51 / 129
49
しおりを挟む貫禄がある男の斜め後ろに立つフラヴィオは、太い腕に捕まることなく歩いていた。
クレムが特別な存在だと自覚して以降。
フラヴィオは、極力クレムとは触れ合わないようにしている。
『神官長の治療のおかげで体調が回復しており、自分の足で歩きたい』
だなんて、もっともらしい言い訳をして――。
クレムのことを知った分だけ、より好意が増してしまう。
安心する場所に居続けると、フラヴィオはクレムから離れ難くなってしまう。
だから一線を引いているのだが、フラヴィオはクレムと出逢った当初よりも距離を感じて、ひとり虚しくなっていた――。
(そういえば、また神殿騎士が増えていたな……)
フラヴィオが与えられている部屋の前には、六人もの神殿騎士が待機している。
王族の警護でもするかのように、皆引き締まった表情だ。
ピエールが指示を出していることもあるため、彼らはクレムとピエールの部下だろう。
クレムがいない時は、常にピエールがフラヴィオの側にいてくれる。
安全な場所であることは違いないというのに、なにをそんなに警戒する必要があるのだと、フラヴィオは不思議でたまらなかった。
戦場の鬼神の噂の想い人を一目見ようと、部下たちが集まっているだけだということを知らないフラヴィオは、無駄に神経を尖らせていた――。
いつものように、庭で朝食をとる。
その後は小説を読むのだが、実際にはただ開いているだけだ。
フラヴィオが小説を読んでいる時、クレムは決して話しかけてこない。
邪魔をしないように、気を遣ってくれているのだろう。
優しい人だと思う反面、フラヴィオはクレムに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
クレムのことを意識しないよう、頁を捲る。
ぼんやりと文字を指先でなぞっていたフラヴィオは、あることに気が付いた。
僅かに感じた凹凸。
陽の光に透かして見れば、文字を囲んで消したような形跡があった。
「オ……ウ、リョ……ウ…………。横領……?」
「……ヴィオ、どうした?」
「っ、いえ。なんでもありません」
漆黒色の瞳に見つめられていたことに気付き、フラヴィオは慌てて首を横に振る。
小説を閉じてしまったが、キャシーからのメッセージが隠されていたことに気付く。
続きを読みたいのだが、不穏なワードだ。
ひとりになった時に読もうと、フラヴィオは小説を握りしめていた。
「……使うか?」
胸元からシンプルなバレッタを取り出したクレムは、フラヴィオの長い髪を見ていた。
クレムの漆黒色の髪は、バレッタを必要としない長さだ。
フラヴィオのためにわざわざ用意してくれたのだとわかり、胸があたたかくなる。
(ただ……クレム様の瞳の色なのだが……。きっと他意はない、よな?)
クレムがフラヴィオを、患者としてしか見ていないことはわかっている。
それでも、クレムの色を身に付けることを想像しただけで、フラヴィオの胸は高鳴ってしまう。
「ありがとうございます」
心を落ち着かせるフラヴィオは、なんとかお礼を述べる。
バレッタを受け取ろうとしたのだが、クレムはフラヴィオの背後に回った。
「……私がつけよう」
「いえ、自分で――っ、」
ゴツゴツとした手がフラヴィオの髪を掬う。
その手が首筋に触れ、フラヴィオの体はビクッと反応していた。
(……クレム様に触れられた箇所が、熱いっ)
フラヴィオはドキリとしただけなのだが、クレムの目には、まるでクレムに触れられることを、拒否しているように見えていた――。
「すまない」
小さな声が耳に届く。
フラヴィオが振り返れば、バレッタだけがぽつんと置かれていた。
「…………クレム様?」
飾り気のないバレッタをそっと手に取る。
普段使いに適しているそれは、一目見ただけで高級品だとわかる代物。
男性が使用しても、おかしくないものだ。
ミゲルにも髪飾りは貰ったことがある。
きらきらとしたエメラルドの宝石が美しく、華やかなものだった。
貰った時はもちろん嬉しかった。
でも今は、フラヴィオの手の中にあるシンプルなバレッタが宝物のように見えていた――。
どこかうっとりと、バレッタを握りしめるフラヴィオを目撃し、歓喜に飛び跳ねそうになるのを堪えていたのは、残念ながら角刈りの男だけだった。
536
お気に入りに追加
7,417
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる