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 大事になるとは思っていなかった愚かな医師が、戦場の鬼神に威圧されて罪を自白することになったわけだが、そんなこととは知らないミゲルは、クレメントも犯罪者だとぼやいていた。

「い、いくら兄様のためでも、犯罪行為だ……。口をきけなくするだなんてっ、酷すぎるッ」

「ククッ……。それをお前が言うか?」

 お前も充分酷い奴だろう、と告げられたミゲルは、意味がわからずにぽかんと口を開けていた。

「少なくとも、お前がフラヴィオ様の境遇を誰かに訴えていたなら、救いの手を差し伸べる者はいたはずだ。騎士団長の息子だったりな?」

「っ……」

 マルティンの名が上がる。
 まるでずっとそばで見てきたかのように話すジェラルドに、ミゲルは恐怖を感じていた。

「お前がフラヴィオ様のデタラメな悪評を放置していたのは、を誰にも奪われたくなかったからだろ? 特に、恋敵だったトレント侯爵子息にだけは知られたくなかった。違うか?」

 図星をつかれ、ミゲルはぎくりと反応する。
 秘めた想いすらも見抜かれており、ミゲルは何も言い返すことができない。

「だが。お前が陰でコソコソしている間に、最愛の人の心は、他の男に掻っ攫われてたってわけだ。ククッ、残念っ!!」

 天罰だ、と軽快に笑うジェラルドに、カッとしたミゲルはたまらず胸ぐらを掴んでいた。
 しかし、ジェラルドが怯むことはない。
 逆に、「殴りたきゃ殴れよ」と挑発される。

(っ、コイツッ!!)

 頭に血が上っていたミゲルだが、ここで手を出せば、それこそジェラルドの思惑通りになるだろう。

(きっとこの男も、僕と同じくこの縁談を破談にさせたいんだ。だから、わざと僕を煽っているに違いないっ。コイツの思い通りになんて、させてたまるかっ!!)

 なんとか堪えたミゲルだが、言われっぱなしが悔しくて必死に歯を食いしばっていた――。
 
 すると、今度はジェラルドに胸ぐらを掴まれる。
 息がかかる距離で睨まれたミゲルは、全身に鳥肌が立っていた。
 今度はなにを言われるのかと、ミゲルがごくりと唾を飲んだ時――。

「っ…………ミゲル」

「ッ!!!!」

 微かに聞こえてきた声に、ミゲルは息を呑む。
 ハッとして後ろを振り向けば、ミゲルの最愛の人が驚いたように目を見開いていた。
 
「っ、そういうことは、ふたりきりの時にした方がいいと思うぞ」

「――……ッ!?」

 少しわざとらしく咳払いをしたフラヴィオが、ほんのりと頬を染めていた。
 慌てて飛び退いたミゲルだが、ジェラルドに跨る姿を目撃されてしまったのだ。
 言い訳をしようにも、ミゲルの醜い心の内に気付かれ、逆上して暴力を振るおうとしていただなんて言えるはずもなかった。

「ジェラルドが素敵な人だということは私もわかっているが……。まさかミゲルが、そんなに積極的だとは思わなかった。運命の人に巡り会えたんだな」

 なにやら乙女チックなことを告げたフラヴィオが、どこか遠くを見つめているクレメントを見上げて微笑んだ。
 フラヴィオの視線に気付いたクレメントが、やれやれといったように、愛おしげに愛妻の頭を撫で、ふたりが熱い視線を絡ませる。

「これで安心して、弟離れが出来そうだな」

「はいっ。ジェラルドになら、ミゲルを任せられると思っていましたが……。本人たちの気持ちも大切ですからね? 相思相愛でよかったです」

「…………盛大に祝わなければな?」

 ミゲルの気持ちを知っているクレメントだが、フラヴィオの愛らしい顔を見つめて頷いていた。
 
「っ、兄様ッ! 違うんですっ!!!!」

「ミゲル? 愛を確かめ合うことは、別に恥ずかしいことじゃないんだ」

 弟に愛を教えるフラヴィオは、真剣そのものだ。
 誤解を解こうと必死になるミゲルだが、フラヴィオには照れ隠しだと思われていた。

「私も最初は恥ずかしかった。……いや、今でも恥ずかしいが――」

「~~ッ!!!!」

 愛する人の口から聞きたくもない言葉が紡がれ、ミゲルは発狂しそうだった。
 そんなミゲルを眺め、笑いを堪えていたジェラルドが立ち上がる。
 そして、ミゲルを助けるようにフラヴィオの前で頭を下げた。
 驚くミゲルは、ジェラルドを見直すことになったのだが……。

「申し訳ありません、フラヴィオ様。ミゲルくんが積極的で……。今後は、時と場所を弁えます」

「ッ!!」

 ジェラルドがまんざらでもなさそうに告げたことにより、ミゲルはフラヴィオや使用人たちにまで生暖かい目を向けられていた。

(コイツッ!! ふざけやがって!! 僕が兄様を愛しているとわかっていてやったんだッ!!!!)

 愛する人に、ミゲルは心底嫌な奴と相思相愛だと思われ、さらにはミゲルの方が想いを抑えきれずに口付けを迫ったと勘違いされている。
 いくら否定しても、わかったわかった、とフラヴィオに微笑ましい顔をされ、ミゲルは発狂しそうになっていた――。






















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