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18 マリカ
しおりを挟む運良くレオーネ伯爵家に雇われて、四年目の春。
伯爵夫人付きのメイドに指名されたマリカは、他のメイドたちから羨ましがられていた――。
ミランダに気に入られれば、彼女の気分次第ではなんでも買ってもらえる。
いろんなところに連れて行ってもらえるし、きっと良縁にも恵まれる。
次の職場を探す時も、何の苦労もしないだろう。
なにより、給料が格段に上がるのだ。
以前のマリカであれば大喜びで、家族にも自慢げに報告していたはず。
でも今は、全力で落ち込んでいた……。
「マリカは本当に運がいいよね? 嫉妬しちゃう」
マリカより先に勤めていたメイドたちから、刺すような視線を向けられる。
急に居場所を奪われたというのに、メイドからもやっかみを受ける。
かつての自分がフラヴィオを悲しませた罰なのかと、マリカは泣きたくなっていた。
「でも、ずっと安月給で性悪男の面倒をみてきたじゃない? 奥様も、マリカの頑張りを認めてくださったのよ」
場の空気が悪くなる前に、最近マリカが仲良くなったキッチンメイドたちが間に入ってくれた。
「……きっとそうね? でも、今まできちんとした仕事をして来なかったから、粗相をしてしまうかも。奥様に嫌われてしまわないか、心配だわ?」
「ふふっ。マリカは食いしん坊だものね? すぐに解雇されないように、気をつけなさいよ」
果物を度々失敬するマリカを、食い意地が張っている女だと思っているキッチンメイドたちが、笑い声を上げる。
なんとか作り笑顔を浮かべたマリカだが、心は死んでいた。
同僚たちの話した『頑張り』とは、フラヴィオを蔑ろにする行為のこと。
ミランダの話を鵜呑みにし、フラヴィオのことを悪だと決めつけていた頃は、確かに仕事をしていなかった。
嘘はついていない……。
それでも胸が苦しくなるのは、過去の愚かな自分に対しての怒りからだ。
「そんなに心配しなくても、キャシーがいるから大丈夫よ! って、キャシー? どうしたの?」
「…………」
「っ、きっと驚きすぎて、思考が停止してしまっているんだわ? 名誉なことよね、キャシー!」
そしてマリカと同じく、ミランダから直々に所望されたキャシーは、魂が抜けている状態。
マリカはうんともすんとも言わないキャシーを、なんとかフォローしていた。
その後、早速先輩たちから仕事を教わるのだが、ふたりとも上の空だった。
なにせマリカもキャシーも、生涯フラヴィオのメイドとして生きていくつもりだったのだから――。
いつ死んでもおかしくない状態のフラヴィオの世話は、誰もやりたがらない仕事だった。
だからマリカは、ずっとフラヴィオと一緒にいられると思っていた……。
きっとフラヴィオは、マリカとキャシーを味方につけたくて、大切な宝石を盗んだとしても優しく接してくれていたのだろう。
そのことがわからないほど、マリカは馬鹿ではなかった。
利用されているとわかっていても、マリカはフラヴィオのことを敬愛していたのだ。
ふたりがプレゼントした古本を、何度も何度も読んでいたフラヴィオ。
わからないところがあれば、朝一番に教えを乞うフラヴィオは、真面目だけど可愛らしい人。
噂とは違って穏やかな性格で、マリカが生意気な口を利いても一切怒らない。
それどころか、友人のようで嬉しいと言ってくれるのだ。
恋愛小説を片手に、『マリカは私の先生だな?』と無邪気に笑ったフラヴィオを思い出すだけで、胸がいっぱいになる――。
(フラヴィオ様、気付いてくれるかな……)
自分になにかあったときのために、引き出しに隠しておいた日持ちのする菓子類。
フラヴィオが好んで菓子を口にするところを見たことがなかったけれど、他に用意できるものがなかった。
(ようやく体調が回復していたのにっ! フラヴィオ様は、きっとまた……)
先輩の話を右から左に聞き流していたマリカは、フラヴィオが処方されている薬を口にしなくて済む方法を、必死に考えていた。
主人を敬愛するマリカが、フラヴィオが薬を飲んでいないことを知らないはずもなかった。
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