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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~
7章
しおりを挟む「♪あ~~なたにあーえたそれだけで良かった、せーかいがーひかりーに満ちた・・・」
夏本番間近の、強い日差しが照りつける日曜の午後。
若者の街、と呼ばれる「谷宿」は、以前蜘蛛の化身と、ネズミの巨獣とに壊滅されたダメージから、見事に復興していた。ミュータントとファントムガールが闘う前の活況が、元通りに蘇っている。巨大生物の度重なる出現は、人類達の心を、多少タフにしたようだ。
ゲームセンターやカラオケ店がひしめく往来、雑居ビルの入り口にあたるコンクリートの階段に、男は腰掛けて、鼻歌を口ずさんでいた。巨大な体躯に合わぬ、なかなかの美声。男はそうして、1時間ばかりもずっとここにいる。隙間もないほど、覆い尽くした雑踏のなかで、その圧倒的な肉感は、少しばかり異彩を放っていた。
白のティーシャツに、デニムというラフな格好。大きめのシャツをわざと着ているのだが、それでも極厚な筋肉の量がわかる。腕まくりした袖から、バスケットボールのような上腕二頭筋が飛び出ている。野球帽の下から覗く顔は、日に焼けて精悍さを増していた。
その鎧のような肉体を見れば、こんな暑い日には会いたくない、と思われそうだが、その実やけに爽やかな印象がある。不思議な雰囲気を持つ男であった。
「さっきから、ずっと、おんなじトコ歌ってるね」
2mほど離れた場所で、10分くらい前から立っていた女子高生が、工藤吼介に話しかける。その存在に初めて気付いた吼介は、帽子の奥から視線を投げる。
「この歌、サビしか知らないからな」
「ねえ、ここで何してるの? ずっと動かないけどさァ」
近寄ってきた女子高生は、ミニスカートの中身を見られぬよう気遣いながら、内股で吼介の隣に腰掛ける。どうやら、機関車のような熱量を備えた男に、興味があるようだった。
七菜江と同じくらいの身長だな、と吼介は思う。
白の半袖シャツにチェック柄のクリーム色のスカート。金の刺繍が入った赤いネクタイが、よく似合っている。夏服なので単調なデザインだが、冬になれば、この上からスカートと同色のブレザーを着こみ、この地方ではよく知られた制服になるはずだった。
藤村女学園の生徒だな。
ファッションには疎い吼介でも、美少女の宝庫と位置付けられる高校の制服は知っていた。
決して偏差値は高くはないが、その分洗練されている彼女たちは、この地方では、文化祭人気ナンバーワンを誇る。たとえば、この谷宿でも主役というべき存在で、男にとっては一緒に連れていることが、ちょっとしたステータスにもなる。聖愛学院や白鳳女子とは、違った意味で羨望を集める学校であった。
藤村女学園の生徒にとっては、化粧やオシャレが学業といってもよい。彼女らの意識の大部分は、遊びとファッションと男で埋め尽くされる。素質は決して変わらないのに、彼女たちが美少女校として知れ渡っているのは、そのためだ。
だが、今、吼介の隣に座る少女の完成度は、明らかにレベルが違った。
薄く化粧をしているものの、そんなものが無用なのは、誰の目にもハッキリしている。100人が100人とも、「カワイイ」と言わざるを得ない美少女ぶり。いくら工藤吼介が最強を自認しようと、男である以上、これほどの美女に隣に寄られるのは、悪い気はしない。
そんな吼介の耳に、女子高生の正体が、何気に告げられる。
「おい、あれ、桜宮桃子じゃねえか?」
「ミス藤村のか?」
「間違いねえよ、オレ、文化祭でグランプリ取るの、見たもん」
悪気があるのか、ないのか、これみよがしに話すブカブカズボンの二人組の大声が、筋肉武者と制服姿の少女に届く。雪のように白い少女の肌は、耳たぶまで、瞬く間に真っ赤になった。
「へ~~、藤村のナンバーワン美少女か。どうりでカワイイと思ったぜ」
「カワイイ」という単語が、すんなり出てくる。
言われた少女は、やや困ったように笑っていた。長い睫毛の下で、星を散りばめた瞳が、恥ずかしげに大男を見る。容姿を誉められるのは一度や二度ではないはずなのに、少女・桜宮桃子は、一向に慣れない様子だった。なんと返答すればいいか、言葉が見つからずに、ただ照れている。
シミひとつない肌が、粉雪のように美しい。大きくつぶらな瞳だが、やや吊りあがった感じで、意志の強さを感じさせる力がある。長い睫毛に、整った眉。ツンと鼻は高く、厚めの唇は湖の表面に似て光っている。柔らかそうな唇と、その右下にある黒子とが、少女の年齢を忘れさせるまでに扇情的だ。明るい茶色の髪は、真ん中近くで分けられ、鎖骨にまで伸びている。歌舞伎役者の娘である、お嬢様タレントの髪型に似ていた。
どの部分も完璧だが、特に瞳と唇の美しさは抜きん出ていた。確実にカワイイのだが、どこかにエロティシズムも感じさせる。美貌と呼ぶに相応しい顔は、藤木七菜江と同い年の少女が持っているとは思えない。それは単なる化粧のせいなどでは、絶対になかった。
「美しい」といえば、里美かあるいは・・・あの妖艶な女教師だろうな。「可愛い」といえば、七菜江みたいなタイプだ。あとは西条の姉妹。この桃子ってコは・・・「綺麗」と呼ぶのがピッタリだ。
知らず、肉体派の男は、己の知る美女たちと、目前の少女とを比較していた。
「そんな照れるなよ。カワイイってのも、立派な才能だぜ? まして藤村の学園祭女王となれば、ちょっと自慢していいんじゃないか」
「あれは友達が勝手に応募して・・・いや、もういいの!」
「いいの」という言い方に、この話はここまでで終わらせる、という強い意志を、桃子は含ませた。キツイ言い方をしているわけではないのに、つい従わせてしまう、不思議な魔力のある口調だ。
「そんなことより、なんでここにずっといるのか、教えてよ。そんなデカイ図体だから、目立ってるよ」
吸いこまれそうな瞳で、吼介を射る。改めて、こりゃ、確かに美貌だ。吼介の心に感嘆の気持ちが芽生える。
「ん~~、ひとを探してんだ」
「そうなんだ。じゃあ、あたしと同じだ。彼女?」
谷宿で待ち合わせるのなら、一番可能性の高い相手を、桃子は口にする。見知らぬ男と話せるのが、やけに楽しそうだ。
「いや・・・そんないいものじゃないんだ」
ふたりの少女の顔が、岩の身体を持った男にちらつく。影を振り払うように、吼介は苦笑を浮かべた。
「じゃあ、友達?」
「えっとな、2mくらい背があって、ひょろ長くて、髪で顔が隠れてて、暗くて、陰湿で、殺気だってる奴なんだ」
「ええ~~?! なんか、やな感じじゃん」
「ちょっとそいつに借りがあるというか・・・大事なものに手を出されたケジメを、ね」
冷静に考えれば、吼介がやろうとしていることの危なさがわかりそうなものだが、ニッコリと屈託無く笑う顔に、桃子はころりと誤魔化された。
「へぇ~~、そうなんだ」
「そっちは? 彼氏待ちか?」
白い歯を見せて、桃子はまた頬を染めて笑う。返事はなくとも、その嬉しそうな表情だけで、答えは十分だった。
「ま、その顔で、いない方がオカシイわな」
「けど、えっと・・・・・・・」
「コースケ。工藤吼介」
「・・・吼介だって、彼女いないの、けっこう意外だよ。好きな人とかいないの?」
男は苦い顔をする。笑顔にまぶしながら。
遠い目をしながら、再び先程の歌を口ずさむ。
「♪愛されたいと願ってしまった、せーかいがー表情をかーえた・・・」
「・・・?? なにそれ? 誤魔化してるの?」
「ま、そういうことで。しかし、これほどの美人を射止めた男には、嫉妬するね。意外とカッコ悪かったりして」
「あは・・・いやあ~、どうかなぁ~~? 私はカッコイイと思ってるけど」
「フフン、言うね」
「けっこうハマってるんで♪」
どうやら、自分の幸せを、皆に分けたくて仕方ないらしい。
桃子が自分に声を掛けてきた理由と、少女の無邪気さを、同時に吼介は知る。好きなものをためらいなく好きといえることが、うらやましい。
「あ、でもねー、もうひとり、『谷宿の歌姫』にも会うんだぁ」
「『谷宿の歌姫』?」
初めて聞くフレーズに、思わず日焼けした男は反応する。
「あれ、知らない? メチャメチャ有名だよ?」
太い首を、男は横に振る。
この土地に出入りはしているが、元々浮ついた場所は好まない男だ。今時の高校生なら知っていて当然、という知識でも、知らないことなどザラであった。
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