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 寂しげな声を聞いた僕は、咄嗟に僕の体から離れようとした腕を取っていた。

 
 「待って」
 「……ふふっ、やっぱり起きてた」


 振り返れば、ぐっと口角を持ち上げているユージーン様が、魅惑的な表情を浮かべていた。

 だ、騙された……。
 自室に戻る気なんて、さらさらなかったかのような顔をしているユージーン様に、僕は頭を抱えたくなった。


 「どうやって部屋を抜け出したかは、今は置いておいて……。どこから見ていたのかな?」
 「っ、み、見てません、なにも……」
 「怒らないから言ってごらん?」
 

 ふるふると首を横に振る僕は、余計なことを言わないように口を閉じた。
 

 「私は……そんなに怖かった?」

 
 ゆるりと首を傾げたユージーン様は、僕が子猫に名前をつけた時と、同じような顔をしていた。
 笑っているのだけど、泣いているように見える。
 その顔を見ているだけで、僕の胸は痛くなる。


 「っ、違います。のぞき見しちゃったから、嫌われるかと思って……」
 「嫌いになるわけがないだろう? でも、どうして? ノエルは大人しく待っていると思ったのに。……もしかして、エドワードだと思った?」


 視線を彷徨わせていた僕は、湖のような瞳を真っ直ぐに見つめる。
 会いたい? と、優しく問いかけたユージーン様のお顔を、ぼんやりと見つめる。


 「……会いたい、というか、主役になれたのかなって、気にはなっていましたけど」
 「けど?」
 「そ、それに、エドワードなら昼夜お構いなしに訪問しそうだと思って……」


 そっか、と答えたユージーン様は、僕の髪を褒めるように優しく撫でる。
 気分が落ち込んでいるように見えて、僕も金色のサラサラとした髪をなでなでしていた。


 「っ……ノエル?」
 「本当は、ユージーン様の後援者の人かなって思って……。気になって、眠れなくて……それで……ごめんなさい……」


 目を伏せて謝罪すると、ユージーン様がなぜか息を呑んだ。
 目を開けるようにと、すりすりと頬を撫でられて、僕はゆっくりと目蓋を持ち上げる。
 僕の目の前には、幸せをかき集めたような顔で笑うユージーン様がいた。
 でも、すぐに顔が曇る。


 「本当なら、私の後援者がこの屋敷を訪れることはないんだよ……。ここだけが、私の安全な居場所なんだ」
 「……そうなんですか?」
 「ああ。私の後援者はね、全員ヴァイオレット・ローズブレイドの友人なんだ。彼女は今、私を引き摺り下ろすために、エドワードを応援している」
 
 
 淡々と話したユージーン様に、僕は驚きの表情を隠しきれない。
 エドワードの大物の後援者は、元はユージーン様の後援者だったことを知った。


 「っ、まさか、エディーがユージーン様から奪ったんですか……?」
 「違うよ。私が自ら、あの女から離れたんだ。ノエルは、エドワードが主役を演じる舞台を見たがっていたからね?」
 「っ…………僕の、ため?」
 「ああ。でも、自分のためでもある」


 信じられない想いでユージーン様を見つめている僕の瞳は、きっと激しく揺れている。
 嬉しい気持ちより、どうしてという疑問で、僕の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 

 「前に言ったよね? 私に恋人はいない。一度も出来たことはない。恋をしてはいけないのだと、教わって育ったからなんだ」
 「…………どうして?」
 「さあ。最初はわからなかったよ。むしろ、そういうものなんだと思っていたから、疑問にすら思わなかった。舞台俳優になったのも、その人に言われるがままに動いていたからね?」
 「その相手は……ヴァイオレット様?」
 

 軽やかに頷いたユージーン様が、僕の瞳を見つめている。
 そして、すごく苦しそうに笑った。


 「私の母親だよ」








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