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101 リオンを巡って リュカ
しおりを挟む目の前にいる全身傷だらけの男は、私の話をきちんと聞いていたのだろうか?
突拍子もない発言をするジルベルト様に、私は口を半開きにしていた。
『二人でリオンを愛さないか?』
……わけがわからない。
私は先ほど、『リオン殿下を独り占めしたい』と仄めかす発言をしたばかりなのだが……。
やっぱり話を聞いていなかったらしい。
「ジルベルト様は優秀なお方だと思っていましたが、そういう面に関しては、愚図だったんですね」
「随分と辛辣なことを言うな?」
くつくつと笑うジルベルト様に、深いため息が漏れる。
「良いですか? まず、二人でリオン殿下を愛すると言っても、リオン殿下本人のお気持ちはどうなさるおつもりで? あのお方は、メルキオール陛下のような一途なお方を尊敬していらっしゃるのですよ?」
「そんなもの、俺達が変えれば良いだろう」
簡単なことだと言い切るジルベルト様。
こんなに話が通じない男だとは思わなかったと、私は頭を抱えた。
「リオンが重婚したところで、誰も反対しないだろう」
「っ、ちょっと待ってください! なぜ私もリオン殿下と婚姻するような流れになっているのですか?!」
慌てふためく私を、ジルベルト様は面白いものを見たとばかりに笑みを深めた。
やつれてはいるが、この男は無駄に顔が良い。
リオン殿下が惚れ惚れしてしまうのも無理はない。
「俺はリオンが必要で、リュカもリオンが必要。それなら、二人でリオンを共有したら良い」
「……馬鹿なんですか? 馬鹿なんですね? リオン殿下と関わって、馬鹿がうつったんですね?」
馬鹿馬鹿と連呼する私の方が、リオン殿下に影響を受けすぎている気がするが、今は言わずにはいれなかった。
「リオンは俺を守るために、いずれは婚約に踏み切るはずだ。俺は何もしなくても、リオンを手に入れることが出来る。だが、リュカ。お前はどうだ? 俺とリオンがいちゃくつ様を、傍で見続けなければならないんだぞ?」
「……覚悟はしています……」
そんなことを言われなくても、何度も想像してきた。
絞り出すような声で答えれば、ジルベルト様は眉を下げて困ったような顔をする。
「覚悟出来ていたとしても、実際に見ると辛いだろうな? それなら、俺とリュカでリオンを挟んで、幸福を味わえば良いんじゃないか?」
一瞬、いつものように、私とジルベルト様がリオン殿下を見守っている光景を思い出してしまい、慌てて首を振った。
「私はただの侍従です。リオン殿下には釣り合いません」
「リオン本人がリュカが良いと言ってもか?」
「……そんなことはあり得ません」
「そうか? リュカを見るリオンの目には、愛が感じられるけどな?」
「……ジルベルト様は、愛する人がいたことがお有りで?」
「いや、無い。そんな俺でもわかるくらいなんだから、リオンはお前に好意を抱いているはずだ」
セオドル殿下もだが、ジルベルト様にまでも言われた私は、少しだけ期待してしまう。
『すきとすきで、りょうおもい』
あの時、ほぼ意識のないリオン殿下の言った言葉が頭を過ぎった。
「あとは、リュカさえ覚悟が決まれば、俺はリオンに提案する」
「……な、にを、ですか?」
「俺のことを蔑ろにしないという前提で、リュカをリオンの恋人として受け入れる」
「……はぁ?」
素っ頓狂な声が出てしまうが、仕方がないと思う。
リオン殿下と私は恋人でもないのに、何を勝手に話を進めているんだか。
それでも私の心は浮かれていた。
ジルベルト様とリオン殿下が婚約しても、リオン殿下に触れることが出来る。
あの愛おしいお方を、これからも愛でることが出来る。
「リオンの処女はリュカに譲っても良いぞ?」
「っ、ジルベルト様っ!」
「俺は別にリオンが処女だろうが淫乱だろうが、こだわりはない。俺といる時だけは、俺のことを見てくれればそれで良いからな」
なぜジルベルト様が笑顔でいられるのかわからない。
普通は愛しているなら、誰にも触れさせたくないはずなのに。
しかも処女なんて……。
リオン殿下の処女…………絶対に欲しい。
乱れるリオン殿下の愛くるしい姿を思い出して、ごくりと生唾を呑む。
「俺は今まで、体罰を受けて、母親の罪を償っているつもりでいた。でも途中から、何のために生きているのかわからなくなった。もう死にたい、でも死ねない。そんなときに唯一俺を気遣ってくれたのは、俺を虐ていたうちの一人であるリオンだ」
相槌を打って静かに話を聞いていると、ジルベルト様は神妙な面持ちで頷いた。
「俺がリオンに向ける愛と、リュカのリオンへの愛の種類は違うと思う。もちろん俺もリオンを抱きたい。でもそれ以上に、仕事のパートナーとして隣にいたい。リオンが俺を相棒と呼んでくれたときに、そう思った」
「なるほど……。なんとなくですが、お気持ちはわかりました」
「リュカ。今のうちに腹を括って返事をしておいた方が良いぞ? 俺がリオンを独り占めしたくなる前に、な?」
ふっと優しい笑みを溢したジルベルト様は、私に治療のお礼を述べた。
少し変わっているが、心優しいお方だ。
普通なら、リオン殿下を慕う私のことなど切り捨てたくなるはずなんだが……。
ジルベルト様のリオン殿下へのお気持ちは、まだ芽生えたばかり。
だからこそ、この好機を逃してはいけない。
そして私は意を決して、告げる。
「リオン殿下が私を望んでくださるなら、私はこの命が尽きるまで、あのお方のお傍に居たいです」
初めてジルベルト様と微笑み合った瞬間だった。
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