パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
269 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 8 ③

しおりを挟む


「このあいだ、水城、うちのクラスに来てたんだけどさ」

 そういえば、と寮の部屋で話題を振ったのは、意外だったできごとが頭に残っていたからだった。
 毛嫌いしていたはずのアルファと、こんなふうに話せるようになったのだから、入学してからの三年で、自分も丸くなったなぁ、とも思う。

「なんか、すごい機嫌良さそうだった。教室でもあんな感じなの?」

 前、ちょっと苛々してるって言ってただろ、と問い重ねると、高藤が心持ち不思議そうに繰り返した。

「良かったんだ、機嫌」
「そう思ったけど……」

 応えながら、回想する。行人の目には、少なくともそう見えたのだが、教室での様子はやはり違うのだろうか。

「ちょっと前に、渡り廊下でばったり話しかけられたことあったんだけどさ。そのときは、四谷のこと完全無視で、四谷が気ぃ悪くしてたんだけど。教室に来たときは、『あ、四谷くん』って、にこにこ話しかけてたから」

 それはそれで、気持ちが悪いと四谷はものすごく嫌そうな顔をしていたけれど。とりあえず、態度が良かったことは事実である。

「それに、四谷だけじゃなくて、ほかのアルファじゃないやつにも。ほら、水城、……なんていうか、価値観の基準、アルファか、そうじゃないか、みたいなとこあるじゃん。それが誰にでも愛想良かったからさ」

 機嫌良かったって思うだろ、と行人は説明してみせた。

「あぁ、まぁ、それは、そうかもね」

 あけすけな水城評に、高藤は苦笑まじりに同意を示した。
 とはいえ、水城は、ベータにあからさまな態度を取っていたわけではない。ただ、完全にいないものとして扱っていたというだけだ。
 にこにこ笑ってはいるものの、自分からは決して喋りかけない。相手からも喋りかけさせない。
 それを徹底して、高嶺の花のような存在になっていた、というだけだけのこと。
 だから、ハルちゃんに話しかけられる気がしないというのが、ベータの生徒の常套句だったのだ。

「そういうわけで、けっこうみんなうれしそうでさ。そもそも、うちのクラスはアルファなんてほどんどいないし、水城が来ることなんて今までなかったんだけど」

 それが急にどうしたのだろうと不審に思いもした。それでも、このあいだの一件で良い方向に変わったのかもしれない、という淡い思いもあって、そちらに少しだけ期待していた。
 行人自身、自分の考え方は偏っている部分もあると知っているし、幼いところもあると理解している。けれど、成瀬や茅野、あるいは高藤と話す中で改めることもあったから。
 だから、あるいは、と思っていたのに。鈍い反応に、先ほどの問いを繰り返す。

「自分の教室じゃ、そんなことないの? おまえ、自分のクラスは水城が牛耳ってるみたいなこと言ってなかった?」
「いや、……牛耳ってるとまでは言ってないと思うんだけど。でも、まぁ、機嫌良かったんなら、よかったじゃん。その分だと、榛名も絡まれなかったんでしょ?」

 にこ、とほほえんだ顔の似非くささに、行人は思わずジト目になった。

「その顔、成瀬さんにそっくり」
「え」
「……嫌なら改めろよ」

 というか、似てるだのなんだのと言われること自体いまさらだろう。自分はあまり言ったことはなかったかもしれないが。
 そもそもとして、そこまで嫌がらなくてもいいのに、とも思うが、またなにか隠そうとしてるという非難も含んでいたので、そういう意味ではしかたなかったのかもしれない、とも思う。

「いや、その」

 妙に焦った調子で、高藤は言い繕った。

「ちょっと似たようなこと向原さんに言われたばっかりだったから」
「向原先輩に?」
「そう。生徒会室でちょっと。あの人の言うこと基本的に正論だから、耳が痛くて。まぁ、そう。本当、改めようかなとは思ってたんだけど」

 人間、そう簡単には変わらないってことだな、とひとりで納得したように苦笑してから、高藤はおもむろに切り出した。

「じゃあ、榛名は、なんで水城がベータに愛想よく接し始めたんだと思ったの? 機嫌が良かったから? なんか裏があるとか思わなかったんだ」
「裏っていうか、成瀬さんが言ったことで、思うところがあったんならよかったなって思ってたんだけど」
「あー……、なるほど。榛名って、そういうところ素直だよね」
「馬鹿にしてんのか、それは」

 高藤の顔に浮かんだ生ぬるい笑みに、声のトーンが下がる。言葉どおりのものではなく、視野が狭いという意味だと取らざるを得ない。悪かったな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。 するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。 だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。 過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。 ところが、ひょんなことから再会してしまう。 しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。 「今度は、もう離さないから」 「お願いだから、僕にもう近づかないで…」

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

処理中です...