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九雀九本
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「♪~~」
細いフレームの眼鏡をかけた男は、弾む足取りで通行禁止を意味する止め石を飛び越えた。和風庭園に似合わない洋楽の鼻歌に合わせて、しゃりん、じゃりん、と手首から腕にかけて嵌められたいくつもの金属の輪や数珠がリズミカルに鳴る。枯れ竹を無造作に並べた竹垣の隙間を抜け、ひたすらに広い庭を飛び石に沿って進んでいく。背が高い。細い。飛び石を二つ飛びに越えられるほどには脚が長い。
「♩~……ちょうど365歩。こちらが『サトリ様』のお住まいですね?」
男の名は導汐封。尋ねるような口調と共にピッキングを済ませ、ゆるやかに玄関扉を押し開ける。そのまま、土足で中へ上がり込んだ。
しゃりん。
「ああ騒音。気づいてしまえばただただ煩わしい。早く済ませて百一本さんの所へ帰らないと」
……静かな屋敷の中を、そう言いながら迷いなく奥へと進む。
東、南、南、西、廊下を北へ抜けて三番目の障子戸から前へ。でたらめに歩いているように見えて、確実にこの家の「正しいルート」を進んで行く。
「ちなみに。私は道筋を暗記したりはしていません。百一本さんもわざわざ言いませんしね。そんなことをせずとも私なら進めるとあの方はご存知だ」
そういうところも愛おしいでしょう? と、喉を使わずに言って。
て。
て。
言ってまた歩き出す。
しゃりん。じゃら。
「せっかくですから他にも言ってしまいましょう。面食いだと白状するのは面映いのですが、実は私、百一本さんの腕から爪先にかけての造形が好きなんです。そう、ここからここまで。顔はさまざま変えても腕の形はあまり変えないんですよ、百一本さん。ふふ、あれほど特徴的で美しいのに。魅力に無自覚なまま、あの指で口内を蹂躙してくるんです。本当に恐ろしい方だ」
腕輪が、しゃりんと鳴って、障子紙を破って現れた矢の雨を叩き落とす。
「……そろそろ言わなければと思っていたんですよ。誰かに腕で見抜かれて、百一本さんが危ない目に遭ったらいけませんから。ここに来る前にしっかり見納めてきました」
別の腕輪がざらり、と鳴れば、毒虫がぼたりぼたりと近寄る前に落ちて潰れる。
そこを踏み越えて畳で靴裏を擦って汚れを落とす。
「ポピュラーな呪いですね、蠱毒。有名なだけで簡単ではありませんが。対象をどのように定めるんでしょうね。虫は人間をろくに判別しないのに」
畳に擦りつけられた汚れから、じわりと黒い靄が立ち上る。
「おまけに、自分達を食い合わせられたこと。その酷さ。恨む本能を食われず、食って増幅する事。全て上手くいき、更に術者ではなく対象へ向けた呪いに昇華させなければ、ただの毒と効果が変わらない気がするのですが……そんな事を気にするから私は蠱毒を作れないんでしょうか」
靄の様子がおかしい。眼鏡の男を取り巻いたかと思えば、すぐに離れて一方へと流れ出した。
……その先には、男の目的地がある。
「ですから私、蠱毒の毒はもう諦めても良いのではないかと思ったことがありまして。例えばです。『死』という虫でも分かる直接的な悪意をぶつけた上で、言語の通じそうな虫の霊と交信し、そそのかして呪いに昇華させてみるのはどうかと……どうでしょう?」
矢で開いたまだらな穴の形に夕陽を浴びて男は笑む。
「急拵えで恐縮ですが、専門外ですので。多目に見てください」
がたり。がしゃがしゃ、ばりばりと屋敷が揺れる。
ごうごうと中庭から竜巻が巻き上がる。
「ああ、いけない。またです。つい都合良い蠱毒虫で遊んで、つい迷い家を弱らせて近道を作ってしまった」
男は荒れ狂う屋敷を平然と奥へ進む。壊れた壁を抜けて進んで行く。
「それより百一本さん。百一本さんは覚えていないでしょうが、初めて逢ったあの日、私へ31もの話をしてくれました。その時から分かっていましたよ、どれだけ善良な妖怪か。私の耳に妖怪達の立てる恐ろしい音が聞こえないように、話しては私に考えさせ、話させ、またそれに答えて、ずっと気を逸らしてくれていた。……『だいだら様』の所へ連れて行くために、優しいふりをしていたのだと思っていました。まさか、あれで怖がらせているつもりだったなんて。あれで。あれで?」
男はくすくすと笑って中庭を進む。もはや真っ直ぐにしか通る気がないのか、浅い池に足を踏み入れる。金魚が忌まわしさを感じて逃げていく。
ざぶり。
「五月蝿い」
ざぶり。ざぶり。ざぶり。
「私、一目惚れはあまり信じない事にしていまして。よく言われますからね。一目惚れで百一本さんに想いを打ち明けるのはどうかと思ったんです。その結果、あんな風に初対面を終えてしまいました。……次に会うのが4年と11ヶ月3日も後だと知っていたら、駆け引きなんてしませんでしたよ。絶対に」
じとり。男の瞳が湿度を帯びる。跳ねる金魚が暗い瞳孔に映り込む。男が懐から何かを取り出しながら、水底の青い石を一つ、爪先で器用に弾いて、蹴り上げ、
げ、
「私はあの頃、耳を奪われていました」
げ、
ぱちゃん、と石が池に落ちる。
「幼少より死者の声が聞こえるのには慣れていましたが、まだ力不足の折にたいそう五月蝿いものに纏わりつかれまして。口が多いだけで、低俗で不快で陳腐な事しか言わない。それでいて祓っても何度も耳元へ戻ってくる」
まるで誰かに話しかけるように男は
「この苦しみ、貴方達には分からないでしょうね。『ただ口で口伝い、口吐き、口遊み、口喰むことの何が悪い』という顔をしている」
誰の顔が見えるでもなしに、男は
「私より強い人など周囲に居なかったんですよ。それでですね、ふふふ。悩んだ末に霊験灼たかと噂される山へ独り入山したんです。それがあの百鬼夜行の夜。行き倒れた事など類稀なる幸運のきっかけに過ぎませんでした。……百一本さんが騒音の元を食べてくれたんです」
誰の顔が見えるでもなしに、まるで問いかけるように男は言って、にっこりと
「百一本さんが居ると静かだと思いませんか?」
にっ
言って、にっこりと、こちらを見た。
そのえ
笑顔は一
「誰の顔って、貴方達の顔ですよ」
1
い
いっし
一瞬で消え
え
「何百何千居ようが、どれも同じような顔だ」
と
取りだ
あれ
は
出していた鉄
穴のあ
製
空い
たれ れ
模
「その五月蝿い声でずっと喋り続けて黙ってくれない」
レースのよ
y
洒落た
あお
穴だ
デ
水面
デザイ
輪
「何匹殺しても、次が喋り出す。這い出てくる」
軽
かにあ
やか
振
あ
ああ
「いつでもどこにでも居て、飛び回る邪魔な虫」
扇ぎ、素早
かろ
た
叩
「虚事虫、という名だそうですね」
ぶして
で
呼ぶな
や
やめ
「私には何のことだかさっぱり見当がつきませんが、『地の文』とか『ナレーション』とかを勝手に行い、耳聡い妖怪に様々な出来事を勝手にばら撒いてしまう虫だとか」
名を
呼
んでおと
つぶ
一振
たっ
ったあ
とに
は
返り
がついていて
べっと
「私、心を読む妖怪は、この虫を使って楽をしていると思うんですよね。自分に千里眼やテレパシーなど無くとも、この虫と繋がっていれば多くの事を知れるんです。時には人の心中まで。ずるいでしょう?」
滴れ
る
「ねえ、サトリ様」
し
?
「といっても、私も存在をはっきり認識したのは最近でして。百一本さんが視野を広げてくれたんです。ほら、『目を合わせたけりゃ上見な』と」
、
「それで、妖気を感じ取る修行をしたんです。私の視界を1ステージ引き上げないと、敵も見えないでしょう? ……敵というのは目下のところ、百一本さんと私を引き離す心理的障壁とか、妖と人との交わりに関するタブーとか、あるいは恋敵。そういったものです」
「特に最初。私の予想では百一本さんには、過去に人間と関わって嫌な想いをした事がありそうなんですが……」
「でも、目下より先に目前を見ることにしたんです。ちょっとした意識の転換ですね。……ようやく虚事虫が見え、かつて私の耳を奪った者の程度も知れた」
「これは重要なことなんです。最後の最後に、ね」
「山一つまで候補地を絞り込んで、怪しい場所を全て浚った。最後は『虫の知らせ』です。どこにでも居るはずの虚事虫が居ない空間があれば、そこに百一本さんが居る」
「だから、かつての仇ですが存在に感謝もしているんですよ、貴方達には」
「まあ実際には通り道が入り組み時空が捻じ曲がっていて、虫だけじゃ特定できませんでしたけど」
「……あ、静か。いつの間にか全部死んでたんですね」
「生きていれば五月蝿く、死んでも汚れて煩わしい」
「さて、ここの障子戸ですか」
「動く者はなし。一応、潰しておきますか」
「……もしもし。百一本さん、終わりましたよ。ふふ、そちらで捕まえている虚事虫を通じて、こちらの状況は筒抜けだったのでご存知かとは思いますが。……はい、何ですか?」
……こんの、ど阿呆!!!
こっ恥ずかしい事ずうっっっとあっしに聞こえるようにべらべらべらりと言いやがって!!!!!
あぁおっかねえや、口に咎あり喉元しかり、阿弥陀如来って南無阿弥お陀仏、脾腹から何からかっ切って縁がちょ、中略後略、どっとはらい。
「ふふふ。聞きたくないなら虫を食べてしまえば良かったのに」
そんじゃあ意味がねえでしょうが。あぁたに何かあった時のために聞いてんですから。
「優しいですね、百一本さんは。でも私がこの程度のこけ脅し妖怪に負けることはありませんよ」
……あぁたが余計な事までしねえかを見張れねえから聞き張ってたんですよ。
「しませんよ。したところでね……まさかサトリの正体が、ここまで巨大な虫の巣だとは思いませんでした」
虚事虫ってのはどこでも生きられる虫ですが、1匹1匹だとおつむは虫程度。群れて集まることで、やっと「脳」ができるんですよ。
とはいえ、これだけたっくさんの奴が集まってようやくだ。でなきゃ大きな妖怪名乗って正体隠して振る舞うなんて知恵にゃならねえ。
一匹のサトリを倒すのは簡単ですよ。虫の巣を探して虫団子を叩きゃあ良い。だがね、世界中に湧いてる虚事虫を全滅させんのも無理なら、たまたま群れた虫らがいつか妖怪になるのを止めるのも無理ってもんだ。生まれた土地や虫の種類が変わりゃ、こだまだの玃だの壁の耳だの獏だのブギーマンだの物真似妖怪だの神だの、色んなものになる。
ただ、「この」サトリとの因縁絶っとくのは大事さ。
「それほど脅威なんですか? 自分達が虫なのに蠱毒を呪い返しされるような『脳』ですよ」
同じ言葉を転がすもの同士、どうやったって食い合うんだ。敵に回ると分かってる奴らくらい、先に潰したって良いでしょうよ。まだ正体も見えないようなのと喧嘩しようって時には、どんな情報も与えない方が良いのさ。
「それじゃあ、そろそろ教えてくれますよね。貴方の敵は何なのか。それは私の敵にもなります」
帰って来たらな。
……なあ、おい。あっしだって虫と大差ねえ、好き勝手に言って回ってうそぶいて口ずさんで言葉食いつぶしてる奴ですよ。
「ふふ。ふふふ。また、そんな可愛い事を言って怖がらせた気になっている」
あっしが怖かねえのかい。
「怖くありませんよ。怖いわけがない」
ああ分かったぜ、止めだ止め。
何も分かっちゃいないようで重畳、発止って事でね。
「え?」
姐さん、お手間をお掛けしますぜ。
『ったく、しょうぅぅがぁないねぇえぇえぇぇぇっ!!』
「……わぁ。大きな鬼の頭が落ちてきました。これは『おとろし』ですね?」
『百一本! あたしゃ、この人間ふぜいと何も話をする気はないよ』
「えっ、私は百一本さんのご友人となるべく広範に知り合いになりたいのですが」
『友人なんかであるもんか!』
「あ、今、話をしてくれた」
『……百一本!』
くっ、くくっ、いやいや、躾のなってない人間で申し訳ねえや。くくくっ。
おとろしの姐さんは、簡単な悪縁だの憑き物を引っ剥がす事ができんのさ。そうやって、どどんっと落ちてくるその勢いでね。
「と、いうことは。……呪われていたんですね、私。気づかないうちに」
なあ坊主。人間ってのはよっくと鍛えたつもりでも意外と限界まで上があるもんさ。あっしらの世界に踏み込もうってんなら、今の実力で満足してちゃ長生きできねえよ。
「……長生きします」
うん、良いお返事。そんじゃ、姐さんと一緒に帰って来な。
『……え、こいつと一緒に?!』
細いフレームの眼鏡をかけた男は、弾む足取りで通行禁止を意味する止め石を飛び越えた。和風庭園に似合わない洋楽の鼻歌に合わせて、しゃりん、じゃりん、と手首から腕にかけて嵌められたいくつもの金属の輪や数珠がリズミカルに鳴る。枯れ竹を無造作に並べた竹垣の隙間を抜け、ひたすらに広い庭を飛び石に沿って進んでいく。背が高い。細い。飛び石を二つ飛びに越えられるほどには脚が長い。
「♩~……ちょうど365歩。こちらが『サトリ様』のお住まいですね?」
男の名は導汐封。尋ねるような口調と共にピッキングを済ませ、ゆるやかに玄関扉を押し開ける。そのまま、土足で中へ上がり込んだ。
しゃりん。
「ああ騒音。気づいてしまえばただただ煩わしい。早く済ませて百一本さんの所へ帰らないと」
……静かな屋敷の中を、そう言いながら迷いなく奥へと進む。
東、南、南、西、廊下を北へ抜けて三番目の障子戸から前へ。でたらめに歩いているように見えて、確実にこの家の「正しいルート」を進んで行く。
「ちなみに。私は道筋を暗記したりはしていません。百一本さんもわざわざ言いませんしね。そんなことをせずとも私なら進めるとあの方はご存知だ」
そういうところも愛おしいでしょう? と、喉を使わずに言って。
て。
て。
言ってまた歩き出す。
しゃりん。じゃら。
「せっかくですから他にも言ってしまいましょう。面食いだと白状するのは面映いのですが、実は私、百一本さんの腕から爪先にかけての造形が好きなんです。そう、ここからここまで。顔はさまざま変えても腕の形はあまり変えないんですよ、百一本さん。ふふ、あれほど特徴的で美しいのに。魅力に無自覚なまま、あの指で口内を蹂躙してくるんです。本当に恐ろしい方だ」
腕輪が、しゃりんと鳴って、障子紙を破って現れた矢の雨を叩き落とす。
「……そろそろ言わなければと思っていたんですよ。誰かに腕で見抜かれて、百一本さんが危ない目に遭ったらいけませんから。ここに来る前にしっかり見納めてきました」
別の腕輪がざらり、と鳴れば、毒虫がぼたりぼたりと近寄る前に落ちて潰れる。
そこを踏み越えて畳で靴裏を擦って汚れを落とす。
「ポピュラーな呪いですね、蠱毒。有名なだけで簡単ではありませんが。対象をどのように定めるんでしょうね。虫は人間をろくに判別しないのに」
畳に擦りつけられた汚れから、じわりと黒い靄が立ち上る。
「おまけに、自分達を食い合わせられたこと。その酷さ。恨む本能を食われず、食って増幅する事。全て上手くいき、更に術者ではなく対象へ向けた呪いに昇華させなければ、ただの毒と効果が変わらない気がするのですが……そんな事を気にするから私は蠱毒を作れないんでしょうか」
靄の様子がおかしい。眼鏡の男を取り巻いたかと思えば、すぐに離れて一方へと流れ出した。
……その先には、男の目的地がある。
「ですから私、蠱毒の毒はもう諦めても良いのではないかと思ったことがありまして。例えばです。『死』という虫でも分かる直接的な悪意をぶつけた上で、言語の通じそうな虫の霊と交信し、そそのかして呪いに昇華させてみるのはどうかと……どうでしょう?」
矢で開いたまだらな穴の形に夕陽を浴びて男は笑む。
「急拵えで恐縮ですが、専門外ですので。多目に見てください」
がたり。がしゃがしゃ、ばりばりと屋敷が揺れる。
ごうごうと中庭から竜巻が巻き上がる。
「ああ、いけない。またです。つい都合良い蠱毒虫で遊んで、つい迷い家を弱らせて近道を作ってしまった」
男は荒れ狂う屋敷を平然と奥へ進む。壊れた壁を抜けて進んで行く。
「それより百一本さん。百一本さんは覚えていないでしょうが、初めて逢ったあの日、私へ31もの話をしてくれました。その時から分かっていましたよ、どれだけ善良な妖怪か。私の耳に妖怪達の立てる恐ろしい音が聞こえないように、話しては私に考えさせ、話させ、またそれに答えて、ずっと気を逸らしてくれていた。……『だいだら様』の所へ連れて行くために、優しいふりをしていたのだと思っていました。まさか、あれで怖がらせているつもりだったなんて。あれで。あれで?」
男はくすくすと笑って中庭を進む。もはや真っ直ぐにしか通る気がないのか、浅い池に足を踏み入れる。金魚が忌まわしさを感じて逃げていく。
ざぶり。
「五月蝿い」
ざぶり。ざぶり。ざぶり。
「私、一目惚れはあまり信じない事にしていまして。よく言われますからね。一目惚れで百一本さんに想いを打ち明けるのはどうかと思ったんです。その結果、あんな風に初対面を終えてしまいました。……次に会うのが4年と11ヶ月3日も後だと知っていたら、駆け引きなんてしませんでしたよ。絶対に」
じとり。男の瞳が湿度を帯びる。跳ねる金魚が暗い瞳孔に映り込む。男が懐から何かを取り出しながら、水底の青い石を一つ、爪先で器用に弾いて、蹴り上げ、
げ、
「私はあの頃、耳を奪われていました」
げ、
ぱちゃん、と石が池に落ちる。
「幼少より死者の声が聞こえるのには慣れていましたが、まだ力不足の折にたいそう五月蝿いものに纏わりつかれまして。口が多いだけで、低俗で不快で陳腐な事しか言わない。それでいて祓っても何度も耳元へ戻ってくる」
まるで誰かに話しかけるように男は
「この苦しみ、貴方達には分からないでしょうね。『ただ口で口伝い、口吐き、口遊み、口喰むことの何が悪い』という顔をしている」
誰の顔が見えるでもなしに、男は
「私より強い人など周囲に居なかったんですよ。それでですね、ふふふ。悩んだ末に霊験灼たかと噂される山へ独り入山したんです。それがあの百鬼夜行の夜。行き倒れた事など類稀なる幸運のきっかけに過ぎませんでした。……百一本さんが騒音の元を食べてくれたんです」
誰の顔が見えるでもなしに、まるで問いかけるように男は言って、にっこりと
「百一本さんが居ると静かだと思いませんか?」
にっ
言って、にっこりと、こちらを見た。
そのえ
笑顔は一
「誰の顔って、貴方達の顔ですよ」
1
い
いっし
一瞬で消え
え
「何百何千居ようが、どれも同じような顔だ」
と
取りだ
あれ
は
出していた鉄
穴のあ
製
空い
たれ れ
模
「その五月蝿い声でずっと喋り続けて黙ってくれない」
レースのよ
y
洒落た
あお
穴だ
デ
水面
デザイ
輪
「何匹殺しても、次が喋り出す。這い出てくる」
軽
かにあ
やか
振
あ
ああ
「いつでもどこにでも居て、飛び回る邪魔な虫」
扇ぎ、素早
かろ
た
叩
「虚事虫、という名だそうですね」
ぶして
で
呼ぶな
や
やめ
「私には何のことだかさっぱり見当がつきませんが、『地の文』とか『ナレーション』とかを勝手に行い、耳聡い妖怪に様々な出来事を勝手にばら撒いてしまう虫だとか」
名を
呼
んでおと
つぶ
一振
たっ
ったあ
とに
は
返り
がついていて
べっと
「私、心を読む妖怪は、この虫を使って楽をしていると思うんですよね。自分に千里眼やテレパシーなど無くとも、この虫と繋がっていれば多くの事を知れるんです。時には人の心中まで。ずるいでしょう?」
滴れ
る
「ねえ、サトリ様」
し
?
「といっても、私も存在をはっきり認識したのは最近でして。百一本さんが視野を広げてくれたんです。ほら、『目を合わせたけりゃ上見な』と」
、
「それで、妖気を感じ取る修行をしたんです。私の視界を1ステージ引き上げないと、敵も見えないでしょう? ……敵というのは目下のところ、百一本さんと私を引き離す心理的障壁とか、妖と人との交わりに関するタブーとか、あるいは恋敵。そういったものです」
「特に最初。私の予想では百一本さんには、過去に人間と関わって嫌な想いをした事がありそうなんですが……」
「でも、目下より先に目前を見ることにしたんです。ちょっとした意識の転換ですね。……ようやく虚事虫が見え、かつて私の耳を奪った者の程度も知れた」
「これは重要なことなんです。最後の最後に、ね」
「山一つまで候補地を絞り込んで、怪しい場所を全て浚った。最後は『虫の知らせ』です。どこにでも居るはずの虚事虫が居ない空間があれば、そこに百一本さんが居る」
「だから、かつての仇ですが存在に感謝もしているんですよ、貴方達には」
「まあ実際には通り道が入り組み時空が捻じ曲がっていて、虫だけじゃ特定できませんでしたけど」
「……あ、静か。いつの間にか全部死んでたんですね」
「生きていれば五月蝿く、死んでも汚れて煩わしい」
「さて、ここの障子戸ですか」
「動く者はなし。一応、潰しておきますか」
「……もしもし。百一本さん、終わりましたよ。ふふ、そちらで捕まえている虚事虫を通じて、こちらの状況は筒抜けだったのでご存知かとは思いますが。……はい、何ですか?」
……こんの、ど阿呆!!!
こっ恥ずかしい事ずうっっっとあっしに聞こえるようにべらべらべらりと言いやがって!!!!!
あぁおっかねえや、口に咎あり喉元しかり、阿弥陀如来って南無阿弥お陀仏、脾腹から何からかっ切って縁がちょ、中略後略、どっとはらい。
「ふふふ。聞きたくないなら虫を食べてしまえば良かったのに」
そんじゃあ意味がねえでしょうが。あぁたに何かあった時のために聞いてんですから。
「優しいですね、百一本さんは。でも私がこの程度のこけ脅し妖怪に負けることはありませんよ」
……あぁたが余計な事までしねえかを見張れねえから聞き張ってたんですよ。
「しませんよ。したところでね……まさかサトリの正体が、ここまで巨大な虫の巣だとは思いませんでした」
虚事虫ってのはどこでも生きられる虫ですが、1匹1匹だとおつむは虫程度。群れて集まることで、やっと「脳」ができるんですよ。
とはいえ、これだけたっくさんの奴が集まってようやくだ。でなきゃ大きな妖怪名乗って正体隠して振る舞うなんて知恵にゃならねえ。
一匹のサトリを倒すのは簡単ですよ。虫の巣を探して虫団子を叩きゃあ良い。だがね、世界中に湧いてる虚事虫を全滅させんのも無理なら、たまたま群れた虫らがいつか妖怪になるのを止めるのも無理ってもんだ。生まれた土地や虫の種類が変わりゃ、こだまだの玃だの壁の耳だの獏だのブギーマンだの物真似妖怪だの神だの、色んなものになる。
ただ、「この」サトリとの因縁絶っとくのは大事さ。
「それほど脅威なんですか? 自分達が虫なのに蠱毒を呪い返しされるような『脳』ですよ」
同じ言葉を転がすもの同士、どうやったって食い合うんだ。敵に回ると分かってる奴らくらい、先に潰したって良いでしょうよ。まだ正体も見えないようなのと喧嘩しようって時には、どんな情報も与えない方が良いのさ。
「それじゃあ、そろそろ教えてくれますよね。貴方の敵は何なのか。それは私の敵にもなります」
帰って来たらな。
……なあ、おい。あっしだって虫と大差ねえ、好き勝手に言って回ってうそぶいて口ずさんで言葉食いつぶしてる奴ですよ。
「ふふ。ふふふ。また、そんな可愛い事を言って怖がらせた気になっている」
あっしが怖かねえのかい。
「怖くありませんよ。怖いわけがない」
ああ分かったぜ、止めだ止め。
何も分かっちゃいないようで重畳、発止って事でね。
「え?」
姐さん、お手間をお掛けしますぜ。
『ったく、しょうぅぅがぁないねぇえぇえぇぇぇっ!!』
「……わぁ。大きな鬼の頭が落ちてきました。これは『おとろし』ですね?」
『百一本! あたしゃ、この人間ふぜいと何も話をする気はないよ』
「えっ、私は百一本さんのご友人となるべく広範に知り合いになりたいのですが」
『友人なんかであるもんか!』
「あ、今、話をしてくれた」
『……百一本!』
くっ、くくっ、いやいや、躾のなってない人間で申し訳ねえや。くくくっ。
おとろしの姐さんは、簡単な悪縁だの憑き物を引っ剥がす事ができんのさ。そうやって、どどんっと落ちてくるその勢いでね。
「と、いうことは。……呪われていたんですね、私。気づかないうちに」
なあ坊主。人間ってのはよっくと鍛えたつもりでも意外と限界まで上があるもんさ。あっしらの世界に踏み込もうってんなら、今の実力で満足してちゃ長生きできねえよ。
「……長生きします」
うん、良いお返事。そんじゃ、姐さんと一緒に帰って来な。
『……え、こいつと一緒に?!』
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