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102 レオーネ子爵家
しおりを挟むジラルディ公爵邸、地下の一室にて――。
アキレスとピエールに監視される中、夕飯時に集まったレオーネ子爵家の三人は、ジラルディ公爵の言葉を待っていた。
「離縁することは許さない」
クレメントの発言に、レオーネ子爵家はそれぞれ異なる反応を見せていた。
絶望した表情を浮かべるフィリッポは、なぜ、どうして、と駄々を捏ねる。
理由は単純に、ミランダの容姿が別人のように変わっていたからだ。
「不貞を働くような女が母親のままでは、フラヴィオに悪影響を及ぼしますっ! フラヴィオのためにも、一刻も早く離縁すべきですっ!」
「……ヴィオのため? それは本心か?」
心の中を見透かしているような鋭い瞳に、フィリッポはぶるりと震え上がる。
しかし、ここ二ヶ月。
レオーネ子爵家の三人は、毎日のように閣下と顔を合わせていた。
凶悪な顔面に多少耐性がついたものの、それでも恐ろしいものは恐ろしかった。
「っ、はい。私はフラヴィオのためにも、新たに妻を迎えます。そして次こそは、フラヴィオに素晴らしい母親を用意したいと――ッ!!!!」
どうしてもミランダと離縁したいフィリッポは、閣下からピリピリとした空気が流れていることに、ようやく気付いていた。
助けを求めて家族を見るが、ミランダは俯いており、ミゲルは我関せずの態度だ。
仲良し家族は崩壊していた。
「お前が何人妻を迎えようとも、ヴィオの愛する母親は、フローラだけだ。そんなこともわからないのに、ヴィオのためを思ってだと……? 自分のためだろうが」
閣下が語気鋭く言い放つ。
フィリッポに己の罪をわからせようと、懇々と言い聞かせる閣下を眺めるミゲルは、どうしてそんな無駄なことをするのかと、理解できなかった。
(なんで兄様は、閣下を受け入れたのだろう……)
閣下には息子のように可愛がってもらいたい、と話していたフラヴィオが、今は閣下と相思相愛だともっぱらの噂だ。
(きっと閣下は、金と権力で兄様の愛を手に入れたんだ。そうに違いない)
閣下がフラヴィオにたくさんの贈り物をしている話は、ミゲルの耳にも届いていた。
でも本当は、フラヴィオは金にも権力にも靡かない男だとわかっているミゲルだが、そう思わなければやっていられなかった――。
「閣下の話を聞いて、私にも反省すべき点があるとわかりました……」
ミゲルが現実逃避している間に三十分が経過し、フィリッポが『反省』という言葉を口にした。
他者には反省しろと言うフィリッポだが、自分にも非があったと認めるとは誰も思っていなかったため、閣下は満足そうに「そうか」と頷いたのだが……。
「はい。わざとではないのですが、今までは、ちょっとミゲルにかまいすぎでした。ですので今後は、父親としてフラヴィオのそばにいたいと思います」
ちっとも反省していないフィリッポに、アキレスもピエールも唖然とする。
欲望が丸出しのニヤけた面をするフィリッポに、閣下の怒りがピークに達した。
「……いい加減にしないと、埋めるぞ」
「ヒッ!!!!」
口から泡を吹いて倒れたフィリッポを見下ろす閣下が、溜息を吐く。
今すぐにでも息の根を止めてやりたいが、こんな男でもフラヴィオの父親なのだ。
フィリッポが死ねば、フラヴィオが胸を痛めるとわかっているため、情けをかけているだけだった。
一方、俯くミランダは、毎度夕飯前の一時間、フィリッポが理解するまで話し続ける閣下の低い声を黙って聞いていた――。
己がフラヴィオに与えていたものと同じ薄味のスープを毎日食し、空腹と戦うミランダの体は、無駄な贅肉がなくなりつつあった。
贅沢をすることなく、他人と話すこともない。
周りの人間からチヤホヤされることが大好きなミランダにとっては、苦痛な時間を過ごしている。
そしてひとりの時間が増えたことで、過去を振り返り、フラヴィオのことを考えていた。
フラヴィオを殺害するつもりはなかったミランダだが、いざ自分が同じ環境で生活してみれば、生き地獄だと感じていたのだ――。
「首を刎ねることは簡単だが、それでは意味がない」
ハッとしたミランダが顔を上げれば、鋭い瞳に射抜かれた。
現段階では、ディーオ王国の法で裁けるのは、フラヴィオに薬を処方していた医師と、指示を出していたミランダだけだ。
公爵閣下は、法で裁けないフィリッポも処罰対象にしたいのだろう。
つまり、ミランダが己の罪を認めることを望んでいるのだ――。
「猶予は来年、小僧が当主になる前日までだ」
ミランダの目を見てそう告げた閣下は、ハートの形をした苺が可愛らしいフルーツサンドを一口食べて、不敵な笑みを浮かべた。
(っ、なんて恐ろしい男なのッ!!)
野菜スープ生活を送るミランダにとって、目の前で甘味を食べる行為は拷問でしかない。
しかし疲労したクレメントは、愛妻の手作りフルーツサンドを食べて、ほっこりとしているだけだった――。
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