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 とんとん拍子に話がまとまり、気を利かせたフラヴィオが席を外す。
 初対面の男と取り残されたミゲルは、生きる屍となっていた――。

(っ、見ず知らずの平民と、一体なにを話せと言うんだ……。こんな男が伴侶だなんて、僕は絶対に認めないっ)

 フラヴィオに気に入られて調子に乗っている男が、ミゲルは気に食わなかった。
 すると、フラヴィオの姿が見えなくなった途端、今までにこにことしていた目の前の青年――ジェラルドが、すんと表情を無くした。

「フラヴィオ様に全然似てねぇ」

 温度のない声色に、ミゲルは絶句する。
 先程まで、結婚式に関しても積極的に話していたというのに、明らかに落胆しているのだ。
 不満な表情を隠そうともしないジェラルドは、クレメントのように顔に悍しい傷はないものの、殺人鬼のような目付きだった。

「フラヴィオ様の弟だって聞いたから、研究も放って駆けつけたっていうのに……。騙されたな」

 フラヴィオの前とは打って変わり、太々しい態度で足を組んだ男が、ミゲルを一瞥する。
 ミゲルが恐怖を抱く漆黒色の瞳は、まるで虫けらを見るような目だった。
 たまらずミゲルが顔を背ければ、ジェラルドは鬱陶しそうに深い溜息を吐いた。

「俺がお前を望んだわけじゃないことは、さすがにわかってるよな?」

「っ……そ、それなら、断ってくれたら――」

「はあ? クレメント様の命令は絶対だ。平民の俺が断れるわけねぇだろ。フラヴィオ様の弟なのにそんなこともわからねぇの? 先が思いやられるわ」

「っ、」

 ずけずけと物を言うところは、ミゲルの大の苦手とするアキレスにそっくりだ。
 容姿や雰囲気は、ミゲルから最愛の人を奪った憎き公爵閣下に似ているため、ミゲルはジェラルドと友人にすらなれる気がしなかった。

「お前と婚姻けど、俺の仕事の邪魔をするなよ? 言ってる意味、わかる?」

「っ……」

 上から目線のジェラルドに腹が立ち、ミゲルは拗ねたこどものように押し黙る。

「はあ。だんまりかよ? わからねぇならそう言えよ。お前が俺の伴侶になるなら、おかしな行動は慎めってこと。お分かり?」

 馬鹿にするように告げたジェラルドに、ミゲルはカッと頭に血が上る。
 ジェラルドもミゲルと同じく、今回の縁談には乗り気ではないことが伺えた。

「最低限の生活の面倒はみてやるから、お前は大人しくしてろ。フラヴィオ様に迷惑をかけるなら、俺も黙っちゃいねぇからな」

 有無を言わせぬ態度のジェラルドは、まるでフラヴィオの家族のような口ぶりだった。
 ミゲルがフラヴィオのお荷物だと言わんばかりのジェラルドに、「返事くらいしろ」と叱られるミゲルは、怒りでわなわなと震えていた。

 領地は持たないが、ミゲルは貴族だ。
 それでも今後ミゲルが生活をするためには、手に職を持つジェラルドに頼るしかないのだ。


 伴侶に頼らず、自ら汗水垂らして働くことなど最初から頭にないミゲルは、平民の男に見下されて屈辱を味わっていた――。


「それから、俺の部屋には入るな」

「……アンタも、白い結婚を希望するということか?」

 ミゲルの問いには答えず、「まあ、勇気があるなら入ってきてもいいぜ?」と挑発的に告げたジェラルドは、紅茶を口に含む。
 訝しげなミゲルを眺めるジェラルドは、くつくつと喉を鳴らした。

「最近、俺の可愛がっていたモルモットが、いなくなったんだ」

 話が見えないミゲルは、僅かに首を傾げる。
 内緒話をするように顔を近付けたジェラルドが、ニタリと笑った。

「懲役刑に処されたんだよ」

「っ、」

「なんでも、美しい貴族様に微量の毒を盛っていたんだ。詳しく話しを聞けば、その医師は患者に恋をしていたらしい。。頭がイカれてると思わないか?」

 レオーネ家で雇っていた医師のことだと察したミゲルは、息を呑んだ。
 医師と同じ思考の持ち主であるミゲルは、他人事には思えず、なにも答えられない。

「それで、牢に入れられるまでは俺のところに回ってきたんだが――。同じ医師として、人の道に反する奴を野放しにはできないだろう? だから、病を抱える人のためにしないかと交渉するつもりだったんだが……。おっそろしい尋問官に会ったせいで、そいつは口がきけなかったんだよ」

 残念だ、と無邪気に笑ったジェラルドが、べぇっと舌を出した。

(っ……かかかか、閣下が、医師の舌を切ったんだッ!!)

 ひとり想像してガタガタと震えるミゲルは、冷や汗を掻く手で口元を押さえた。


 次は自分の番かもしれないと、ミゲルが怯えている姿をじっと眺め続けるジェラルドは、想像力が豊かな男だなと思いながら、笑った。














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