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80、懇願
しおりを挟む「儂ら六道妖のッ・・・勝利じゃああああッ~~ッ!! 光属性のオメガスレイヤーをッ・・・オメガヴィーナスをついに乗り越えたのじゃッ!! 妖化屍にとっての最大の脅威は、もうこの世に存在せんわいッ!!」
地獄妖・骸頭の、歓喜に満ちた絶叫が響く。
正しく、歓喜だった。この地に国家が誕生しようか否かという時代から、一千年を遥かに越えて生き長らえてきた妖魔は、純粋に喜びに震えていた。
妖化屍を葬るために存在する、究極の破妖師=オメガスレイヤー。その頂点に君臨するオメガヴィーナスを、6体の妖魔はついに滅ぼしたのだ。
革命というべき、一大事件であった。
本来、勝つはずのない者が勝ってしまったのだ。じゃんけんで、グーがパーに勝つことなど有り得るだろうか? ポーカーで、ワンペアがロイヤルストレートフラッシュに勝つことが有り得るだろうか? 有り得なかった。いや、あってはならないことなのだ、そんなことは。
そのあってはならない事態が現実に起こってしまった。
だからこそ、六道妖の勝利は、革命的であった。太古から連綿と続く常識が、今、この瞬間に覆ろうとしている。
選び抜かれた妖化屍たちの結託と、科学とIT技術が進歩したことによる情報分析とが、最強のオメガヴィーナスに敗北をもたらした。妖魔を狩る者が、逆に狩られる惨劇を生んだ。
「ねえ、骸頭のオジサン。あまり喜びに浸ってる余裕はないみたいだよ」
おかっぱ頭の少年妖魔が、細い眼を教会の扉に向けながら言った。
コロコロと口の中で飴玉のように転がしているのは、オメガヴィーナスから抉り取った右目だ。天妖にとって光女神の眼球は、なにより美味なご褒美に違いなかった。
「むぅ!? なんのことじゃ、絶斗よ」
「すげー速さで、誰かこっちに向かってる。足音は、ふたり分だね」
「・・・他のオメガスレイヤーに間違いあるまい。少なくとも、同等の能力を誇る者だ」
天妖の言葉を、修羅妖である虎狼が補足した。
オメガスレイヤーの劣化版、ともいうべき妖化屍は、当然のように視力や聴力なども常人離れしたものを持っている。オメガ粒子の恩恵に多く預かった絶斗や、元々の身体能力が高い虎狼が、六道妖のなかでも飛び抜けているのもまた必然であった。
「他の、じゃとッ!? ならば地か風か雷かッ!?」
「そこまではわかんないって。ま、まだ遠いから、焦ることはないけどねー」
楽天的な絶斗の言葉を、皺だらけの老人は聞き流した。
目的の99%は達成しているとはいえ、六道妖が受けたダメージも決して小さくはない。今、新たなオメガスレイヤーと闘って、無事でいられる保証はなかった。最悪の場合、せっかく倒したオメガヴィーナス=四乃宮天音にトドメを刺す前に、奪還されてしまう恐れもある。
骸頭は気付いていた。オメガヴィーナスの心臓は、まだかすかに脈打っていることに。
確かに白銀の光女神は無惨に変わり果てていた。胸の焦げ跡のような『Ω』マークは消え失せ、天音の体内にオメガ粒子は残存していないことを報せている。『オメガヴィーナス』という存在が消滅したといっても、間違いではないのかもしれない。
しかし、四乃宮天音というひとりの女性の生命は、かろうじて繋ぎ止められている。
腹部や太ももを貫かれ、右の乳房も抉られている。くびれたウエストは残酷にも、ねじれがくっきり描かれるほどに捻じり回されていた。背中にも紫水晶の刃を受けて、流血が確認できる。常人なら致死を免れない破損を、天音が受けているのは事実だ。
それでも、瀕死に間違いなくても、天音はまだ生きている。
光属性のオメガ粒子は、完全に天音に『愛想を尽かした』わけではない証拠だった。『純血』も『純潔』も失った美乙女だが、どこか、細胞レベルの奥深くで、オメガ粒子はまだ天音にしがみついているのだろう。
「・・・最後まで奪えなんだ、『純真』のせいか・・・」
『純血・純真・純潔』。それが、オメガ粒子に愛されるための、3つの要素と言われていた。
『征門二十七家』の血統が『純血』。文字通り、貞操を守ることが『純潔』。そして『純真』とは正しきことを正しいと認識する、まっさらで美しい精神。
もし、天音が拷問に屈し、心から六道妖の軍門に下っていれば、とっくにその命脈は絶たれていたはずだった。
「ウプ。ゲヒヒヒ・・・・・・構うことないぜぇ~、骸頭ぅ~~・・・ここまで弱ったら、殺すのは簡単さぁ~・・・強情な天音ちゃんを屈服させるなんて、面倒なことしなくてもいいぜぇ~~・・・」
緑に光る巨大十字架の下から、餓鬼妖・呪露によってオメガヴィーナスの肢体は引き出された。
〝流塵”の妖化屍は、2mを越える小山のような本来の姿に戻っていた。血の色でまだらに染まったプラチナブロンドの髪を鷲掴み、天音の肢体を片手で吊り上げる。
鼻からも、口からも、耳からも、そして空洞になった右眼からも・・・白い粘液がドロリと溢れ出ている。可憐さと美麗さ、両方を伴った比類なき美乙女は、汗と涙と鼻水と涎、そしてザーメンの汚濁とで、ロウでコーティングされたかのように濡れ光っていた。
残った左の瞳を開けたまま、天音の美貌は固まっていた。もはやなにも見えていないようだ。厚めの桜色の唇が、わずかに開いている。閉じる力さえ、残ってはいないのだろう。
ぐったりと垂れさがった、スレンダーなボディ。輝くような白銀のスーツは、天音自身の血で紅く染め上げられていた。背中のケープの大部分を失い、黄金の『Ω』の紋章も破り取られた今、スーパーヒロインらしさはほとんど損なわれている。
素肌を直接さらしたバストには、火傷痕のような『Ω』の模様はすでに見えなくなっていた。ただ、金色のロザリオが、谷間に揺れているのみだ。
「今のコイツは・・・そこらの女と変わらない脆さだぁ・・・バラバラにして、殺そうぜぇ~~っ・・・・・・いくらしぶとい天音ちゃんでもぉ、さすがにお陀仏だろぉ~~・・・ゲヒヒヒッ!!」
無慈悲な呪露の台詞を耳元で囁かれても、虚ろな天音の瞳に変化はなかった。
ピッタリと密着したボディスーツとフレアミニを身に着けただけの、かよわき24歳の乙女。それが現在の、オメガヴィーナスの正体だった。瀕死の光女神に、もはや六道妖に抗う力などあるわけもない。
「やめええ”え”エ”ッ――ッ!! おねがい”い”イ”ィ”ッ――ッ、もうやめてえ”え”エ”ェ”ッ~~ッ!! 助けてえ”ェ”ッ、もうオメガヴィーナスの負けよォ”ッ――ッ!! お願いィ”ッ、お願いだから命だけはぁ”ッ・・・命だけは助けてェ”ッ!!! 殺さないでえ”ェ”ッ――ッ、お願いィ”ッ――ッ!!!」
もの言わぬ天音に代わって、その眼の前で天井から吊られた、郁美が懇願する。涙を振り乱して、泣き叫ぶ。
オメガヴィーナスから奪った青のケープと金色の紋章は、なんの力も持たない妹に取り付けられていた。スーパーヒロインとしての象徴を得たニセの光女神が、本物のために命乞いをする・・・。姿だけがオメガヴィーナスに近くなっても、郁美にはなにも出来ないのだ。
無力な女子大生は、姉を救うためならなんでもするつもりだった。
「もう、歯向かいません”ッ――ッ!! お姉ちゃんはッ、天音はッ、もうなにもできないッ!! あなたたちと闘うなんて、できるわけないッ!! お願いですから許してください”ィ”ッ――ッ!!! オメガヴィーナスは負けたんですぅ”ッ――ッ!!! 二度と歯向かいませんから、命だけはッ・・・!! 命だけは助けてッ・・・・・・!!」
「ふ、フフフッ・・・!! 生意気な小娘が、随分殊勝な言葉だことッ・・・」
郁美の身体を背後から支えている縛姫が、喜悦を隠しもせずに唇を吊り上げる。
オレンジ色の髪で縛り上げた郁美は、手を離せば、その瞬間から絞首刑の状態にすることができた。完全に宙吊りとなるため、虜囚の女子大生は首に巻き付いた髪に己の全体重を預けることとなるのだ。
人質の意味がなくなるため、敢えて縛姫は郁美が死なないようにしていた。
「私にとってはッ・・・お姉ちゃんは、たったひとりの肉親なのッ!! オメガヴィーナスである前に、大好きなお姉ちゃんなのッ!! お願いッ、お願いですッ!! 私から・・・もう家族を奪わないでッ・・・!!」
「憎ッたらしい小娘のくせに・・・可愛らしいところもあるじゃないか! でもねぇ、お前がそんな心配をすることはないよ、四乃宮郁美。この無情な世の中に、お前をたったひとり残すなんて、しやしない」
縛姫の口調に、郁美のあらゆる細胞は戦慄した。
聞き取ってしまった。縛姫の言葉の裏側にある・・・悪意に。
天音と郁美。四乃宮家の姉妹に対する、猛烈なまでの、〝妄執”の憎悪に。
「オメガヴィーナスは終わったんだ・・・お前を生かす必要は、もうないからねぇ・・・ッ!! 骸頭との約束通り、お前は私の手で殺してやるよッ、オメガヴィーナスの妹ッ!! 死ね、郁美ッ!!」
郁美を支えた両手を、哄笑する女妖魔が離す。
ドオオオオオッッ・・・――ッ!!!
その瞬間、落下の音色はやけに大きく、暗い教会に響き渡った。
両腕ごと胴をオレンジ髪でぐるぐると巻かれた女子大生は、抵抗不能な状態で首吊り刑に処せられた。
細く、白い咽喉に、縄のように束ねられた髪が食い込む。気道と脛骨を圧迫していく。
「ぐうう”う”ぅ”ッ――ッ!!! うぐぅ”ッ・・・!! ぐッ、ぶぅ”ッ・・・!!!」
「ホホホホッ!! 五月蠅い小娘がようやく静かになったわァッ・・・!! ただの人間であるお前は、あと数分も生きられないわねェッ!! 姉妹揃って仲良く天国に旅立つといいわァッ~~ッ!!」
首の骨が、メキメキと音を立てる。脳に運ばれる血流が、途絶えていく。
窒息の苦しみに、青のケープを背負った乙女は悶絶した。絞首刑による心肺停止は、早くて1~2分。完全な窒息死は長くて10分と言われている。そのわずかな時間が、郁美に残された命の刻限となる。
(・・・・・・い・・・く・・・・・・み・・・・・・っ・・・! ・・・・・・い、く・・・・・・)
「グププっ、ゲヒヒヒヒィっ~~!! ・・・ほぉら、天音ちゃ~~ん・・・今度はお前の番だよぉ~~・・・!! 全身引き裂いて・・・殺してあげるねぇ~~っ!!」
片手で持ち上げたオメガヴィーナスの肢体を、呪露はゴミのように投げ捨てた。
前のめりに、倒れていく。
血も、貞操も、勝利も、ヒロインの象徴も、全て失った光の女神が、ゆっくりと傾き、床に迫っていく。
首を吊られた、妹の目の前で。
今、命すらも失おうとしている天音が、ブザマに地に這おうとしている。
(・・・・・・っ・・・郁・・・ッ・・・・・・美・・・・・・ッ・・・!!)
最期の瞬間、天音の脳裏に蘇ったのは、4年半前の出来事だった。
山林地帯の奥深く。『征門二十七家』が集められた洋館。
そう、それは・・・四乃宮天音が、オメガヴィーナスに選ばれた夜の記憶だった。
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