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97 罪の意識がない者
しおりを挟む無言の圧力を放つ大男と口達者な美丈夫が、そばにいるだけで癒されるオアシスのような美青年の取り合いをしている頃――。
反省中の元使用人たちが、少しばかり痩せた元雇い主を捕縛していた。
フィリッポを発見するのは簡単だった。
なにせ『私はジラルディ公爵夫人の父親だっ!』と、名乗っていたのだ。
不審者の目撃情報は、元使用人たちの耳にも届いていた――。
「ようやく見つけましたよ」
「おお、お前たちっ!」
元使用人の男が声をかければ、フィリッポが顔に喜色を浮かべる。
感動の再会ではないのだが、元使用人たちは、あの無能なフィリッポが皆の顔を覚えていたことに驚いていた。
しかし、次に告げられた言葉で、元使用人たちが僅かに抱いていた期待を、見事に裏切られることになる――。
「助けに来るのが遅いではないかっ!! 私がどんな目に遭ってきたか……っ! 本当に使えない奴らだなっ!」
身包み剥がされているものの、フィリッポは元気である。
己より格上の人間以外は見下しているフィリッポが、使用人の顔など覚えているはずがない。
皆の手の甲にある焼印で、元使用人だと判断していただけだった。
憤慨するフィリッポを、淡々と荷車に乗せた元使用人たちは、ジラルディ公爵邸に向かう。
「友人の馬車が通ったのだが、私に気付いていたのに無視したんだ! そのせいで、ここまで歩く羽目になってしまった……。領民だけでなく、私を無視したパチーノ伯爵のことも、ジラルディ公爵に言い付けねばならん。私に不敬を働いた者は、全員処刑だっ!!」
子爵位に降爵しているのだが、未だに伯爵気取りのフィリッポが喚く。
仮に覚えていたところで、さして意味はない。
公爵家の仲間入りを果たしたと思い込んでいるフィリッポは、貴族の頂点に立った気でいるのだ。
(妻の父親が愚弄されたとなれば、冷酷無慈悲の公爵閣下が黙っているはずがないっ!)
そう信じて疑わないフィリッポは、威張り腐っていた。
フィリッポの推察は珍しく当たっていたのだが、閣下の怒りの対象が自身であることまでは、わかっていなかった――。
(頭を冷やす時間はたっぷりとあったというのに、全然反省していないな……)
元使用人たちの心の声が一致する。
害虫を野放しにすることはできないため、皆は公爵閣下に引き渡しに向かう。
そんなこととは知らないフィリッポは、どう責任を取ってもらおうかと、空っぽの頭で考えていた。
「公爵家の人間が辱められたのだ。閣下にはそれ相応の対応をしてもらわねばなっ!」
ひとり興奮状態のフィリッポは、元使用人たちから冷めた目を向けられていること気付かない。
精神的苦痛を受けたと、慰謝料を回収してもらう気でいるフィリッポの脳内は、金のことでいっぱいだった。
公爵家の馬車ではなく、荷車に乗せられている時点で、お荷物だと言われているも同然なのだが、能天気なフィリッポが気付けるはずもなかった――。
◇
ようやく公爵邸の近くまで辿り着いたのだが、裏に回される。
しかも、門が開くことはない。
ここでも馬鹿の一つ覚えのように『ジラルディ公爵夫人の父親だ!』とフィリッポが喚いていると、大きな槍を持った白髪の男が現れた。
「先触れもなく、無礼極まりない。お引き取りを」
「……はぇ? わ、私は、フラヴィオの父親だぞ!?」
「奥様はお会いにならないと思いますが」
だからなんだ、といったように、家令はフィリッポを全く相手にしていなかった。
「なっ!! フラヴィオは、私の可愛い一人息子なんだっ!! 行方不明だった父親を、心配しているに決まっているだろうっ!!」
一人息子に会いたいと、フィリッポが吠える。
元使用人たちから、「イカれている……」とひそひそと話をされていたが、フィリッポは自身に言われているとは思っていなかった。
なにせ、自分の都合の良いように考えるフィリッポの脳内では、ミゲルとフラヴィオは入れ替わっていたのだ。
愛するミゲルはいなくなり、フィリッポの愛する息子は、公爵閣下の後妻になるまでは気にもかけなかった、フラヴィオに変わっていたのだ――。
「奥様の口から、あなたのお名前が出たことは一度もありませんが」
「っ……う、嘘だ……。そんなはずないだろうっ」
(一月近く行方不明だったというのに、なぜ誰も歓迎していないんだ!?)
荷車から下りることもなく、フィリッポは着た道を戻ることになった。
追い返されるだなんて思ってもみなかったフィリッポは、茫然自失になる。
狡猾なミランダがいない今、フィリッポは何の策もない、ただの愚か者だった――。
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