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十境十本
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松の内までは正月のうち、ってのは現代びとの感覚にゃ合わないねぇ。どっちかって言や年末から早々に始まる商戦のぱわぁが強いらしくてねぇ。今や、世にも珍しい本物の新年だけの神様ってのは、十二月は二十六日からもうぱっちりお目覚めでお働きになり、逆に新年四日ともなると、ほぼほぼお休みになるような神さんだ。早起き早寝ですねえ。
「え、他の期間はずっと寝ているんですか?」
そこまでじゃねえ……と思いやすよ。あっしゃ新年しかご挨拶しねえんで知りやせんが。
『……さっきっから何の話をしてるんだい、あんたら。台の上にちょっかいかけた奴らの名前並べたりもして。まさか、そんな高位の神々までごたごたに巻き込むなんて、恐っそろしい計画立ててんじゃないだろうね?』
いやいやまさか恐ろしや、おとろしの姐さんに言われなくたってそんな事しやしませんや。
あっしはただ、今が7月で良かったって話をしてるだけでして。
『時期が時期なら喧嘩売りに行ったってのかい……呆れて脅し声も出やしないよ』
そんな事にならずに済むように、ちょっかい程度の穏やかな悪だくみでどうーにか平和に収めようとしてるんじゃあありやせんか。なあ?
「そうですよ、おとろしさん。強力なものを一つ作り出すより、なるべく低コストで広範にばら撒いた方が呪いの収益率は高いです」
『呪い屋くずれは黙ってな!』
「えー、酷いなあ。でも、私、おとろしさんの事けっこう好きですよ。恋愛や霊的な意味じゃなくて」
『百一本、黙らせな』
うん、坊、今のはあっしも引いてるぜ。
「百一本さんはぶれませんね?」
そりゃあそうさ。ずうっっっと前からこうやってのらりくらり無害にやってきてるんだ。
『無害?』
ちょいと姐さん、何ですかいその顔。
あっしはね、必要のない時は無害さ。そりゃあお飯いただくのに悲鳴なんざはいただきやすが、それ以外は害ばら撒いたって意味がねえ。
「意味ですか?」
ほら、幽霊は行動理由がはっきりしてんでしょう? 人間だった頃のあれやこれやが無くなって、目的だの手段だのがしんぷるになってる。妖怪は生まれついての幽霊みたいなもんさ。あれやこれや、が元々足りない半端な存在と言っちまえばそれまでだが、代わりに言葉と認識で縛られてる。
単純で良いんですよ。大層な意味をもって動くのなんざ、神くらいだ。奴ら、存在が膨れちまって己がややっこしくなってるのに気づいてねえ。
「ふうん。ところで、百一本さん。『だいだらぼっち』って、どんな神だったんですか」
……存在しねえ奴に神も何もありゃしねえさ。どこかの木っ端妖怪が神を名乗ってるだけじゃねえかい。
「違いますよ。最近出てきた方の似非だいだらぼっちじゃなくて」
顔の近えこと。
「大昔にその名の大いなる神がいた、という文献を見つけたんです。全くのゼロから神を作り上げるより、昔の存在が蘇ったって体にした方が効率が良いですもんね。それで」
導。
そんな神は居ねえよ。
あっしみてえな短命が証人になれる期間はそりゃ短えが、それでもだ。
「……なら信じます。百一本さんは詳しいですね。何でも知っていそうです」
まあ、大抵の隙間情報はな。
「……おっとろしさん。少しふたりでお話しませんか?」
『……薄気味悪い声出して、何だい』
「一つ、認識合わせをしたくって」
『"離しな。あたしは触れていいとは一言も……』
「例えば、私が宗教を起こしたら神が生まれますよね? 新参者でも小さくとも、人間が作り出すものでしょう。人間が『だいだらぼっち』って神を作ったなら、神は存在して当たり前じゃないんですか?」
『ふ。知らないんだねぇ、呪い屋は。それとも"知っててとぼけてるのかい?』
「導汐封です」
『"言ってな。……確かに妖怪は人の戯言からも生まれるが、神ってのは特別なのさ。まあ、百一本に言わせりゃ大してあたしらと変わらないらしいがね、それでもだ』
「どう違うんです?」
『神は、どう崇めてほしいか人間に指示できるだろ? お告げとか天罰でさ。並の妖怪が何か言っても広まりゃしないし聞きゃしないのに。"はなしな』
「はい?」
『落ち着いて"聞きなって。麻桶とかさ――
――"聞いてるだろ? あの娘、神社まで持ってるのに、神扱いされないことが多くてね。言う事聞かせる力はあるが、髪の届く範囲でないと声が届かないからね。勝手なイメージを持たれた時に、それをなかなか修正できないのさ。
要は、人間の作る勝手な印象に左右されないで、自分のやりたいようにできちまうのが神。だから、人間が半端な神を作っても、形になる前に消えるか、神を自称するだけの力のない妖怪になるか、他の神に存在が取られちまう。
"話しちまいなって。
神が出来るってのは大事なんだよ。虚事虫を通してあちこち見張ってやがるようなあの百一本なら、絶対にその存在を見落としたりしない――
――だから、昔人間が「だいだらぼっち」とかいう概念を生み出したとして、そいつは神になっちゃいない。百一本を信じるならね』
「……もしかして、妖怪や幽霊と神の違いって、平社員の言葉と社長の言葉みたいな立場と影響力の違いなんですか?」
『あたしにはその喩えは分からないね。"分かるように言いな』
「いえ、今のは独り言で。意外ですね。神というからには、もう少し境界線はファジーか明確かのどちらかだと思ってました」
『人間は脳ミソ使いすぎてんだよ。もう少し"考えんのをやめな。"百一本言ってたろ、言葉と認識があたしらを縛るんだ。あたしらが必死に気にすることなんて、どうやったら消えないか、どうやったら変な妖怪に変えられちまわないか、どうやったらあぐらをかいてられるか。そんな事だよ。神は、そんな事にびくびく怯えてちゃやってられないってのもあるね』
「ふうん……絡め手が使えないのは厄介ですね」
『ふん。"あたしは深く聞かないよ。でも、"話してみな。百一本の阿呆、どこぞの神に手出ししようとしてるんだろ』
「いえ、それが目的ではないと思います。『だいだらぼっち』はただの妖怪なんでしょう? なら」
『そのはずなんだがねぇ……あんたら見てると、ただの妖怪探しにしちゃやってる事がおかしいじゃないか。そうだ、百一本が最近振り回してる鋏があるだろ。あっちもどうなんだい。正体の分からない雲のがばらまいた呪いなんだろ?』
「ああ、結局同じ話ですよ。稲荷神社に連れて行かれた、怪しい一寸法師が居たでしょう? あれから聞き出したところによると、どうやら、だいだらぼっちと雲妖怪の事件には繋がりがあるらしくて」
『……そりゃどういう経緯だい?』
「一寸法師は雲妖怪を『だいだらぼっち』と呼んでいたんですよ。彼がそう呼べと周囲に言ったそうです。なんでも、五年前くらいから知り合って、あれこれ遊ぶようになったとか」
『……はーん。それで?』
「『遊び』の内容を知るにつけ、だいだらぼっちの周りには何らかの神が関わっているらしいと察せてしまうんですよね。それでまあ、積極的に手出しなんてしないと言ってはいましたが、もし邪魔が入ったら、ねえ? というか、既に邪魔を受けそうな噂を聞きつけたとかーーおっと?」
『ほうなるほどなるほど、そういうわけかい。ちっ、百一本め。あたしには何も言いやしないのに、こんな悪徳人間にはぺらぺら喋るって? ふざけてやがる』
「…………今、何をしました?」
『安心しな、あんたの口が軽いわけじゃない。喋ってもらったのさ。何度だって言うが、あたしら妖怪は言葉と認識でできてるんだ。人間としても若造くらいのに、純粋な言葉の呪い合いで負けたりゃしないよ』
「私に貴方を呪うつもりはありませんでしたよ」
『話すってのは軽い軽い呪いの一種さ。言葉を使うからね。これに懲りたら、ヘラヘラと妖に話し掛けるのは止めるこった』
「……」
『今、下らない事思っただろ? 当ててやろうか。「人間よりも言葉を扱う歴史は浅いくせに」とかだろ』
「いえ、そんな事は」
『そいつは違うよ、賢しら坊主。そりゃあ、ほとんどの妖怪は人間の言葉から生まれたけどね? 言葉ってのは、ずうっと昔から居たんだよ。あんたら人間が、いいや、生き物が使い始めるよりも前から。――
――嘘か真か、この世界で最古の存在は、虚事虫だってさ』
「それは、誰が言っていたんです?」
『百一本だよ』
「え、他の期間はずっと寝ているんですか?」
そこまでじゃねえ……と思いやすよ。あっしゃ新年しかご挨拶しねえんで知りやせんが。
『……さっきっから何の話をしてるんだい、あんたら。台の上にちょっかいかけた奴らの名前並べたりもして。まさか、そんな高位の神々までごたごたに巻き込むなんて、恐っそろしい計画立ててんじゃないだろうね?』
いやいやまさか恐ろしや、おとろしの姐さんに言われなくたってそんな事しやしませんや。
あっしはただ、今が7月で良かったって話をしてるだけでして。
『時期が時期なら喧嘩売りに行ったってのかい……呆れて脅し声も出やしないよ』
そんな事にならずに済むように、ちょっかい程度の穏やかな悪だくみでどうーにか平和に収めようとしてるんじゃあありやせんか。なあ?
「そうですよ、おとろしさん。強力なものを一つ作り出すより、なるべく低コストで広範にばら撒いた方が呪いの収益率は高いです」
『呪い屋くずれは黙ってな!』
「えー、酷いなあ。でも、私、おとろしさんの事けっこう好きですよ。恋愛や霊的な意味じゃなくて」
『百一本、黙らせな』
うん、坊、今のはあっしも引いてるぜ。
「百一本さんはぶれませんね?」
そりゃあそうさ。ずうっっっと前からこうやってのらりくらり無害にやってきてるんだ。
『無害?』
ちょいと姐さん、何ですかいその顔。
あっしはね、必要のない時は無害さ。そりゃあお飯いただくのに悲鳴なんざはいただきやすが、それ以外は害ばら撒いたって意味がねえ。
「意味ですか?」
ほら、幽霊は行動理由がはっきりしてんでしょう? 人間だった頃のあれやこれやが無くなって、目的だの手段だのがしんぷるになってる。妖怪は生まれついての幽霊みたいなもんさ。あれやこれや、が元々足りない半端な存在と言っちまえばそれまでだが、代わりに言葉と認識で縛られてる。
単純で良いんですよ。大層な意味をもって動くのなんざ、神くらいだ。奴ら、存在が膨れちまって己がややっこしくなってるのに気づいてねえ。
「ふうん。ところで、百一本さん。『だいだらぼっち』って、どんな神だったんですか」
……存在しねえ奴に神も何もありゃしねえさ。どこかの木っ端妖怪が神を名乗ってるだけじゃねえかい。
「違いますよ。最近出てきた方の似非だいだらぼっちじゃなくて」
顔の近えこと。
「大昔にその名の大いなる神がいた、という文献を見つけたんです。全くのゼロから神を作り上げるより、昔の存在が蘇ったって体にした方が効率が良いですもんね。それで」
導。
そんな神は居ねえよ。
あっしみてえな短命が証人になれる期間はそりゃ短えが、それでもだ。
「……なら信じます。百一本さんは詳しいですね。何でも知っていそうです」
まあ、大抵の隙間情報はな。
「……おっとろしさん。少しふたりでお話しませんか?」
『……薄気味悪い声出して、何だい』
「一つ、認識合わせをしたくって」
『"離しな。あたしは触れていいとは一言も……』
「例えば、私が宗教を起こしたら神が生まれますよね? 新参者でも小さくとも、人間が作り出すものでしょう。人間が『だいだらぼっち』って神を作ったなら、神は存在して当たり前じゃないんですか?」
『ふ。知らないんだねぇ、呪い屋は。それとも"知っててとぼけてるのかい?』
「導汐封です」
『"言ってな。……確かに妖怪は人の戯言からも生まれるが、神ってのは特別なのさ。まあ、百一本に言わせりゃ大してあたしらと変わらないらしいがね、それでもだ』
「どう違うんです?」
『神は、どう崇めてほしいか人間に指示できるだろ? お告げとか天罰でさ。並の妖怪が何か言っても広まりゃしないし聞きゃしないのに。"はなしな』
「はい?」
『落ち着いて"聞きなって。麻桶とかさ――
――"聞いてるだろ? あの娘、神社まで持ってるのに、神扱いされないことが多くてね。言う事聞かせる力はあるが、髪の届く範囲でないと声が届かないからね。勝手なイメージを持たれた時に、それをなかなか修正できないのさ。
要は、人間の作る勝手な印象に左右されないで、自分のやりたいようにできちまうのが神。だから、人間が半端な神を作っても、形になる前に消えるか、神を自称するだけの力のない妖怪になるか、他の神に存在が取られちまう。
"話しちまいなって。
神が出来るってのは大事なんだよ。虚事虫を通してあちこち見張ってやがるようなあの百一本なら、絶対にその存在を見落としたりしない――
――だから、昔人間が「だいだらぼっち」とかいう概念を生み出したとして、そいつは神になっちゃいない。百一本を信じるならね』
「……もしかして、妖怪や幽霊と神の違いって、平社員の言葉と社長の言葉みたいな立場と影響力の違いなんですか?」
『あたしにはその喩えは分からないね。"分かるように言いな』
「いえ、今のは独り言で。意外ですね。神というからには、もう少し境界線はファジーか明確かのどちらかだと思ってました」
『人間は脳ミソ使いすぎてんだよ。もう少し"考えんのをやめな。"百一本言ってたろ、言葉と認識があたしらを縛るんだ。あたしらが必死に気にすることなんて、どうやったら消えないか、どうやったら変な妖怪に変えられちまわないか、どうやったらあぐらをかいてられるか。そんな事だよ。神は、そんな事にびくびく怯えてちゃやってられないってのもあるね』
「ふうん……絡め手が使えないのは厄介ですね」
『ふん。"あたしは深く聞かないよ。でも、"話してみな。百一本の阿呆、どこぞの神に手出ししようとしてるんだろ』
「いえ、それが目的ではないと思います。『だいだらぼっち』はただの妖怪なんでしょう? なら」
『そのはずなんだがねぇ……あんたら見てると、ただの妖怪探しにしちゃやってる事がおかしいじゃないか。そうだ、百一本が最近振り回してる鋏があるだろ。あっちもどうなんだい。正体の分からない雲のがばらまいた呪いなんだろ?』
「ああ、結局同じ話ですよ。稲荷神社に連れて行かれた、怪しい一寸法師が居たでしょう? あれから聞き出したところによると、どうやら、だいだらぼっちと雲妖怪の事件には繋がりがあるらしくて」
『……そりゃどういう経緯だい?』
「一寸法師は雲妖怪を『だいだらぼっち』と呼んでいたんですよ。彼がそう呼べと周囲に言ったそうです。なんでも、五年前くらいから知り合って、あれこれ遊ぶようになったとか」
『……はーん。それで?』
「『遊び』の内容を知るにつけ、だいだらぼっちの周りには何らかの神が関わっているらしいと察せてしまうんですよね。それでまあ、積極的に手出しなんてしないと言ってはいましたが、もし邪魔が入ったら、ねえ? というか、既に邪魔を受けそうな噂を聞きつけたとかーーおっと?」
『ほうなるほどなるほど、そういうわけかい。ちっ、百一本め。あたしには何も言いやしないのに、こんな悪徳人間にはぺらぺら喋るって? ふざけてやがる』
「…………今、何をしました?」
『安心しな、あんたの口が軽いわけじゃない。喋ってもらったのさ。何度だって言うが、あたしら妖怪は言葉と認識でできてるんだ。人間としても若造くらいのに、純粋な言葉の呪い合いで負けたりゃしないよ』
「私に貴方を呪うつもりはありませんでしたよ」
『話すってのは軽い軽い呪いの一種さ。言葉を使うからね。これに懲りたら、ヘラヘラと妖に話し掛けるのは止めるこった』
「……」
『今、下らない事思っただろ? 当ててやろうか。「人間よりも言葉を扱う歴史は浅いくせに」とかだろ』
「いえ、そんな事は」
『そいつは違うよ、賢しら坊主。そりゃあ、ほとんどの妖怪は人間の言葉から生まれたけどね? 言葉ってのは、ずうっと昔から居たんだよ。あんたら人間が、いいや、生き物が使い始めるよりも前から。――
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