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101 クレメント
しおりを挟む任務がない時は、基本的に部屋でひとりの時間を過ごすことが多かったが、後妻を迎えてからのクレメントは多忙を極めていた――。
愛するフラヴィオが、『クレム様が稽古をしているところが見てみたいです』といえば、すぐに愛剣を手にする。
普段から稽古をつけて欲しいと、部下から懇願されても、アキレス任せにしていた男が、今では毎日指導していた。
「お疲れ様です、クレム様。今日も、とてもかっこよかったです」
「……ああ」
愛妻からタオルを受け取ったクレメントは、汗ひとつ掻いていない額に押し当てた。
フラヴィオが、クレメントの稽古に励む姿が見たい気持ちは本物だ。
だが、実際にはアキレスやピエールに言わされているとわかっている。
それでもクレメントは、フラヴィオの願いはどんなことでも叶えてやりたい。
なにせクレメントが大剣を手にしただけで、フラヴィオの翡翠色の瞳は、これでもかと煌めくのだ。
(今日も綺麗だ……)
朝から惚けるクレメントは、フラヴィオと共に一度部屋に戻る。
クレメントが湯浴みをしている間に『えいっ!』と小さな声が耳に届いた。
ひとりきりになると、フラヴィオがこっそりと素振りをしていることを知っているクレメントは、口角を上げた。
(今日もうずうずしていたからな……)
気配を消して部屋を覗けば、長く美しい金色の髪が揺れていた。
フラヴィオが手にしているのは、クレメントが誕生日に贈ったお揃いの万年筆だ。
刃物は危険だと、アキレスに口を酸っぱくして言われているため、万年筆を代用品にしている。
見様見真似で素振りをするフラヴィオは、姿勢は良いのだが、大振りだった。
それでも愛おしくて仕方がないのは、フラヴィオが手本としているのは、クレメントだからだ。
(体格的にもアキレスを真似たらいいというのに。なんといじらしいんだっ。……だが、アキレスを手本にしたなら、それはそれで腹が立つか)
想像しただけでクレメントが殺気立つと、フラヴィオの手から万年筆がすっぽ抜けた。
「っ、クレム様ッ!!!!」
慌てふためくフラヴィオが、絨毯の上に転がった万年筆に向かって絶叫する。
この世の終わりのような顔で、万年筆を拾い上げたフラヴィオの背後に立っていたクレメントは、笑いを堪えられなかった。
「…………クッ、クククククッ」
(私の妻が可愛すぎて死ぬっ。なんでこんなに可愛いんだ……? 誰か教えてくれっ)
フラヴィオを見ているだけで、心が穏やかになるクレメントは、毎日幸せすぎて死にかけていた。
「~~~~っ!! い、いつから見ていらしたのですか!?」
たまらず笑ってしまったクレメントは、真っ赤な顔で怒るフラヴィオに睨まれてしまった。
しかし、身長差ゆえに上目遣いになるフラヴィオの可愛さに、クレメントはノックアウトされる。
「うっ……。すまない、ヴィオ。許してくれ」
「…………」
「っ、決して馬鹿にしたわけではない。……その、ヴィオが可愛くて、笑ってしまっただけなんだ」
謝罪などしたことがないクレメントは、愛するフラヴィオにだけは謝り倒す。
基本的に、フラヴィオはすぐに許してくれる。
だが、拗ねたようにむっと口を尖らせる姿が尋常じゃなく可愛すぎて、クレメントはたまらず口を塞いでしまった――。
「…………っ、ヴィオ?」
余計に怒らせてしまったかと思うクレメントは、激しい稽古をしても汗を掻くことはない背に、冷や汗が流れていた。
「っ……クレム様は、ズルイです」
恨めしい声が聞こえてきたが、フラヴィオはクレメントの胸にしがみついていた。
金色の髪を撫でれば、赤くなる耳が見える。
(っ、嗚呼……。今日も一日、頑張れそうだ……)
この後、領地の仕事や毒親の矯正作業が待っているクレメントは、元気をくれる愛おしい人を強く抱きしめた。
戦場以外では無気力だった以前とは、まるで別人のように変化を遂げたクレメントは、馬車馬のように働いている。
最愛の人を笑顔にしたい、その一心で――。
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