ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

19章

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 ボギイイイイイィィィィッッッッ・・・・・・・
 
 “せ・・・背骨がッッ・・・・・・お、折れた・・・・・・”
 
 ゴフッという重い咳とともに、黒い血塊がファントムガールの口から転がり出る。聡明さ漂う少女の美貌は、幾度となく吐き出された血により、紅色に塗られていた。
 
 凶器と化したビルへの叩きつけは、繰り返し繰り返し、輪廻のごとく続けられていた。空中高く上げられては、叩きつけられ、また上げられては叩きつけられ・・・・・・そのたびに里美の呻きと魔豹の嘲笑が轟く。
 ファントムガールの肋骨は、その全てが粉砕されてしまっていた。構わず続く落下に、折れた骨が肺にいくつか突き刺さっている。胃や腎臓は破裂しているかもしれない。修行で鍛えた筋肉はあちこち断裂し、最後まで頑張っていた背骨も、ついに折られてしまった。
 トランスフォームを解けば、五十嵐里美の負傷は肋骨のヒビくらいで済んでるかもしれない。ファントムガールでのダメージは何十分の一かに軽減されるからだ。だが、この姿でいる以上、そのダメージはそのまま少女戦士に伝わる。
 
 “私のダメージ・・・敵の戦力・・・相性・・・どこをどうとっても・・・・・・勝てない・・・・・・”
 
 蛇の魔獣「サーペント」との闘いで、弱い部分を露呈してしまった里美は、もう二度と、弱音は吐かないと誓っていた。ファントムガールの事実上のリーダーである里美の影響は大きい。里美の動揺は、ナナやユリアにも伝わってしまうからだ。
 だが、いくら強気にあろうとしても、圧倒的な戦力差の前に、美しきくノ一の心は挫けそうになっていた。冷静に戦況を判断できる女神のコンピューターは、この闘いでの勝率が1%に満たないことを悟ってしまっていた。
 
 「そろそろ時間が迫ってきたねぇ~~。ファントムガールちゃん、処刑ターイムよォ~♪」
 
 長方形のビルの上で、仰向けに震える守護天使に、豹の悪女マヴェルが声をかける。手足と首をダラリとさげ、粉砕された全身の痛みに翻弄される銀の少女からは、返答はない。魔法陣により皮膚は焼け爛れ、漆黒のビルへの落下であちこちが血で滲んでいる。正義を象徴する銀の肌も、鮮やかな金の混ざった茶髪も、輝きを失って汚れている。
 肉が杭から抜かれる音がして、ボロボロの天使が無理矢理立たされる。
 呪い人形と同じように動く少女戦士を、魔術師マリーは十字架刑に処したように、両手をピンと伸ばして広げた。
 胸のエナジー・クリスタルがヴィーン・・・ヴィーン・・・と弱々しく鳴り続ける。鳴りっぱなしのエネルギー貯蓄庫は、その残量がごくわずかであることを教えてくれていた。
 虚ろな意識の中で、ファントムガールの視界にユリアの姿が映る。
 2体の魔人に後ろでまとめた髪をひとつづつ握られ、5km先から引き摺られてきた細身の戦士は、うつ伏せのままピクリとも動かない。彼方から伸びている引き摺った跡は、濃緑の粘液と、噴き出る鮮血と、股間から溢れる少女の愛液とで、毒々しいマーブル模様を描いている。いかなる陵辱と惨劇が繰り広げられたかは、その跡を見れば窺い知れた。
 
 「ユ・・・・・・リ・・・・・・・ア・・・・・・・・・・・・」
 
 “ごめんなさい・・・・・・・・私の・・・私のせいで・・・・・・・・こんな闘いに私が誘わなければ・・・・・・・・・許して・・・・・・・・”
 
 「ワハハハハハ! これが我らの実力だ! 無能な人類よ、現実をちゃんと見ているか?! 貴様らの希望とやらは、このメフェレスが本気になれば、所詮敵ではない! この哀れな姿をよーーく焼きつけておくんだな!」
 
 高らかに哄笑する黄金のマスク。三日月に笑う仮面から溢れる笑い声は、いつまでも夜のベッドタウンに鳴り響く。
 十字架で血に染まったファントムガールも、濃緑の粘液の海に沈んだユリアも、ピクリとも動かずに悪魔の嘲笑を浴びるのみ。
 
 “こ・・・こんな時に・・・・・・・・・・何故あの時のことが・・・・・・・?”
 
 人は死を迎える時に、走馬灯のように過去を思い出すというが・・・これがそうなのだろうか?
 過去の中で、里美は道場にいた。目の前には、道着を着ても厚い胸板を隠しきれない、圧倒的な質量を持つ男。
 あの当時、姉弟であることを隠しながら、幼馴染としての関係を続けていた二人は、誰にも内緒で、時々組み手をやることがあった。幼いころは里美の方が強かったのに、いつのまにか立場は逆転し、今では男は右手右足を使わないというハンデをつけての組み手であった。
 
 「惜しかったな」
 
 足を掬われて転倒したところに、工藤吼介の左拳が飛んできた。ヒット寸前で止められた巨大な拳を、里美はじっと見つめる。
 
 「そう・・・かな。最近はハンデつきでも、全然勝てなくなったわ」
 
 ふうッ・・・と息をつき、開いた拳に掴まって、身体を起こす。目の前には良く見知った、男臭い顔が苦笑を浮かべていた。
 
 「里美のいいところは、冷静に戦力分析できるとこなんだが・・・それって欠点でもあるよな」
 
 「どういうこと?」
 
 「う~~ん、諦めが早いっていうか・・・オレとやるときでも、最初から負けるって思ってるだろ。そりゃ確かに差はあると思うけどさ、ほんのちょっぴりでも勝つ可能性があったら、全力をぶつけるべきだぜ。それは試合でも・・・恋愛でも一緒だと思う」
 
 じっと真っ直ぐに見つめる男の視線に、緊張した色が走る。ごくりと鳴る喉。握り合った手が、やけに熱い。
 運動したせいではない、芯から湧きあがる熱に、里美の白桃の頬も上気していく。
 
 「オレは勝てそうにないと思った恋でも・・・・・・全力をぶつけてるぜ」
 
 その日、幼馴染のふたりは、初めて唇を重ねた。
 
 “わかってるよ、吼介・・・・・・・・・・でも・・・もう身体が動かないの・・・”
 
 甘酸っぱい過去に遡っていた里美を、冷酷な現実が呼び戻す。
 四体の悪鬼が待ち受ける、処刑の時間。
 迫りくる死の予感に、悲痛な天使は足掻くことをやめ、じっとその瞬間を待ち受ける。
 
 「順番からいけば、ファントムガールが先か。時間切れのような、楽な死に方はさせんぞ、五十嵐里美」
 
 十字架の周囲を悪鬼四体が囲む。四つの方向に分かれ、トドメを刺すための陣形が確実に整えられていく。正面にメフェレス、背後にマヴェル、右にマリー、左にクトル。天使抹殺の包囲網が完成し、トドメに備えて闇の魔力が高まっていく。
 
 「ククク・・・さらばだ、ファントムガール。人類の絶望とともに、死ね」
 
 ゴオオオオオオッッッッ!!!
 
 突風が渦巻く。
 それは悪魔たちには予想もしなかった出来事。なにが起きたか、理解できない青銅の魔人の前に、粘液まみれの黄色の少女が現れる。
 
 「なッッ?!! ユリア、なぜ貴様がッッ?!!」
 
 驚愕するメフェレスの、無防備な手首を武道少女は掴む。電流が走ったかと思うと、三日月に笑う悪の根源は、一回転して頭頂の角から地面に激突していた。
 
 「ぶげえええええええッッッ!!!」
 
 「ファントムガール、まだ・・・まだですッッ!! まだ終わっていませんッッ!! いま、助けますからッッ!!」
 
 「ユリア、後ろォォッッ――ッッ!!」
 
 言われずとも、達人レベルの少女は、背後から迫る醜悪な気配を感じ取っていた。
 
 「気砲ッッ!!!」
 
 8本の触手を踊らせて殺到したタコの魔獣を、気の力で吹き飛ばすユリア。関節はなくとも、気に対抗する手段を持たないクトルは、巨体に合わぬ軽々しさで宙を舞い、高層マンションのひとつに激突して瓦礫に埋まっていく。
 凄惨な陵辱に晒され、精神の崩壊寸前まで嬲られたユリアではあったが、そのエネルギーは尽きたわけではなかった。一瞬の逆転のチャンスを待ち、ファントムガールを救出するタイミングを見計らっていたのだ。
 
 「小鳥ちゃんッッ、生意気なことするんじゃないよッッ!!」
 
 豹の敏捷性を持ったマヴェルが、一気に距離を縮めて黄色の天使を襲う。頭に血が昇った悪女は、作戦ミスを犯していた。
 
 「想気流柔術奥義・・・・・・・・青嵐ッッ!!」
 
 至近距離での格闘なら、いかに凶悪な爪をマヴェルが持とうと、天才柔術家・ユリアの敵ではない。
 飛びかかった豹柄の肉体が、そのまま空中でユリアに回される。曲芸師がお手玉をしているかのような、鮮やかな手捌き。空中で前宙返りをイヤというほどされ、充分に加速をつけた豹の頭を、そのままスレンダーな少女はコンクリートの大地に叩きつける。
 
 「ぶぎゃあああああッッッ!!!」
 
 アスファルトの破片が舞う。脳を揺らす衝撃に、牙の揃った豹の口から、涎と血が吐き出される。
 デスマスクをつけた黒衣の魔女が、懐から新たな人形を取り出す。黄色の模様が入った、細身の人形。
 その作業をしようとするには、遅かった。
 
 「スペシウム光線!!」
 
 十字に組んだ、ユリアの腕。白光が迸り、聖なる光線が黄色の人形を爆発させる。
 
 「・・・・・・!!」
 
 光線の威力で、魔女が手にしていたもうひとつの人形が、弾き飛ばされる。空に投げ出される、紫模様の人形。続けざまに放った白い光線は、呪いの人形を、光の力で消滅させる。
 
 十字架に架けられていた美しき戦士の肢体が、拘束を失って、前のめりに崩れる。
 
 「ファントムガール!!」
 
 戒めの解かれた仲間の元へ、黄色の聖少女が駆け寄る。

 ドボオオオオオオオオッッッッ!!!!
 
 「・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・」
 
 「小娘がッッ!! ・・・・・・・調子に乗りやがって・・・」
 
 細身の胴の中央。そこに生えた、太く長い刀身を、ユリアは哀しげな瞳で見つめた。
 次の瞬間、大量の血が噴火する。
 悪鬼メフェレスの魔剣は、華奢な少女戦士の肉体を中央で刺し貫いていた。
 
 「吸いとってやろう、その血を!!」
 
 ゴキュル・・・ゴキュル・・・ゴキュル・・・
 青銅の魔剣が残酷な音を立てる。ユリアの聖なる血が、悪魔の刀に吸われているのだ。
 
 「ア・・・アア・・・アアア・・・・・・・・ア・・・ア・・・ア・・・・・・」
 
 夢遊病者のように、虚空を睨んだ哀れな少女が、喘ぎをもらす。
 
 「クソがあッッッ!! マヴェルを傷付けて、無事で済むと思うなよッッ!!」
 
 這いつくばっていた魔豹が、憤怒に燃えて蘇生する。
 凶悪な青い爪が光るや、刀に貫かれ動けぬ黄色の少女を、メチャクチャに切り刻む。
 
 グサッブシュッビリイッッザクザクザクッバシュウッッビリビリビリッッ・・・
 
 ユリアの身体の前面が、緋色に染まっていく。朱色が二本、ユリアの可愛らしい唇の端を垂れる。
 
 「マリー、やれ」
 
 片手で魔剣を振るう魔人。その勢いで、高々と血と粘液にまみれた少女戦士の身体が放り出される。
 
 己の魔術を邪魔された黒魔術師は、苛立ちを覚えていた。
 呪文を詠唱する。黒い靄がたちこめるや、みるみるうちにそれは巨大な手になった。
 落下するユリアの肉体を、悪魔の巨大なふたつの手が、握り締める。
 両腕と首だけを外に出し、華奢な肢体を自分の身体以上の大きさの両手に掴まれたユリア。
 マリーが念を込める。
 ユリアを掴んだ悪魔の手が、無遠慮にその中身を握り潰す。
 
 ベキベキベキイイッッッ!!! ブチイッ、グチャアッ、ブシャアアッッ!!
 
 「うぎゃあああああああああッッッ―――――ッッッ!!!!!」
 
 聞くに耐えない、破壊音と絶叫。
 それでも圧搾し続ける巨大な手から、ボトボトとユリアの血が零れ落ちていく。
 
 「ユリアッッ――ッッ!!! ユリアッッ、ユリアッッ―――ッッッ!!!」
 
 仲間を襲うあまりの仕打ちに、ファントムガールは咆哮する。
 しかし、長い拷問を受けた肉体は、ブルブルと震えるばかりで動いてくれない。
 
 ゆっくりと悪魔の両手が開いていく。
 中には、胸から下を血で染め、優雅な曲線を崩した、武道少女の肉体。
 もう、充分にユリアは仕打ちを受けた。誰もがそう思う。しかし、魔術に魅入られた、魔女だけはそう思わなかった。
 巨大な両手で包み込み、ふたつの親指を、胸の丘陵につける。
 壮絶な激痛にピクピクと悶絶する黄色の少女の、幼い胸を、グウリグウリとこね回しながら、強烈に押し潰していく。
 
 ベキッ、バキバキバキバキッッ!!! ゴキイッ、ボキボキッッ!!
 
 「いやあああああああッッッ――――ッッッ!!!! ぐああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 巨大な手から逃れようとするユリア。ムダだった。肋骨を粉砕され、内臓に叩きこまれていく拷問に、少女は血を撒き散らして泣き叫んだ。苦悶に救いを求める腕が天に差し向けられても、誰も助ける者などいない。
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