上 下
67 / 260
「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

6章

しおりを挟む

 気を失った西条ユリとともに、里美が五十嵐家に運び込まれてから、3日が経っていた。
 幸いというべきか、性的な攻撃が主だったため、ふたりの戦士の肉体ダメージはすぐに回復することができた。だが、惨めなまで逃げかえった記憶は、少なからぬショックをふたりの少女に与えていた。
 
 「残念だけど・・・とても勝てないわ・・・」
 
 イタリア製の木造ベッドの上、淡いブルーのパジャマ姿が似合う五十嵐里美は、沈痛な面持ちで、傍らの椅子に腰掛けた藤木七菜江に語りかける。
 休日の朝。
 正体を知られぬよう、無理を押して学校に行っていた里美にとって、久々にゆっくりと身体を休められる時。
 魔術師マリーに、いいところなく敗れ、目の前でユリアを処刑されかけた里美が、あの闘いについて、初めて語る。それまで語ろうとしなかった(七菜江もそれゆえ聞こうとしなかった)想いを、熟慮の末、話す決心をつけたようだった。
 
 「あの呪術人形がある限り・・・私はマリーに勝てない。そして、あのクトルというタコのキメラ・ミュータントは、関節がないため、ユリちゃんにとって、最悪の敵・・・。たとえ“許可”を得ていても、勝てる可能性は・・・」
 
 「そんな弱気になるなんて、里美さんらしくないよ! まだ、私がいるじゃん」
 
 「ナナちゃんも、勝てないわ」
 
 断言する口調に、さすがの元気娘も絶句する。
 
 「マリーは、血と髪と愛液があれば、呪術人形はできるといっていたわ。そして、それらは今までの闘いで集めていると」
 
 七菜江の記憶がフラッシュバックする。壮絶な闘いの記憶。血も愛液も・・・いやというほど垂れ流してきた。里美の分が採取されて、自分のは集められてはいないとは、どうしても思えないほどに。
 
 「あのマリーの前では、私もナナちゃんも、まさしくオモチャよ。メフェレスは・・・本気で私達を抹殺しにきているわ」
 
 重い沈黙が、豪華な調度品が飾られた部屋内を包む。
 ギリ・・・という艶やかな下唇を噛む音だけが、七菜江の口元から聞こえてくる。
 
 「あいつらを倒すには、闘う相手を交換するしかない。当然敵もわかっているだろうから、簡単にはいかないでしょうけど、マリーを倒せるのは、ユリちゃんしかいないもの」
 
 話を聞いていた七菜江に、天啓のようにひとつの考えが湧く。ある意味、都合のいい考えではあったが、この苦境を脱するには、効果的なものであることは確かだった。
 
 「新しい戦士なら、マリーに勝てるよ! 前に言ってたじゃないですか、心当たりがあるって! そのひとにお願いしましょうよ!」
 
 「・・・そのひとには、正式に断られちゃったの・・・」
 
 再び沈黙が、空気を支配する。
 七菜江の頭に射しこんだ光は、急速にその輝きを失っていった。
 
 「そう・・・ですか・・・」
 
 「どんなに厳しい状況でも、私達でなんとかするしかないわ」
 
 「・・・吼介先輩は、やっぱりダメなんですか?」
 
 以前確認したことを、再度聞いてしまう七菜江がいた。
 彼女が知る、最も強く、頼りがいがある男。たとえ、ミュータントになる危険性があるとはいえ、信じてみたい気持ちを、少女はどうしても捨てきれなかった。
 
 「ナナちゃんの気持ちは、よくわかるわ・・・でも・・・」
 
 七菜江以上に、工藤吼介を知る里美は、少し言葉をとぎらせた後、句を繋いだ。
 
 「恐いのよ、私。・・・もし、彼がミュータントになったらと思うと・・・」
 
 憂いを帯びた視線を、超のつく美少女は見せる。
 哀しげに揺れる瞳は、なぜ里美が吼介に『エデン』を寄生させないか、その真意を七菜江に教えた。
 確かに吼介のような圧倒的力の持ち主が、敵となるのは脅威だ。
 だが、それ以上に・・・
 吼介がミュータントとなったら、倒さねばならないのだ。里美が。七菜江が。
 里美が本当に恐れていることが、ようやく七菜江は理解できた。
 
 「あ、あの・・・先輩と里美さんが姉弟だっていうのは、本当なんですか?」
 
 心の奥深くにしまってある疑問を、七菜江は勇気を絞って聞いた。聞かねば、先に進めないことは、少女自身が理解していたから。
 
 「本当よ」
 
 視線を布団に落したまま、凛とした口調で里美ははっきりと応える。
 
 「恥ずかしい話だけど・・・吼介は、お父様が私の母親以外の女性に生ませた子供なの。その女性には、五十嵐の名を守るため、慰謝料を渡すことで身を引いてもらったわ」
 
 本来なら隠すべき秘事を、里美は語る。相手が、話すべき人間だと考えているからだった。
 
 「本当なら、それでこの話は永遠に秘密にされるはずだったのだけれど、幼馴染として暮らした私と吼介は、小学校を卒業するころには互いを好きになっていたの」
 
 ドキリッ!
 「好き」という単語が、七菜江の動揺を呼ぶ。
 
 「そのために、真実が私達に語られ、ふたりは幼馴染としての存在に戻ったのよ。吼介は気を使って、この屋敷に近寄らなくなったけどね。戸籍上はともかく、間違いなく、吼介は母親違いの私の弟よ」
 
 知らない間に、七菜江の頬は紅潮していた。
 語られる真実は、予想はしていてもやはり衝撃的だった。
 次々に湧く疑問を、少女はひとつ年上の先輩にぶつけていく。
 
 「それって・・・結婚とかできないんですか?」
 
 「法律のうえではどうなってるのか、わからないけれど、私達が血を分け合っているのは事実よ。誰がなんと言っても、私達が姉弟であるのは確かなの」
 
 「じゃあッ!・・・里美さんは、吼介先輩のこと、好きじゃないんですか?」
 
 「・・・・・・好きよ、今でも。そして、恐らく、彼も・・・」
 
 ズキンッ! ズキンッ!
 続けざまに、2度の痛みが胸を刺す。
 本音を受け入れる作業は、17の少女にとっては辛いことではあったが、七菜江を信じているからこその、里美の言葉を受け入れる義務があった。
 
 「けれども、それは間違った感情なのよ」
 
 「・・・・・・間違ったとか、私、よくわかんないよ・・・好きならそれでいいじゃないですか」
 
 ナナちゃんらしい台詞ね、里美は思う。一直線で、なにより感情を大事にする七菜江らしい発言だと。
 
 「そうかもしれないわね。・・・でも、彼はね」
 
 落していた視線を、真っ直ぐに七菜江に向ける里美。あまりの美しさに、圧倒されるのを堪えて、懸命に視線を合わせるショートカットの少女。
 
 「吼介はね、あなたのことを、本気で愛し始めている。私以外のひとを。私達の間にある呪縛を、ナナちゃんが解こうとしているの」
 
 離れなければならない運命のふたりを、ようやく七菜江があるべき姿にしようとしている。
 里美の言葉は、そのように受け取れた。
 それは、七菜江がただふたりの関係に利用されていると捉えることもできたのだが、少女はそうは取らなかった。
 
 「ありがとう、里美さん。言いにくいことを、きちんと話してくれて。でも、先輩を好きという気持ちを、無理に抑える必要はないですよ」
 
 ニコリと弾けんばかりの笑顔を、少女は見せた。美少女で鳴らす里美が、この表情の七菜江には敵わないと思う、あまりに魅力的な笑顔。
 
 「私、先輩のこと好きだから、この気持ちを思いっきりぶつけます。里美さんもそうしてください。それでダメなら、諦めつくもん」
 
 爽やかに言い放つ少女を前にして、里美は己を気恥ずかしく思う。このコの純粋さには、憧れちゃうな。年下の少女が眩しく映るのは、決して気のせいではあるまい。
 
 「だから、そんな譲るみたいなこと、言わないでください。私、譲られて愛されるより、フラれてもいいから愛していたい」
 
 「・・・そうね、ナナちゃんの言う通りね。今回は私の完敗みたい」
 
 「えへへ・・・これで思い残すことなく、闘えそうだよ」
 
 溜まっていたわだかまりを吐き出して、すっきりとした表情を少女は見せた。
 死を賭した闘いが迫る前にしては、一見そぐわない会話の内容。だが、これこそが、少女にとっては、今もっとも大切な話だったのだろう。
 なにしろ、地球の運命を握る少女たちは、まだ青春真っ只中の高校生なのだから。
 
 「ところで、ユリちゃんの方は・・・その、大丈夫なの?」
 
 おずおずといった様子で訊くのは、里美にしては珍しい。
 今回、より深いダメージを受けたのは、里美よりも西条ユリである。無論、それは肉体的なものではなく、精神的なものだ。トランスフォーム解除後、発見されたユリは、涎を垂れ流し、背を突っ張らせたまま痙攣し続けていた。
 
 その後、驚くほどの早さで立ち直り、いつも通りの内気な少女に戻ったユリは、平然と家に帰っていったが(ユリは今でも、正体を知らせていない両親と一緒に住んでいる)、里美は後遺症が心配だった。いくら、武道で鍛えているとはいえ、ユリはふたつも年下の、妹のような少女だ。この時期の2歳は、結構な差がある。
 
 「検査受けに来てたけど、いつも通りでしたよ。怪我も順調に回復してるみたいだし。だ~いジョウブですよォ、ユリちゃん、ああ見えてしっかりしてるもん」
 
 「そう、ならいいのだけれど」
 
 楽天的な猫顔の美少女を見ながら、秋の月のような美少女は、どこか胸につかえるものがあるのを感じていた。
 それが、なんであるかなど、この時わかるはずはなかったが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

花畑の中の腐卵臭

MEIRO
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ ドアの向こう側のお話です。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

催眠術師

廣瀬純一
大衆娯楽
ある男が催眠術にかかって性転換する話

処理中です...