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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 8 ④
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「違う、違う。ふつうに褒めてんの。そういうふうに思えるほうが平和でいいよなって」
「平和」
やっぱり馬鹿にされている気しかしない。憮然した行人に、高藤が「褒めてるんだって」と繰り返す。
「本当に? なんかすごい似非くさいんだけど」
「本当だって。なんというか、そうだったら良かったのに、とはちょっと思ったけど、それだけ」
「……ってことは、おまえはそうは思ってないってことだよな?」
「うん、そうだね」
あくまで俺は、だけどね、と前置いてから、高藤はこう説明してみせた。
「今まで天狗になりすぎてたって、気づいたんだと思うよ」
天狗に、と行人は問い直した。
「だから、ベータにも愛想を振り出したって?」
高藤の言うように、水城が変わっていないのだとしたら、アルファにだけちやほやとされていたら満足するのではないのだろうか。
「前に、楓寮のことちょっと話しただろ。好き放題できてたのはトップのアルファが許したからで、不満を持ってた特定層はいたと思うよって」
あれと似た話なんだけどね、と苦笑してから、高藤は話を続けた。
「アルファにちやほやされだけなら、ベータに愛想を振る必要はなかったと思うよ。でも、水城は、今、署名を集めてるだろ。集まってないわけじゃないけど、水城が思ったほどは集まってないみたいなんだよね。それで気づいたんじゃないかな。この学園の多数派はアルファじゃなくて、ベータだってことに」
「そう……だよな」
改めて考えたら、あたりまえのことだった。アルファは目立つ。だから、その意見も当然のように目立つ。印象の話だけならば多数派のように見える。でも、実際の比率は圧倒的にベータが多いのだ。
いくら、この学園がふつうの学校に比べてアルファが格段に多いと称されていても、それが事実だった。
学園のトップに立つつもりがあるのなら、票稼ぎをするのなら、ベータの存在を無視はできない。
「ベータも自分に味方してくれるって過信してた部分もあったのかもしれないけど。もしそうなんだとしたら、やりすぎたなと思うよ。俺はね。あそこまでオメガ性を盾にしたら、反発を抱くベータがいても不思議じゃない」
「……」
「だから、中立のベータを取り込もうと必死なんだよ。良くも悪くも、成瀬さんたちはそのあたりもうまく立ち回ってたからね」
あの人たちは、どちらかというとベータを優遇してたから、とも高藤は言った。
「だから、どっちかって言うと、権力志向のアルファから嫌がられてるんだよ、あの人たち。それでも今までうまく回ってたのは、あの人たちが同じアルファから見ても圧倒的だったってことと、本尾先輩が適当にガス抜きしてたからっていうだけ」
そういえば、随分と昔にも、高藤はそんなことを言っていたような気がする。あの対立構造は、ある種プロレスのようなものだから、と。
そんなことを思い出しながら、「そっか」とだけ行人は相槌を打った。高藤の言いようがあまりにも淡々としていて、それ以外になにを言えばいいのかわからなかったのだ。
「それで、……だから、か。物珍しさもあって、水城についたアルファの上級生はいたんだろうけど。生徒会への不満因子と合致したというか、でも、だからこその頭打ちだったんでしょ」
「……うん」
「信頼してもいない人の言葉ひとつで、人間が変わるなんてこと、あるわけないよ。榛名があの人の言葉に心を動かされるっていうなら、それは、榛名があの人のことを信じてるからだよ。それだけ」
それは、まぁ、そのとおりなのだろうと思った。行人は、成瀬のことを信用している。だから、第二の性に関することに言及されても、ひとつも腹は立たなかった。
そうして、高藤は、自分が思っていた以上に、水城のことを嫌っていたのかもしれない。
正直、そのことに少し驚いた。自分にしつこく付きまとってくる同級生に対して、困ると弱った顔をしているところを見たことはあっても、誰かを嫌いだと言っているところは、たぶん一度も見たことがなかったから。
けれど、そう思ったとしても、しかたがないのかもしれない、とも思う。
同じ教室にいるとストレスが溜まるとは春の初めから言っていたし、生徒会に所属していることでの軋轢もあっただろう。なにより――。
――成瀬さんも、大変そうだったしな。
高藤からしたら、十分すぎる理由だろう。そんなことを考えていると、ふいに高藤が口を開いた。
「だから、榛名には先に言っておくね」
「平和」
やっぱり馬鹿にされている気しかしない。憮然した行人に、高藤が「褒めてるんだって」と繰り返す。
「本当に? なんかすごい似非くさいんだけど」
「本当だって。なんというか、そうだったら良かったのに、とはちょっと思ったけど、それだけ」
「……ってことは、おまえはそうは思ってないってことだよな?」
「うん、そうだね」
あくまで俺は、だけどね、と前置いてから、高藤はこう説明してみせた。
「今まで天狗になりすぎてたって、気づいたんだと思うよ」
天狗に、と行人は問い直した。
「だから、ベータにも愛想を振り出したって?」
高藤の言うように、水城が変わっていないのだとしたら、アルファにだけちやほやとされていたら満足するのではないのだろうか。
「前に、楓寮のことちょっと話しただろ。好き放題できてたのはトップのアルファが許したからで、不満を持ってた特定層はいたと思うよって」
あれと似た話なんだけどね、と苦笑してから、高藤は話を続けた。
「アルファにちやほやされだけなら、ベータに愛想を振る必要はなかったと思うよ。でも、水城は、今、署名を集めてるだろ。集まってないわけじゃないけど、水城が思ったほどは集まってないみたいなんだよね。それで気づいたんじゃないかな。この学園の多数派はアルファじゃなくて、ベータだってことに」
「そう……だよな」
改めて考えたら、あたりまえのことだった。アルファは目立つ。だから、その意見も当然のように目立つ。印象の話だけならば多数派のように見える。でも、実際の比率は圧倒的にベータが多いのだ。
いくら、この学園がふつうの学校に比べてアルファが格段に多いと称されていても、それが事実だった。
学園のトップに立つつもりがあるのなら、票稼ぎをするのなら、ベータの存在を無視はできない。
「ベータも自分に味方してくれるって過信してた部分もあったのかもしれないけど。もしそうなんだとしたら、やりすぎたなと思うよ。俺はね。あそこまでオメガ性を盾にしたら、反発を抱くベータがいても不思議じゃない」
「……」
「だから、中立のベータを取り込もうと必死なんだよ。良くも悪くも、成瀬さんたちはそのあたりもうまく立ち回ってたからね」
あの人たちは、どちらかというとベータを優遇してたから、とも高藤は言った。
「だから、どっちかって言うと、権力志向のアルファから嫌がられてるんだよ、あの人たち。それでも今までうまく回ってたのは、あの人たちが同じアルファから見ても圧倒的だったってことと、本尾先輩が適当にガス抜きしてたからっていうだけ」
そういえば、随分と昔にも、高藤はそんなことを言っていたような気がする。あの対立構造は、ある種プロレスのようなものだから、と。
そんなことを思い出しながら、「そっか」とだけ行人は相槌を打った。高藤の言いようがあまりにも淡々としていて、それ以外になにを言えばいいのかわからなかったのだ。
「それで、……だから、か。物珍しさもあって、水城についたアルファの上級生はいたんだろうけど。生徒会への不満因子と合致したというか、でも、だからこその頭打ちだったんでしょ」
「……うん」
「信頼してもいない人の言葉ひとつで、人間が変わるなんてこと、あるわけないよ。榛名があの人の言葉に心を動かされるっていうなら、それは、榛名があの人のことを信じてるからだよ。それだけ」
それは、まぁ、そのとおりなのだろうと思った。行人は、成瀬のことを信用している。だから、第二の性に関することに言及されても、ひとつも腹は立たなかった。
そうして、高藤は、自分が思っていた以上に、水城のことを嫌っていたのかもしれない。
正直、そのことに少し驚いた。自分にしつこく付きまとってくる同級生に対して、困ると弱った顔をしているところを見たことはあっても、誰かを嫌いだと言っているところは、たぶん一度も見たことがなかったから。
けれど、そう思ったとしても、しかたがないのかもしれない、とも思う。
同じ教室にいるとストレスが溜まるとは春の初めから言っていたし、生徒会に所属していることでの軋轢もあっただろう。なにより――。
――成瀬さんも、大変そうだったしな。
高藤からしたら、十分すぎる理由だろう。そんなことを考えていると、ふいに高藤が口を開いた。
「だから、榛名には先に言っておくね」
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