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81、希望
しおりを挟む「四乃宮家の長女・天音。光属性のオメガストーンとの適合率は、基準設定値を越える・・・確かに報告書にはそのように記載してあるな。歴代のオメガスレイヤーと比べても、優秀な数値であるのは間違いない」
最上階の一室に呼び出された天音の前には、5人の男たちが豪奢なソファーに腰を下ろしていた。
いずれも老人と呼んで差し支えない年齢に見える。『水辺の者』の最高評議機関である『五大老』。ウワサに聞く彼らに、天音が直接まみえたのは、この時が初めてのことだった。
声を掛けてきた中央の男・・・やけに眼光鋭い、恰幅のいい老人が、オメガフェニックスである凛香の祖父、甲斐家の当主と知ったのは後の話だ。
「四乃宮の家を代表して私がオメガスレイヤーに推挙されることは・・・父母とも協議して決めたことです」
「だが、同じ報告書にはこのような記載もある。『次女・郁美の適合率は、長女の天音を上回る。66年前、現在の測定方法に変更して以来、過去最高の数値』、とな」
「郁美には、妖化屍のことも、『水辺の者』のことも、なにひとつ話していません。オメガスレイヤーの大役は、私が果たしてみせる覚悟です」
返る言葉はなく、5人の男たちの周囲に、不穏な空気が一様に漂う。
ツ・・・と天音の額を、冷たい汗が一筋流れた。
沈黙のさなか、互いの腹を探り合っているのが、この時まだ大学生だった乙女にもわかった。『五大老』の勢力争いは、永田町や戦国乱世の武将も真っ青だとは、よく聞かされた話だった。最強のオメガスレイヤーを選ぼうという今、それぞれに複雑な思惑が絡むのは、無理からぬことだろう。
「なにを勝手に決めているのかね? 家族会議で決めるような、呑気な話題ではないのだぞ。数値が高いのなら、当然妹をオメガスレイヤーにする。貴様らの勝手な判断など許さん」
やがてひとりの『五大老』が、吐き捨てるように言い放つ。
『二十七家』のひとつ、多賀家の総帥というこの男は、ソファーがきしむほどでっぷりと太っていた。禿げ上がった頭が、脂のせいでギラギラと光っている。
「郁美とかいう妹も、館に来ているんだろう? とっとと連れてこい。貴様らはなにも考えず、我らの言う通りに動いていればいいんだ」
「ですが郁美は半人前で、とてもオメガスレイヤーを成し遂げられるような性格ではありません」
天音は半分ウソをついた。未熟者であるのは確かなので、全てが偽りなわけでもない。
「勝ち気で負けず嫌いですが、感情に任せて突っ走ってしまう、危うい部分があります。目上の者に対して反抗的なところも、作戦遂行においてはマイナスに働く可能性が高いでしょう」
姉の自分を「天音」呼ばわりする妹を思い出し、天音は苦笑しかけた。
だが、今の過剰気味な逸話は、明らかに多賀という『五大老』の腰を引かせた。眉が曇り、いまにも舌打ちしそうな表情になっている。「目上に反抗的」というのが、よほどこの老人には気に入らないようだ。
「まーまー。いいんじゃねえの? おめえさんは、オメガスレイヤーになりたがってんだろう?」
ひとりだけ年若く見える黒髪の男が、能天気とも捉えられそうな声をあげた。
実際には他の『五大老』と変わらぬ世代であるこの老人が、聖司具馬の父に当たる人物であるとは、これも後に判明したことだ。
「はい。私が、オメガスレイヤーの重責を担うつもりです。いえ、担ってみせます」
「やる気があるのが一番だ。数値っつっても、妹とこのお嬢ちゃんとじゃ、そう変わらないんだろう? 甲斐のダンナ」
「・・・光属性のオメガスレイヤーは、他の者とは立場も存在意義も異なるぞ。その意味を、理解しているのであろうな」
真っ直ぐに見つめてくる鋭い眼光を、天音は正面から受け止めた。
妹の郁美は、郁美だけは、『水辺の者』と妖化屍との争いに巻き込まない。それが父母と長年話し合い、導いた結論だった。
オメガスレイヤーになるということは、人生の全てを妖化屍との命のやり取りに捧げるという意味である。それは逃げることのできない、憎しみと闘いの連鎖。
まして最強と言われる光属性のオメガスレイヤーともなれば、その存在自体が全ての妖化屍の畏怖と憎悪の対象だった。生きているだけで恐ろしく、恨めしい存在。同時に、何とかして殺せないか、渇望される存在。
姉妹のうちひとりは。せめてひとりは、幸せになってもいいのではないか。
それが天音の両親が抱いた、普通の家庭ならば、ごく些細な願いだった。
そしてふたりのうちひとりならば・・・姉の私が犠牲になる。
物心ついた時には、天音の胸には、悲愴な決意は完成していた。
「私は・・・・・・負けません」
静かに、しかしハッキリと。
『五大老』全員の胸に響き渡るように、天音は宣言した。
「私は、負けません。絶対に。必ず。光のオメガスレイヤーとしての務めを、果たしてみせます」
無理を通してオメガヴィーナスになった天音は、負けることなど許されなかった。
そして、天音が負けるということは。
即ち、郁美の出番が・・・・・・郁美がオメガスレイヤーになる日が、やってくるということ。
「・・・・・・・・・オメガ・・・ヴィーナス・・・・・・は・・・・・・ッ・・・・・・!!」
倒れゆく瀕死の光女神が、かすかに漏らしたつぶやき。
勝利と天音の死を確信している六道妖のなかに、その声を聞き取る者はいなかった。
「・・・・・・負け・・・・・・ないッ・・・・・・!!!」
オメガヴィーナスは、負けない。
負けるわけにはいかなかった。負ければ郁美が、闘いの渦に呑み込まれる。父と母に託された妹が、妖魔との前線に駆り出される。
どんな苛烈な目にあっても。諦めそうな境遇に陥っても。天音は自分に言い聞かせ、立ち上がり続けた。オメガヴィーナスは負けない、負けることは許されないのだと。
(ッ・・・・・・でも・・・ッ!! ・・・私、は・・・・・・負け・・・・・・た・・・ッ・・・!!)
自身の敗北を認めなければならない瞬間が、ついに天音の身に訪れた。
現実は、冷酷だった。死期が近いのは、誰よりも天音がわかっている。そしてなにより、守るべき郁美が、目の前で絞首刑にされて死を迎えんとしている。
オメガヴィーナスが六道妖に勝つのは、もう不可能だ。
郁美を妖化屍との闘いから遠ざける願いは、虚しく砕け散った。これが現実だった。両親と天音の祈りは通じず、必死な願いは叶わなかった。
ならば。
ならば、今の天音に、できることは。
(・・・郁ッ・・・美ィッ・・・!! ・・・せめ、て・・・ッ・・・あなた、だけ・・・は・・・ッ!! ・・・死なせ・・・ないッ・・・!!!)
あれほど与えたくはなかった、関わらせたくなどなかった、光属性のオメガ粒子。
だが、絞首刑の郁美を救うためには、オメガ粒子を託すしかなかった。天音をオメガヴィーナスたらしめていた、光属性のオメガ粒子を。
ダアァァッッンンンッ!!!
暗雲を切り裂くがごとき、雷鳴にも似た轟音。
その音色は教会の床で湧いていた。血と体液にまみれたオメガヴィーナスが、突っ伏すはずだった床。
信じられぬ光景を、〝百識”の骸頭は見た。
もはや動けぬはずだった天音が、左脚を踏み出している。倒れんとした我が身を、支えるために。
バカな。瞬時に思った。ズタボロのオメガヴィーナスが、自力で立てるはずなどないのに。
バカか。次の瞬間には思った。儂はなんと、学習能力のない愚か者かと。〝百識”などと聞いて呆れる。
四乃宮天音のバケモノじみた精神力は、これまでさんざん見せつけられてきたではないか。
「いッ!! くッ!! みィ”ィ”ぃ”ッ~~~ッ!!!」
吼えた。
鮮血に濡れた白銀の光女神が、獣のように咆哮した。
「ウアアアアアアア”ア”ア”ァァァ”ァ”ァ”ッ――――ッッ!!!! ア”ァ”ア”ァ”ア”ァ”ッ!!!!」
今更なにができる!?
己に言い聞かせる骸頭の眼に、全身の毛が逆立つような光景が映る。
オメガヴィーナスは、最後の力を振り絞って、右腕を突き出していた。宙吊りの、妹に向かって。
その、掌のなか。
首から提げられていた黄金のロザリオ・・・オメガ粒子を貯蔵するオメガストーンが、震える右手に確かに握られていた。
「なんッッ・・・じゃとオオオォォッ―――ッ!!?」
そこに残っていたのか、光属性のオメガ粒子。
天音の体内には、もはやオメガ粒子は残っていない。だからこそ、油断していた。安心していた。十字架型のアクセサリーに、常からオメガ粒子が内包されていることも忘れて。
なにをする気じゃ!? 訊かなくともわかる。金色のオメガストーンを、天音は郁美に投げつけようとしていた。
窒息死寸前の郁美を、助けるために。そして。
オメガヴィーナスの遺志を、妹に継ぐために。
「やァめェッるんッ・・・じゃああああアアアァッ~~~ッ!!!」
虚を突かれていた。
オメガ粒子を体内から消された乙女が、凌辱の限りを尽くされ、無惨に肉を抉られたのだ。まだ動けるなど、誰が予想しよう。生きているのが不思議なほどなのだ。
右腕を精一杯伸ばし、手の中のロザリオを天音は投げる。投げようとする。
それがオメガヴィーナスに・・・四乃宮天音にできる、最後の抵抗だった。
ザグゥゥンンンッッ!!!
乾いた切断の音色が響いて、赤い血が舞った。
「ッッ・・・・・・ア”・・・・・・ッ・・・・・・!!」
肩口から斬られた己の右腕を、霞む意識のなかで、天音は見詰めた。
ボトリと、ロザリオを握った右腕が床に落ちる。まぎれもなくそのしなやかな腕は、オメガヴィーナスの右腕に間違いなかった。
「残念だったな。オメガヴィーナス」
紫水晶の剣を握った〝無双”の虎狼が、感情のない声で呟いた。
紫に輝く刀身が、紅に濡れている。
ただひとり、天音の強さを骨身に知る武人は、油断することなく光女神の動向を見詰め続けていた。
「さらばだ。貴様の右腕は・・・このオレが貰っていく」
友への惜別にも似た声だと、思ったのは天音の勘違いだっただろうか。
右肩の断面から噴き出す血潮を、呆然と眺めながらオメガヴィーナスは立ち尽くした。
右眼も右腕も失った光女神は、もはや痛みすら感じていなかった。ただ、涙が溢れだす。残った左の瞳から、滂沱のごとく流れる雫。
全ての願いが叶わなかった事実を、天音は悟った。
オメガヴィーナスは完敗を喫したのだ。あらゆる希望は絶たれ・・・美しき破妖師は、六道妖の思うがままに破滅の刻を迎える。
「これでッ!! 今度こそッ!! ヌシの希望は跡形もなく消し去ったわァッ、オメガヴィーナスぅッ――ッ!!」
アンチ・オメガ・ウイルスの詰まったレーザーキャノンの砲口を、骸頭は床に転がった黄金のロザリオに向ける。
緑の閃光が放射され、十字架型のオメガストーンに浴びせられた。ジュウジュウと黒煙が立ち昇る。
煙が消えてからも、さらに骸頭は〝オーヴ”の光線を照射続けた。ロザリオからも、完全に光属性のオメガ粒子が消滅するまで。
郁美に託すはずのオメガ粒子は、天音の体内からも、オメガストーンからも、滅菌されてしまった。
もう妹を、光属性の、最強のオメガスレイヤーにすることなどできない。己が最後の光女神になったことを、天音は悟った。
「ぶぐッ!! ごぶう”う”ぅ”ッ・・・!! ンア”ッ、ア”ッ・・・!!!」
窒息の苦痛に、白い泡を吹きながら、ビグビグと痙攣する絞首刑の女子大生。
悶絶する郁美を、助ける力は天音にはなかった。
互いの死を見届ける・・・ふたりにとってもっとも残酷な仕打ちのなか、美しき姉妹に最期の瞬間が迫る。
「殺せッ!! 殺せッ!! 殺すんじゃあああッ――ッ!!! このバケモノをッ・・・オメガヴィーナスを、二度と動けぬようバラバラにしてしまえィッ!!」
怒号とも、咆哮ともつかぬ狂乱の叫びが、教会全体をグラグラと揺り動かした。
〝骸憑”の啄喰が、第一に殺到した。巨大な黄色の嘴で、正面から光女神の左の太ももを突き刺す。
すでに普通の人間と変わらぬ脆さになっている天音の肉体は、容易く鳥獣の刺突に貫かれた。青のフレアミニから生えた左脚に、拳ほどの穴が貫通する。
左の腕には、天井から縛姫のオレンジ髪が巻き付いていく。
同時に右脚、すでに開けられている穴には、泥の塊が流れ込む。〝流塵”の呪露の仕業だった。大量の灰色のヘドロが、オメガヴィーナスの右脚をコンクリで固めたようにガッチリと包む。
「ゲギョッ!! グギョロロロッ!! ロロロォォッ――ッ!!!」
「ホホホホッ!! やっとこの潰れた顔の恨みを晴らせるわッ!! 姉妹揃って息絶えるがいいッ!!」
「ゲヒヒヒィッ――ッ!! ・・・オメガヴィーナスぅ~~っ・・・!! いい声で鳴いてくれよぉ~~・・・女神さまの八つ裂き刑だぜぇ~~っ・・・!!」
縛姫が左腕を上方に。呪露と啄喰が、左右の脚を下に向かって。
タイミングを合わせ、一斉に力が込められる。脆くなったオメガヴィーナスの腕と脚とを、強烈に引き伸ばす。
「ウアア”ア”ッ・・・!!! ガアア”ッ!! ハァ”ウ”ッ!!? ・・・ウア”ア”アアアア”ア”ア”ッ~~~ッ!!!」
ブジイ”ッ!!! ブチブチブチィ”ッ!! ビリイィ”ィ”ッ―――ッ!!!
天音の左腕は、肩の関節ごと引き抜かれ、左右の脚は貫かれた太もも部分から、肉を引き裂かれて千切り取られた。
四肢を失ったオメガヴィーナスの胴体が、ゴトンッ、と床に落下する。
ブシュブシュと鮮血の飛沫を撒き散らして、両手足のない光女神が、教会の床を転がる。美貌と抜群のスタイルを持つスーパーヒロインが、陸に揚げられた魚のようにバタバタと跳ね踊る。
「あーっはっはっはっ!! ダルマみたいになっちゃったね、カワイイお姉ちゃんっ!! 今の姿が一番キレイだよっ!!」
白目を剥き、ブクブクと泡と涎を垂れ流し、痙攣し続けるオメガヴィーナス。
ドクドクと、切断された四肢の断面から血を流す天音の胴体を、〝覇王”絶斗は幼子を「たかいたかい」するように両手で持ち上げた。
「ハア”ァ”ッ・・・!! グゥ”ッ・・・!! ェ”ア”ッ・・・ア”ァ”ッ・・・!!」
「さ、あとはボクと骸頭のオジサンとで・・・トドメを刺すだけだね。さようなら、オメガヴィーナスのお姉ちゃん」
少年妖魔の口腔内で、コロリと天音の眼球が音をたてた。
虎狼から紫水晶の剣を譲り受けた骸頭が、ゆっくりとオメガヴィーナスの背後から近付いていく。
薄れゆく意識のなかで、郁美の網膜に、天音の最期の瞬間が焼き付かれようとしていた。
もはや、奇跡でも起こらない限り、オメガヴィーナスの死は避けられそうになかった。
奇跡でも起こらない限り―――。
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