月鏡の畔にて

ruri

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第六話 LUNAtic

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 ◯

 彼の『告白』から数日。

 街は日に日に暖気の気配が濃くなり、小川の流量が増してくる雪融けの季節。今は日暮の時刻を過ぎて、一人きりの帰路を三日月が淡く照らしていた。私は考え事に夢中になりながら歩いていく。心の中は彼のせいで荒れ模様だが、体感では世間は平和中の平和だった。

 からん。何かが地面に落ちるような、警報まがいのかん高い金属音が聞こえた。

 私は思考を妨げられ、音の出所を確かめるべく振り返る。なんと、黒ズボンに包まれた長くしなやかな足が、明らかに不審な男を派手に蹴り飛ばすところだった。悪漢は顔から地面に叩きつけられ、そのまま白目を剥いて動かなくなる……気を失ったらしい。
 ふと、近くに落ちているナイフが目に入り、ゾッとした。魔の手が迫っていた。私は命を狙われていたのだ。

 とんでもない蹴りで不審者を圧倒した人物は、少々汚れたスラックスをはたきながら、驚いて硬直したままの私に目を向けた。

「姉ちゃん、怪我ケガは無え?」
「……え、えっと。ない、です。助けてくださったんですよね? ありがとうございます」
「おう。無事なら良かった」

 ふわりと風を伴って、中性的でスレンダーな立ち姿が私の頭の奥に像を結ぶ。
 真っ白な乱れ髪は頭の右半分が編み込みで、もう左半分は肩へ垂らしている。吊り眉と垂れ目は色っぽく、唇は含み笑いで妖艶。なお左目は長い前髪の奥に隠されている。女性のような風貌ではあるが、よく手入れされた黒革靴にすらりとしたシルエットのスラックス、深紅しんくのワイシャツは腕捲りで、白タイは男性的だ。何度か見たことのある姿なのに、上手く思い出せなくてじれったいな……。

「最近治安が乱れてるから、キミみたいな子は気をつけねェと今みたく襲われるぜ……特に茶髪のボブカットはよく狙われんだ」
「そうなんですか」
「あ、そうそう。オレの身分証明が必要だった」

 ズボンの後ろポケットを探ってから、白髪の女性(?)は三日月と水晶――月鏡げっきょうのシンボルがあしらわれたバッジのような物を私の前にかざした。

「あ、警察の人……」
パトロールおさんぽ中に運良く助けられて良かったよ。キミの名前は?」
黒廼くろの暁です」
「クロノ……じゃ、キミがチカの」

 合点がてんしたように頷くと、心の奥まで見通すような金色こんじきの隻眼がこちらを見た。
 ――『彼』が鷹なら、こちらは蛇だろうか。どちらも捕食者には違いない。けどこれは、何かを追う執拗しつようさ、嘘や隠し事など通用しないと悟らせる眼だ。まるで縦長の瞳孔の奥で鋭牙が光っているかのよう。
 白いネクタイをきゅ、と締め直し、刑事の人は名乗りの口上を口にする。

「オレぁさえで通してるモンだ。あいつから話は聞いてるよ」
「……さえ、さん?」
「そ。チカ、じゃなくて……御影みかげさんからはディスって呼ばれてる。外国出身で本名がエルディ・セラフロストってんだ。名前で遊ばれるうちに原型なくなっちまった。ハハ」

 さえ。知ってる名前だ。確か、御影かれの旧友でものすごく仲が良いらしい。

(あだ名とか、ユーリと自分のアレっぽいな~~)

 それはさておき、私は意識して関係ないことを考えようとしていた。すると冴さんの綺麗な顔が近づいてきて、『彼』とほとんど変わらないと思われる長身を丸めて耳打ちされる。

「ちょっと嫉妬しっとしてんな? 顔に書いてあるぜ」

 心臓が大きく跳ねる。見透かされた。
 彼に近しい存在である冴さんのことは、人となりを知りもしないのにずっと羨ましく思ってしまっていた。そして、とある懸念けねんが嫌になるほど脳内を支配する。
 私はわざと沈黙を続けている。しかし、その魂胆さえも読み取ったのか、冴さんは元の姿勢に戻って優しげに声を発した。

「ま、そりゃ杞憂きゆうだ。腐れ縁の半分保護者みたいなもんさ。前にもキミらが泥酔してへばってるとこに居合わせたことあんだけど……オレな、寝落ちチカの介抱したんだ」
「……じょ」
「ん、何」
「彼女とかじゃ、ないですよね?」
「いや、オレ男だよ」

 普通に言い切られて、一瞬互いの頭に疑問符が浮かぶ。幾ばくのうちに私は気づいた。
 これ、私の早とちりだ!
 慌てて頭を下げる。そう言えば前も彼に同じことを尋ねて、きっぱり否定されたんだった。私はいい加減他人の顔とか覚えろ。

「すみません……」
「あー、見間違われやすいというか、月鏡ここじゃ女性のほうが地位たけえからな。紛らわしかったな」

 すまなそうに白い頭を掻いて、気にすんなと一言が添えられる。内心ほっとした。けど私の目は、冴さんの唇をぺろりとう赤い舌を見逃さなかった。

「で、こっからが本題なんだけど」

 にやりと薄笑いを浮かべた冴さんの、意地悪く色っぽい声音。


「悪いこた言わねえ。あいつはやめてさ、オレにしとかねェか?」
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