嫌われ王子様の成長 〜改心後、暴君の過去が役に立つこともある〜

２０６ すみません、俺です

　「双方合意の上、婚約を解消したいと思っています」


　俺の父とジルベルトの父が、昔恋仲だったという衝撃的な事実を知った翌朝のこと。
　突然ファーガス兄様が、ロバート様との婚約を解消すると告げた――。

　朝食の席で固まる俺は、真顔のファーガス兄様をまじまじと見つめる。

　「一体なにがあった？　あんなに仲が良かったのに……。喧嘩でもしたか？」

　優しく問いかける父様の瞳は、本当にそれでいいのかと訴えているように見えた。

　俺は自由に恋愛をしているが、兄様たちは違う。
　政治的な関係もあって、父様が決めた候補の中から相手を選んでいる。
　いくらファーガス兄様とロバート様の仲が拗れても、そう簡単に婚約を解消することはできない、と思う。

　……というか、嘘だろ！？
　ロバート様も合意しているのか？！？！
　あんなにファーガス兄様を愛しているビームを出していたのに！？！？

　パニックになっている俺の隣では、セオドル兄様が興味なさげに「別にいいんじゃなーい？」と呑気な声を出す。
　朝からチーズ山盛りのピザトーストをもぐもぐしながら話す食いしん坊兄様は、お行儀が悪い。

　「私たちは、互いに愛する者ができた時に、婚約を解消すると話し合っていたのです」
　「っ、だが、ランジェット侯爵家とは……」
　「ランジェット侯爵の了承も得ています」
　「っ……」

　もうそこまで話し合っているのかと、父様は目を白黒とさせていた。

　「それに、互いに他に想いを寄せる人がいるというのに、義務だからと政略結婚をしたとして。そこに私たちの幸せはあるのでしょうか？」
　「…………」

　ニコラス母様との仲は良好なのだから、政略結婚でも幸せになれるぞ！　と語るのかと思いきや、父様は沈黙していた。

　かつての俺なら、どうしてなにも言わないんだ？　とツッコんでいたはずだ。
　だが、今は色々と知ってしまっているため、口を挟むようなことはしない。

　「いいじゃない。ファーガスの好きにさせてあげましょう？　この子が我儘を言うだなんて、初めてじゃないかしら？」

　うきうきと語ったニコラス母様。
　王妃ではなく、母親の顔をしていた。

　「母上ならわかってくださると思っていました」
　「ええ、もちろんよ！　それで、真面目なあなたをその気にさせた相手は誰なの？」

　気になって仕方がないとばかりに身を乗り出すニコラス母様。
　「それは秘密です」と微笑むファーガス兄様の瞳が、一瞬、呆けている俺を映した。

　……ドキドキしすぎて、全身に鳥肌が立った。

　「どうしたの？　リオン？」

　ぶるりと震えた俺を心配するセオドル兄様に、顔を覗き込まれる。

　「っ、いえ……。ファギー兄様が、かっこいいなあって……」
　「リオンちゃんもそう思うわよね！　王族としての義務を放棄してでも、真実の愛のために突っ走るだなんてッ♡　ロマンチックよねぇ～！」
　「は、はい」

　俺は容姿のことを言ったのに、ニコラス母様はなにやら勘違いしているが……。
　とりあえず、頷いておいた。

　「セオドルが言い出すのならわかるけど、ファーガスよ！？　ファーガスの人格を知っている人たちは、皆仰天するんじゃないかしら！？　きっとお相手は、相当魅力的な人物に違いないわねッ♡」
　
　パチリとウィンクをしたニコラス母様の中では、ファーガス兄様のお相手は、かなりの魅力のある人物だと思われている。

　――すみません、俺です。

　期待に添えなくて申し訳ない。
　それより俺たちは兄弟だし、婚姻できるのか？

　家族が認めてくれるかはわからないし、ファーガス兄様を慕う国民は大反対するだろう。
　想像しただけで、ずーんと沈んだ気持ちになる。

　そんな俺を、イケメン兄様三人がじっくりと観察していることに気付くことはなかった――。