体を無理やり動かして、オネが男へと飛びかかります。
「──動けるじゃないか」
直線的にぶつかってくるオネに、男も正面から受け止めました。力では彼の方が上……こんな無茶な戦いかたでは、敵うはずもありません。
「おまえは! おまえには──感情がないのか!」
オネの怒りも、男の薄ら笑いで流されてしまいます。
男は小さくため息を漏らし、掴んだオネをもう一度後ろへと投げ飛ばしました。
「──っ」
痛みに耐えるオネが、今一度男を睨め付けています。しかし、男の表情には一切の感情を感じません。
「……分かったよ。お前を先にあのガキのところに送ってやる」
「ふざけるな!」
男の言動に怒りを露わにするけれど、やはり痛みが先行するのか身動きが取れないようです。
徐々に近づいてくる男をオネが睨み続けますが、彼の表情には余裕の笑みしか見えません。
「まったく──よく邪魔をしてくれたよ、おまえは」
オネの目の前に辿り着いた男は、その拳を天高く持ち上げました。
「なんで! なんで私──動かないの!」
「恐怖で体が動かないのか? 可愛いところもあるじゃないか! ──それじゃ、さようならだな」
男が腕を振り下ろす様を、弱々しい瞳で睨み続けます。
その直後、オネの表情が驚愕へと変化したのです。
周囲を舞う風の音、土の上に鋼鉄が落ちる、重い音や衝撃と共に、彼女の視界が狐色に染まる。
「これ──」
背後から、何かを啜るような音。どこかで聞いたような音ですね。
「君──助けに来てくれたの?」
舌を出し入れしながら、首を傾げた黒蛇がオネを見つめていました。ただ……これはどういう事でしょうか。
「ありがとうね! ……けどなんか大きくない?」
ついさっきまでオネに纏わりつけば、全身が巻きつける程度だった筈ですが、今はオネの顔と同じ程度の頭を持っています。それに合わせて、全長も倍近くにはなっていますね……。
蛇って、こんな短時間で成長するものなのでしょうか。
「──ま、いっか!」
オネさん、流石ですね。
既に気にした風もなくオネが立ち上がると、目の前の砂は全て地面に流れ落ち、怒りを露わにする大男の姿が現れます。
「──なんだ? 今のは」
凄みを効かせてくる男にも、オネが竦む様子はありません。
「──黒蛇……? ああ、黒龍ってのはそいつか。自ら現れてくれるなんて好都合じゃないか」
もう一度男が笑って見せますが、オネは気にした風もなく大きく息を吐くと、口元についた血や汚れを手で拭いました。
目を閉じ、胸元に強く握った手を置きます。
「お姉さん、私に力を貸してね」
誰のことでしょうか? 小声でそう呟くと、髪を纏めていた赤い紐を勢いよく解きました。
栗色のはずの髪は、暗闇のせいか黒茶色のように見え、伸ばされた髪は長く、彼女の上半身を覆います。
男を睨みつける青い瞳には力強さが戻っていました。
「あなたは絶対に許さない」
いつもの彼女のような緩い雰囲気は感じられません。
彼女の変化に呼応するように蛇が体に巻きつき、余分に余った体は砂を利用して浮かせます。
黒蛇と砂を纏ったオネの姿から受ける印象は、伝承に伝わる竜。少々小さくはあるかも知れませんが、それを思わせないほどの威圧感があります。
「なんだそれは? そんなので俺がびびるとでも思ったか?」
怯む様子もなく、男はもう一度その拳を振り上げました。
オネは恐れる様子も見せず、男が拳を振り下ろす様を悠然と眺めています。
「諦めたか、所詮は小娘──!」
砂の壁が再度男の拳を防ぎました。やはり頑丈ですね。
「また──なんなんだそれは!」
「あなたが知る必要はないよ。さようなら」
オネが右手に力を込め、踏み込み正拳突きを彼の鳩尾らしき部位へと打ち込みました。
先ほどまでの攻防では、一切動く気配すらなかった彼の身体がわずかに宙を浮き、数步先まで飛んでいきます。
オネの打ち込んだ拳の先には小さな砂の塊が浮いていますが、これは……?
「黒龍舐めんな、ていう事らしいよ」
オネのどこか緩い言葉は彼に届いたのでしょうか。
「ハンナ! 良かった──」
大男の拳が通り過ぎた後には、無事なハンナの姿がありました。オネも安堵の声をあげたのですが……マシューの姿が見当たらないのです。
「中々役に立つ子供じゃないか。魔女を殺さなくて済んだ」
大男の言葉の真意が分かりません。一体なにがあったのでしょう。それにマシューは──。
「おにいちゃん! マシューおにいちゃんはどこ? なにがあったの!」
ハンナの声は男を苛つかせているようです。彼の表情がみるみる歪んでいきます。
「──るせぇなあ。魔女だなんだと言っても、やっぱりガキはガキだな。目の前で起きたことが分かんねえ訳ないだろ」
ハンナの視覚問題を知らない様子ですね。しかし、オネも状況を把握できていないように感じます。二人のやりとりを見据える、その目の焦点が定まっていません。
「マシュー……? ちゃんと避けたんだよね。ハンナを庇って、自分も避けたんだよね……?」
一人呟いています。力のないその声は、彼女らしさを微塵も感じさせません。……しかし把握できていない、というよりは理解したくないといった風ですね。
「なんだ? 小娘もか? ──あぁ、そうか。現実を受け止めたくねえってやつだな」
大男の高笑いが、無残な貧民街に響きます。
視覚で確認できず、状況を理解できないでいるハンナ。見て、頭では理解していても、心が拒絶しているであろうオネ。……絶望の絵図となっています。
「……つまんねぇ。そんなに現実見たくなきゃ、教えてやるよ。さっきのガキは──」
「うるさい!」
痛みで動かない体を無理やり動かして、オネが男へと飛びかかります。
「──動けるじゃないか」
直線的にぶつかってくるオネに、男も正面から受け止めました。力では彼の方が上……こんな無茶な戦いかたでは、敵うはずもありません。
「おまえは! おまえには──感情がないのか!」
オネの怒りも、男の薄ら笑いで流されてしまいます。
男は小さくため息を漏らし、掴んだオネをもう一度後ろへと投げ飛ばしました。
「──っ」
痛みに耐えるオネが、今一度男を睨め付けています。しかし、男の表情には一切の感情を感じません。
「……分かったよ。お前を先にあのガキのところに送ってやる」
「ふざけるな!」
男の言動に怒りを露わにするけれど、やはり痛みが先行するのか身動きが取れないようです。
徐々に近づいてくる男をオネが睨み続けますが、彼の表情には余裕の笑みしか見えません。
「まったく──よく邪魔をしてくれたよ、おまえは」
オネの目の前に辿り着いた男は、その拳を天高く持ち上げました。
「なんで! なんで私──動かないの!」
「恐怖で体が動かないのか? 可愛いところもあるじゃないか! ──それじゃ、さようならだな」
男が腕を振り下ろす様を、弱々しい瞳で睨み続けます。
その直後、オネの表情が驚愕へと変化したのです。
周囲を舞う風の音、土の上に鋼鉄が落ちる、重い音や衝撃と共に、彼女の視界が狐色に染まる。
「これ──」
背後から、何かを啜るような音。どこかで聞いたような音ですね。
「君──助けに来てくれたの?」
舌を出し入れしながら、首を傾げた黒蛇がオネを見つめていました。ただ……これはどういう事でしょうか。
「ありがとうね! ……けどなんか大きくない?」
ついさっきまでオネに纏わりつけば、全身が巻きつける程度だった筈ですが、今はオネの顔と同じ程度の頭を持っています。それに合わせて、全長も倍近くにはなっていますね……。
蛇って、こんな短時間で成長するものなのでしょうか。
「──ま、いっか!」
オネさん、流石ですね。
既に気にした風もなくオネが立ち上がると、目の前の砂は全て地面に流れ落ち、怒りを露わにする大男の姿が現れます。
「──なんだ? 今のは」
凄みを効かせてくる男にも、オネが竦む様子はありません。
「──黒蛇……? ああ、黒龍ってのはそいつか。自ら現れてくれるなんて好都合じゃないか」
もう一度男が笑って見せますが、オネは気にした風もなく大きく息を吐くと、口元についた血や汚れを手で拭いました。
目を閉じ、胸元に強く握った手を置きます。
「お姉さん、私に力を貸してね」
誰のことでしょうか? 小声でそう呟くと、髪を纏めていた赤い紐を勢いよく解きました。
栗色のはずの髪は、暗闇のせいか黒茶色のように見え、伸ばされた髪は長く、彼女の上半身を覆います。
男を睨みつける青い瞳には力強さが戻っていました。
「あなたは絶対に許さない」
いつもの彼女のような緩い雰囲気は感じられません。
彼女の変化に呼応するように蛇が体に巻きつき、余分に余った体は砂を利用して浮かせます。
黒蛇と砂を纏ったオネの姿から受ける印象は、伝承に伝わる竜。少々小さくはあるかも知れませんが、それを思わせないほどの威圧感があります。
「なんだそれは? そんなので俺がびびるとでも思ったか?」
怯む様子もなく、男はもう一度その拳を振り上げました。
オネは恐れる様子も見せず、男が拳を振り下ろす様を悠然と眺めています。
「諦めたか、所詮は小娘──!」
砂の壁が再度男の拳を防ぎました。やはり頑丈ですね。
「また──なんなんだそれは!」
「あなたが知る必要はないよ。さようなら」
オネが右手に力を込め、踏み込み正拳突きを彼の鳩尾らしき部位へと打ち込みました。
先ほどまでの攻防では、一切動く気配すらなかった彼の身体がわずかに宙を浮き、数步先まで飛んでいきます。
オネの打ち込んだ拳の先には小さな砂の塊が浮いていますが、これは……?
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