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19 マリカ
しおりを挟むフラヴィオが幸せになるまでは、マリカは誰とも婚姻するつもりもなければ、仕事を辞めようとも思っていなかった。
(でも、フラヴィオ様のメイドでいられないなら、ここにいる意味がない……っ)
それでもマリカは、ミランダ付きのメイドになる道を選択した。
フラヴィオを残して去ることなど、出来やしないのだから……。
マリカの新たな主人は、自分の都合でフラヴィオを悪人に仕立て上げている本物の悪女だ。
毎日のようにお茶会を開き、贅沢な暮らしを送っている。
最初はそのことに腹が立っていたけれど、よく観察してみれば、ミランダは言葉巧みに下級貴族の夫人たちを味方につけていた。
後妻に迎えられた当初は、准男爵家出身の田舎者だと馬鹿にされていたミランダだが、今は違う。
金をばら撒き、仲間を得ていた。
「フラヴィオは、私のことが今でも気に食わないのよ……」
愛息の自慢話が終われば、ミランダは必ずフラヴィオの話を持ち出す。
集まっている夫人たちが、どこまでミランダの話を信じているのかはわからない。
それでも何度も何度も同じ話を聞かされ続けていれば、ミランダの話が真実だと思ってしまうのも無理はないだろう。
「っ、まあ! 学園にも通わず、やりたい放題! 貴族としての義務を放棄している人間なんて、廃嫡してしまったらいいのにっ!」
「ミランダ様は優しすぎるわ? いつか手を上げられたら、どうするのです!?」
言いたい放題なのだが、ハンカチを目元に当てたミランダは『貴女たちがそう言ってくれるだけで、私は幸せだわ?』と微笑んでいた。
もちろん涙は出ていない。
そしてミランダはマリカとキャシーを試しているのか、同意を求めてくるのだ。
ふたりにとって、フラヴィオの悪口を聞かされ、心にもない言葉を告げなければならない日々は、耐え難いものだった。
それでもふたりは、ミランダ付きのメイドになることが出来て幸せだと言わんばかりの笑みを披露する。
いつの日か、またフラヴィオのメイドに戻る日が来ると信じて――。
◇
待ちに待った休日。
マリカはミランダから受け取った宝石のような菓子を手にして、実家に帰っていた。
平民が口にすることのできない高級な品だが、今のマリカはフラヴィオと共に薄味のスープを啜っていた方が幸せなので、全て家族に渡していた。
なにせ、伯爵夫人のメイドの方が好待遇だとわからせるためか、ミランダがマリカとキャシーを物で釣ろうとしている魂胆が見え見えなのだ。
それでもマリカは、ミランダの前では大袈裟に喜んで見せた。
それも全てフラヴィオのためである。
そしてマリカは、甘味を食べてご機嫌になっている弟を呼んだ。
「アーロン。この手紙を、サヴィーニ子爵家に届けてほしいの」
マリカに似て、小動物のような弟のアーロンは、こてりと首を傾げる。
友人たちに、マリカには可愛い恋人がいると思わせていたが、実際には弟だ。
「……手紙? でも、僕なんかが貴族様を訪ねて、大丈夫? 捕まらない?」
「ええ。フラヴィオ様に関することだって伝えれば、きっと受け取ってくれるわ」
そう言って、馬車に乗るための金を握らせた。
弟に渡した金は、フラヴィオから貰った駄賃だ。
(売ってしまった宝石を取り戻した時に、一緒に返そうと貯めていたけれど……。今はそんなことを気にしていられる状況じゃない)
マリカはフラヴィオの現状と、助けてほしい旨を書いた手紙をアーロンに託す。
もし今すぐに助けることが出来ないのであれば、医師を派遣してほしいとお願いしていた。
――でも、待てど暮らせど返事は来なかった。
フラヴィオがどうしているかもわからず、焦燥感に駆られるマリカは、厨房に忍びこんでいた。
果物だけでも届けたい、その一心で……。
「すでに子爵家の者が動いている。下手に動くな」
「っ……」
料理人見習いの青年が、芋の皮を剥きながら呟く。
動揺したマリカだが、人畜無害そうな顔立ちの青年から慌てて視線を逸らした。
味方がすでに潜入していたことに気付いたマリカの瞳に、安堵の涙が浮かぶ。
「安心しろ、薬はすり替えてある」
静かに厨房を後にするマリカの背に、優しい声が届いていた。
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