一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽2∽[笑顔]の裏側

§19[突然]

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 お昼寝から起きたのは二時間後だった。

「うぅ~」

 先にアラームで目覚めた私がまだ布団の中で寝ぼけまなこをこすっていたら、[友達]が、隣でがばっと起き上がった。

「あ、おはよう、絵美里えみり

 上半身を起こしたところで固まった[友達]は、目だけで右の私を見て、左の壁に目を向けて、

「えっ、あっ、ご、ごめんね……?」

 くるくると目を泳がせた。渦巻きのキャンディが出来ちゃいそうだ。

「ううん、私が寝ようって言ったんだし」
「あっ、あー、そう、だったったっけ……?」
「『た』が一つ多いよ」
「うっ、うん……えっと、その、怒ってない……?」
「なんで?」

 まだぼうっとしてるみたいだから、コーヒーでも淹れようかと立つと、[友達]が、

「わ、私が、私がやるから、うぇっ」

 と言いながらベッドをはい出ようとして、ぬいぐるみに引っかかって止まった。本当に寝ぼけてたみたいだ。

「いいよいいよ、私の部屋だし。コーヒーでいい?」
「…………いい……そうだった、ただ遊びに来てたんだったね……何もないよね……」

 今、なんて言ったんだろう? ボルボックスを乗り越えて、洗面所に歩いて行った。

「タオル好きなの使ってー」
「うん、コーヒー濃いめでよろしく……」
「うん!」

[友達]の部屋と同じつくりだし、よく来るから説明はいらない。早歩きだけどふらついてはいなかったからついていかなくても大丈夫だろう。マシンにコーヒー豆を二人分セットすると、インスタントよりちょっとだけ時間を掛けて、もっと美味しいものが出来上がる。
 ゆっくり豆を蒸らしてマシンから深い香りが広がり始める頃、[友達]は、いつも通りの顔で戻ってきた。

「さっき変だったけど大丈夫?」
「あー……変な夢見てたよ」
「どんな夢?」

 カップを出すと、チラリと私を見て、[友達]は、ウサギのぬいぐるみで顔を隠した。

「正夢になって欲しいから、言わない……」

 時々、幸せそう? な顔をしたり、私を見てウサギさんガード状態になる。何だろう……。

「もしかして怒ってる?」
「違うよ」
「もしかして恋? 好きな男子いるの?」
「違うもん!」

 それからしばらく[友達]は部屋に居たけど、そこだけはがんとして教えてくれなかった。デリケートな話題かもしれないから、私も深くは聞かない。親しき仲にも礼儀あり、だ。







 日が変わって、六月八日、午前は割愛して、お祈りの昼。
 結果からいってしまうと、今度のスキャンの結果も、驚くほど良好だった。ほとんど、前の体重にまで戻ってる。

「ちゃんとせてる……! これなら……」

 勝因はやっぱりお菓子を控えた事だろう。今回は謎のやり直しなんかで止められることもなかったし、[友達]を待たせずに済む。
 ……やっぱり、何か違和感がある。昨日からずっとだ。

(何だろう……)

 考えながらスキャンカプセルを出て、私は、思いがけない人影に立ち止まった。円居まどい先輩? 違う、ここにいるはずのない……。



「優馬さん?」

 どうして、優馬さんが、今ここに? 連絡だと、次来るのは十一日だったはずなのに。
 疑問が頭の中をよぎったのは、足が動き始めた後だった。

戦場せんじょう先輩!」

 優馬さんが私の方を見て、柔らかく微笑む。それを見ただけで、胸がぎゅっと喜びで締め付けられた。
 続いて、体にもぎゅっとした感触。

「ただいま」
「お帰りなさい!」

 優馬さんだ。見間違いなんかじゃない。ちゃんと、ここに居る。

「今日、どうしたんですか? 十一日って……」
「あー、それなんだけど、実は、今日はまだ休みじゃないんだ」
「えっ?」
「ほら、最近この学校、ちょっと物騒なんだって?」

 優馬さんは後頭部に手をやった。ただし、私の。

「はっ、はい」

 精神性麻薬ドラッグの事だ。

「二、三日前に学校内で密売者が捕まったらしくて、色々分かった事があってさ。それでどうやら俺の目が……いや、在校生だから、さりげなく警備役に着くことになったんだ」

 あ、今、私の髪をいじって、少し笑った。

「いつまで居られるんですか?」
「休暇が十一日の午後。三日働いてそのままここで休暇を過ごして、日付が変わる頃に迎えが来て、帰る」
「じゃ、じゃあ……」
「それまではずっと、とはいかないけど、この三日は会おうと思えば会えるな」
「ーーっ!」

 私は口元を手で押さえた。言葉が嬉しかったのと、うなじに触れた指が少しくすぐったかったから。

「それ、その……とっても、嬉しいです……」

 優馬さんは向日葵ひまわりのように微笑む。この人の周りだけ、まるで梅雨が一足先に明けたみたいだ。眩しくて、私はもう一回抱きついた。ポンポン、と頭を撫でてくれるから、少しの間だけ温もりを覚えて、ゆっくりと離れる。

「す、すみません、お仕事中に」
「続きは後で、だな」

 はい、と答えようとした時、ふいに背後から視線を感じて、私はチラリと振り返った。
 あそこにいるのは……円居先輩、だ。どうしてこういうタイミングで、いるんだろう……。

 彼が、人差し指を伸ばした。目を指差して、そして私を指す。

 I look you見てたよ?.

 私は急に恥ずかしくなって、バッと優馬さんから離れた。

「どうした?」
「だ、誰か見てたような気がして」

 ああ、もう顔が真っ赤。
 ……ふと、[誘惑]を受けていることを相談しようか、と少し考える。優馬さんに全く無関係の話というわけでもないだろうけど……。
 考えて、心の中で首を振った。忙しい優馬さんに、しかもお仕事中なのに、そんな相談なんてできない。そんなに困っている訳でもないんだ。

「何かあったのか?」
「……また今度、ゆっくりお話ししますね」

 私は優馬さんに微笑んだ。せっかく前線じゃない仕事なんだから、今は何も心配かけたくない。

「あっ、すみません、絵美里待たせてました! あの、どこで会えますか?」
「校内巡回してるから、いつどことは言えないな。でも、昼は食堂にいる予定だし、帰りは送るよ」
「じゃあ、廊下で偶然出会えるかもしれないんですね」
「まあ、そうかな」
「お別れするのは寂しいですけど、今日の帰りまで我慢します!」

 私は頭を下げて、それから慌てて[友達]……絵美里の所へ向かった。
 ……? 何だろう、何かがずっと気になる。



「えっ、戦場さんが?」
「そうなの、びっくりしたけど……」
「はぁ~、サプライズだねぇ。参ったなあ」
「で、でもお仕事だし! 私に会いにきた訳じゃないから、先輩、そういう所はきっちりしてるから」
「はいはい。今日のお昼だけどさ、久しぶりに気分変えて近くのファミレス行かない?」

[友達]は笑顔で割引券を二枚出してきた。

「どっ、どうやってあのお店の割引券を二枚も……」
「ふふふ、あっしを舐めてもらっちゃあ困りますよ」
「悪代官ごっこ、まだ続いてたの?」

 ひとまず、それがあるなら行かなきゃ。

「シトラスケーキをデザートに頼んでも割引だよ!」
「ケーキ……はっ、いけない、私ダイエット中なの」
「一回くらい大丈夫だって。ほら、期間限定だよ?」
「うう~、悪魔の誘惑……」
「天使からの助言です……食べちゃいましょう……」
「それも悪魔だよ!」

 ワイワイとファミレスに向かった私は、結局、気づく事はなかった。もし食堂にいつも通り行っていれば、またすぐに優馬さんに会えたという事に……。
 そして、いつも通り食堂に行っていたら、数量限定のプリンアラモードを見つけて、結局食べていただろうという事も、知らない。
 知らないから、当然、後悔していた。

「食べちゃった……私は弱い人間だよ……」
「ごめん、つい二人分頼んじゃって……」
「ううん……絵美里は悪くないよ、あの店内に入った時点で頼むのは決まってた未来なんだ……また、ダイエットしなきゃ……」
「ほ、ほら、授業もうすぐ始まるから! 急ご?」
「あっ、本当だ……わ、うっかり遠回りなルート来てるね」
「だから、急ぐよ!」

 午後始めの数学の授業にはなんとか間に合って、私はほんのりと襲ってくる眠気と戦いながら授業を受ける。デザートまで食べたからお腹いっぱいで、胃に血が流れていっちゃってる。これだけの事があってもなお「食べて良かった」と思わせるシトラスケーキが怖い。私は目を覚ます手の甲のツボをこっそり押して、なんとか図形問題の角度を読み解いて過ごした。

「眠かった……乗り切ったよ、絵美里」
「寝るな、寝たら死ぬぞ! 単位が!」
「ほんとね……絵美里は大丈夫だった?」
「実はちょっと寝てた」
「駄目じゃん」
「私は特殊な訓練受けてるからさ。先生がスライドの方向いてる時だけ寝るの」
「プロだった……」

 次の時間はプログラミング言語だ。いつもの通り進もうとすると、先を歩いていた[友達]が立ち止まった。

「あー……」
「どうしたの、絵美里」
「……今日はこっちから行かない?」

 角でUターンして、離れた別のルートを通ろうとする。

「どうしたの?」
「ちょっとね」

 何か変だ。何か起きてるんだろうか? 私は、いつもの廊下を覗く。

「あっ、戦場先輩だ」

 間違えようもない、格好良いシルエットが遠くに見える。
 学校内に相手がいる人と違って、私はいつも、好きな人とばったり会うって事がない。だから、多分浮かれていた。こういうシチュエーションに、どこか憧れを抱いていた。

「……すみれ……」

 だから、[友達]の様子に気づくことも無かった。

「ごめん、ちょっとだけ話させて」

 その行動が何をもたらすのかも知らずに、優馬さんに手を振った。
 気づいた優馬さんが、私に手を振り返そうとして、私の方を見て、

 顔色が、変わった。

「すみれ!」

 優馬さんが、私に近づいてくると、肩を掴んで、引き寄せた。強引な感じで、掴まれた部分が痛い。

「ゆ、うまさ、ん」

 そして、腰から、見覚えのある冷たい金属質の筒を素早く抜いた。
 私はそれを見たことがある。それが使われる所も、見た。このくらいの近距離で、その先を相手に向けて、



「答えろ。お前は、だ?」



 あの時と似ている。ただ一つ違うのは、銃口が、[友達]に……絵美里に、向いているって事だった。
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