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 「あの子こそ、演技をしているんじゃないですか? 悲劇のヒロインになりきって、ユージーン様に同情して欲しいんです! みんなからかまって欲しいだけなんですよっ! 騙されないでくださいっ!!」


 ……僕は、悲劇のヒロインだったの?

 
 一度しか話したことがないのに、すごい言われようだ。
 メルヴィン君に嫌われるようなことをした覚えがなかった僕は、首を傾げる。
 

 「ヴァイオレット様と一緒にいる時の、優しいユージーン様に戻ってくださいっ!! 僕はユージーン様のためなら、なんだってしますっ!!」


 熱烈な愛の告白のような発言をするメルヴィンくんが、声を張り上げる。
 あまりに必死な様子に、僕は気付いてしまった。
 エドワードのことを、期間限定の恋人だと言っていたメルヴィン君は、もしかしたらユージーン様のことが好きなのかもしれない。
 だけど、なにも感じていない人形のような顔をするユージーン様は、くつくつと静かに笑い出した。

 二人の温度差に、僕の体は小刻みに震える。


 「よく吠える犬だな? みんなもそう思わないか?」


 そう言って笑ったユージーン様が、使用人たちをゆっくりと見回した。
 ユージーン様の言葉に同意しているのか、みんながメルヴィンくんを見る目は、哀れだと言わんばかりだ。
 僕が粗相をしても、絶対に怒ることのない人たちが、ぞっとするほどの異様な迫力に満ちている。
 みんながいつも微笑んでいる顔しか見たことがなかった僕は、余計に恐ろしく見えた。


 「躾がなっていないな? ……いや、逆によく躾けられているのだろう」
 「っ……な、なにを仰っているのか、」
 「ああ、お前はあの悍しい邸に招かれたことがなかったな? 一度行ってみるがいい。その目で確かめてみろ」
 「…………え?」
 「それから、一番大事なことを言っていなかったな? ノエルを侮辱することは許さない。私だけではない、ここにいる全員が同じ意見だ。もし、次また同じことをするつもりなら──」


 屈んだユージーン様がメルヴィンくんに耳打ちをして、空色の瞳はカッと見開かれた。
 急に静かになったメルヴィンくんは、使用人たちに連れられて屋敷を出て行った。
 なにがなんだかわからなくて呆然としていた僕は、マシュー先生と目が合った気がした。
 みんなが背を向けているのに、マシュー先生だけは僕の方を向いている。

 ……魔法が解けていたのかもしれない。

 二人の話に集中しすぎてしまった。
 慌てる僕は、気付けば部屋まで猛ダッシュしていた。
 ユージーン様たちが階段を上る気配を察知し、僕は待機する使用人の間をすり抜ける。
 誰も気付いていないようだったから、抜け出したことは多分バレてはいないはず。
 寝台に潜り込み、ぐっすりと眠っているテオを抱きしめて、強く目を瞑った。

 しばらくして扉が開き、静かに寝台まで歩み寄る気配に、僕の背に冷や汗が流れる。


 「ノエル、もう寝たのかな?」


 メルヴィン君と話していた時とは違って、すごく甘い声。
 ガチガチに固まっている僕の頭を優しく撫でたユージーン様は、退出するのかと思いきや、なぜか僕の隣に寝転んだ。
 僕の心臓は、今にも飛び出そうなくらいバクバクと音を立てている。
 ユージーン様の吐息が首筋にかかって、ぶるりと体が震えてしまった。


 「悪い子だね、ノエル。どうやって部屋を抜け出したんだい?」
 「っ、」
 

 覗き見するようなことをしてしまったから、きっとユージーン様は怒っている。
 体の震えが止められない。
 でも、背後から僕を包み込むユージーン様の手は、すごく優しかった。


 「ノエルは、私が怖い?」
 「…………」
 「もう部屋に戻るよ、おやすみ。……ごめんね、ノエル」


 聞こえるか聞こえないかの声が、僕の耳に届いた。







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