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4、妖化屍(アヤカシ)
しおりを挟む四乃宮郁美にとっては、夢のような光景が続いていた。
あまりにも現実離れした、有り得ない出来事が起こりすぎている。断続的に。昨日からずっと。
この長い夢は、ファンタジーにも似たものと、悪夢とが混ざり合っているが。
「光の女神が誕生した、という情報は正確だったようじゃのう・・・実に由々しき事態じゃわい」
皺だらけの老人が、元より耳まで裂けていた口をさらに吊り上げる。
「我らアヤカシにとっては、種族滅亡の危機よなあ」
「・・・あなたたちは、生きていてはならない存在よ。私は、あるべき姿に戻すだけ」
「ヒョッヒョッヒョ・・・正義ヅラ晒して、いとも容易く我らの尊厳を踏みにじってくれるわい。どいつもこいつも・・・破妖師どもは、何百年経ってもいけすかぬのう」
怪老と、オメガヴィーナスと名乗った姉との会話を、見惚れながらも郁美は聞いていた。
変身――まさに、変身というべきだろう。
白銀と紺青のスーツに身を包んだ天音は、もはや郁美の知る姉とは別人に思えた。もともと天音が視線を吸い寄せられるほどの美女であるのは確かだが・・・プラチナブロンドの髪をなびかせる女神は、存在全体が一段上のステージにいる。次元が違うのだ。
外見のみでなく、中身もまるで変ったと、確信できる変身。
四乃宮天音になにが起きたのか? ・・・妹にはターニングポイントとなった瞬間が、すぐに思い当った。
昨夜。巨大な洋館。唐突に増えた親戚縁者。一か所に集められた、同じ年頃の娘たち。
あの夜の最後、なぜ天音ひとりだけが別室に連れていかれたのか・・・
「オメガヴィーナス・・・これが、天音の身に起こったことなのね・・・」
立ちすくむクリーム色のブレザーを、父はそっと背後から抱き締めた。
「我ら四乃宮家の、血の宿命なのだよ。昨日から今日にかけて屋敷に集められた者たちは、みな、同じ宿業を背負っているんだ」
「天音は、選ばれたのね。あのなかから」
「そうだ。君のお姉さんは・・・闘うこと、そして守ることを決意したんだよ」
「コイツら・・・このバケモノたちが、襲ってくるから?」
「妖化屍と書いて、アヤカシという。古来より闇に生息する妖魔のことだ。ボクたち四乃宮家は、彼らを退治する破妖師・・・エビルスレイヤーの一族なんだ。そのなかでも特に力の秀でた戦士のことを、いつの頃からか、あの胸のマークからこう呼ぶようになった」
父親の指が、美女神の胸中央にある「Ω」マークを指差した。
「オメガスレイヤー。究極の戦士、と」
「長生きが自慢の儂にしたところで、オメガスレイヤーに出会うのは300年ぶりじゃわい」
背の丸まった怪老は、喋りながら少しづつ下がっていく。
「あの時は、命からがら逃げおおせたがのう。以来、儂は固く決意したのじゃ。破妖師ども、特にオメガスレイヤーは、なんとしても根絶やしにせねばなるまい、と。でなくば、儂らに安息の日々は訪れぬからなあ」
「人々の命を貪るあなたたちが、安息だなんて笑わせるわ!」
凛と鋭い視線で、オメガヴィーナスは妖化屍の老人を射抜いた。
「妖化屍の本質が、無差別にひとを葬ることにあるのは知っているわ。許せない。許されないわ、そんなことは。あなたたちが眼の前に現れたことを・・・私は今、すごく感謝している」
「ヒョホホホ・・・超人的な力を得たからというて、あまり調子に乗らぬがよいぞお、小娘」
怪老の口調に凄みが滲んでも、白銀と青の女神は、腰に手を当てた強気な姿勢を崩さなかった。
「300年前に体感した究極戦士の力は確かにおぞましくさえあったが・・・四乃宮天音という小娘自体は、戦闘の経験などあるまい!? まして、殺し合いなどはのう!」
それまで地に伏していた襲撃者たちが、ムクリと起き上がる。
地中から飛び出した、妖化屍の配下ども。痩せ細り、土気色した集団は、総勢50体はいた。
変身した際、弾き返した銃弾に貫かれた者まで、何事もなく動いている。
なかには、額や胸に穴が開いている者さえいた。
「なッ・・・なんでこのひとたちッ・・・生きてるの!?」
叫ぶ郁美とは異なり、残る3人の家族は騒ぐことはなかった。
想定済みなのだ。人の形をしたモノが、脳や心臓を壊されても平気で動くことなど。
「も、もしかして妖魔・・・アヤカシっていうのはッ・・・不死身なワケッ!?」
「こいつらは妖化屍ではないよ。妖化屍とは、知性と自我を持つ妖魔のこと。この場では、あの不気味な老人だけだ。自我もなく、ただ本能に従って動くだけの死者を、ボクたちはケガレと呼んでいる」
「死者ッ!? って・・・じゃあまさかッ!」
「そう、彼らはリビングデッド。いわゆるゾンビだ」
遠巻きにオメガヴィーナスを囲んでいた〝ケガレ”・・・ゾンビの群れが、怪老の合図で一斉に襲い掛かる。
その手には相変わらずマシンガンなどの銃火器、あるいはサバイバルナイフやダガーなど、あらゆる兇器が握られていた。
「みんな・・・そこを動かないでね」
両親と女子高生の妹に、オメガヴィーナスは背中越しに念押しした。
次の瞬間、白銀と紺青の煌めきだけを残して、一陣の風が吹き抜ける。
ビュゴオオオオッ!!
死者の群れの中央に、光の女神は突っ込んでいた。
速い。速すぎる。
静止画像に、10倍速の早送りが紛れ込むがごとし。オメガヴィーナスが動いている、ということはわかっても、あまりのスピードに蘇った死者の群れは反応することさえできない。
銀と青の光の帯が、縦横無尽にケガレの隙間を駆け巡った。
「ヌオオッ!?」
距離を置き、ひとり安全に見物しようとした怪老の前に、腰に手を当てた姿勢のままで美女神は出現した。
そぼ降る雨さえ、ブロンドの髪に触れる前に、輝きで蒸発しているようだ。
「あなたたちは、私の前では無力よ。調子に乗らない方が身のためだわ」
「ッ・・・こりゃあ300年前より強烈じゃて。さすがは光の属性・・・最強のオメガスレイヤーというところかのう」
ボンッ!! ボッ! ボボンッ!!
群れのなかで、何体ものゾンビの頭部が、乾いた土器のように砕け散る。
襲撃するケガレの隙間を走り抜けながら、オメガヴィーナスの拳は攻撃も繰り出していたのだ。
「ケガレどもの肉体も、生きている頃の3倍から5倍は強化されているはずじゃがな・・・」
「話に聞いたわ。妖化屍は、手に掛けた人々をケガレとして己の配下にする、と。あなたはこんなにも多くのひとの命を・・・奪ったのね!」
「ヒヒッ、イヒヒッ・・・冗談ではないわ。この程度は、我がしもべの10分の1にも過ぎんよ」
「ッッ!! ・・・あなたというひとは!」
「ガイズ、じゃ。〝百識”の骸頭、と呼ばれておる。仮にも人生では、儂はヌシの何十倍も先輩じゃぞ。名前くらい覚えたらどうかね?」
皺だらけの老人が、落ち窪んだ眼と裂けた口とを緩ませる。
切迫した父親の叫びが、遥か後方より轟いた。
「危ないッ、天音!!」
ドドドドッ!!
白銀に輝くスーツの背中に、5体のゾンビが殺到していた。その手に炭素鋼のナイフを持って。
鋭いエッジを突き立てたうちの3体は、先の光女神のパンチで、首から上が消滅していた。
「キヒヒヒッ! 油断したのう、オメガヴィーナス!」
「そいつらは・・・ケガレは、脳を破壊しただけでは完全には倒せない! 映画のゾンビとは違うんだ、脳を失うことで鈍くはなるが、肉体がある限り動き続けるぞ!」
「日本刀並の硬度と切れ味を誇る刃じゃ。不意を突かれて5本も背を刺されれば、さしもの究極戦士も・・・」
怪老・骸頭の言葉が途切れる。
両手を腰に添えたままのオメガヴィーナスは、顔色ひとつ変えることなく、皺だらけの顔を見下ろしていた。
「無駄よ。あなたたちの攻撃は、なにひとつ私には通用しないと言ったはずだわ」
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