パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
270 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 8 ④

しおりを挟む
「違う、違う。ふつうに褒めてんの。そういうふうに思えるほうが平和でいいよなって」
「平和」

 やっぱり馬鹿にされている気しかしない。憮然した行人に、高藤が「褒めてるんだって」と繰り返す。

「本当に? なんかすごい似非くさいんだけど」
「本当だって。なんというか、そうだったら良かったのに、とはちょっと思ったけど、それだけ」
「……ってことは、おまえはそうは思ってないってことだよな?」
「うん、そうだね」

 あくまで俺は、だけどね、と前置いてから、高藤はこう説明してみせた。

「今まで天狗になりすぎてたって、気づいたんだと思うよ」

 天狗に、と行人は問い直した。

「だから、ベータにも愛想を振り出したって?」

 高藤の言うように、水城が変わっていないのだとしたら、アルファにだけちやほやとされていたら満足するのではないのだろうか。

「前に、楓寮のことちょっと話しただろ。好き放題できてたのはトップのアルファが許したからで、不満を持ってた特定層はいたと思うよって」

 あれと似た話なんだけどね、と苦笑してから、高藤は話を続けた。

「アルファにちやほやされだけなら、ベータに愛想を振る必要はなかったと思うよ。でも、水城は、今、署名を集めてるだろ。集まってないわけじゃないけど、水城が思ったほどは集まってないみたいなんだよね。それで気づいたんじゃないかな。この学園の多数派はアルファじゃなくて、ベータだってことに」
「そう……だよな」

 改めて考えたら、あたりまえのことだった。アルファは目立つ。だから、その意見も当然のように目立つ。印象の話だけならば多数派のように見える。でも、実際の比率は圧倒的にベータが多いのだ。
 いくら、この学園がふつうの学校に比べてアルファが格段に多いと称されていても、それが事実だった。
 学園のトップに立つつもりがあるのなら、票稼ぎをするのなら、ベータの存在を無視はできない。

「ベータも自分に味方してくれるって過信してた部分もあったのかもしれないけど。もしそうなんだとしたら、やりすぎたなと思うよ。俺はね。あそこまでオメガ性を盾にしたら、反発を抱くベータがいても不思議じゃない」
「……」
「だから、中立のベータを取り込もうと必死なんだよ。良くも悪くも、成瀬さんたちはそのあたりもうまく立ち回ってたからね」

 あの人たちは、どちらかというとベータを優遇してたから、とも高藤は言った。

「だから、どっちかって言うと、権力志向のアルファから嫌がられてるんだよ、あの人たち。それでも今までうまく回ってたのは、あの人たちが同じアルファから見ても圧倒的だったってことと、本尾先輩が適当にガス抜きしてたからっていうだけ」

 そういえば、随分と昔にも、高藤はそんなことを言っていたような気がする。あの対立構造は、ある種プロレスのようなものだから、と。
 そんなことを思い出しながら、「そっか」とだけ行人は相槌を打った。高藤の言いようがあまりにも淡々としていて、それ以外になにを言えばいいのかわからなかったのだ。

「それで、……だから、か。物珍しさもあって、水城についたアルファの上級生はいたんだろうけど。生徒会への不満因子と合致したというか、でも、だからこその頭打ちだったんでしょ」
「……うん」
「信頼してもいない人の言葉ひとつで、人間が変わるなんてこと、あるわけないよ。榛名があの人の言葉に心を動かされるっていうなら、それは、榛名があの人のことを信じてるからだよ。それだけ」

 それは、まぁ、そのとおりなのだろうと思った。行人は、成瀬のことを信用している。だから、第二の性に関することに言及されても、ひとつも腹は立たなかった。
 そうして、高藤は、自分が思っていた以上に、水城のことを嫌っていたのかもしれない。
 正直、そのことに少し驚いた。自分にしつこく付きまとってくる同級生に対して、困ると弱った顔をしているところを見たことはあっても、誰かを嫌いだと言っているところは、たぶん一度も見たことがなかったから。
 けれど、そう思ったとしても、しかたがないのかもしれない、とも思う。
 同じ教室にいるとストレスが溜まるとは春の初めから言っていたし、生徒会に所属していることでの軋轢もあっただろう。なにより――。

 ――成瀬さんも、大変そうだったしな。

 高藤からしたら、十分すぎる理由だろう。そんなことを考えていると、ふいに高藤が口を開いた。

「だから、榛名には先に言っておくね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...