パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
202 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンド17 ④

しおりを挟む
「そうだったかな」

 覚えていない、わけがなかった。あのときだって、べつに、言いたかったわけではないのだろうとも思う。だから、言わせたのは、俺だ。

「そうだろ」

 どこか投げやりなほどあっさりと断定されて、苦笑いで反応を誤魔化す。静かに見下ろしてくる瞳は、昔から、自分よりよほど真摯だったことは知っている。こういった場面で、意味のない嘘を吐くような真似はしないということも。

「どうでもいいことだったからな、俺にとっては」

 ――そうなんだろうな、おまえは。

 そう思った。言葉にはしなかったけれど。ずっと昔、この男のそういった公平さを好ましく思っていたことを成瀬は覚えている。
 恵まれたアルファだからこそのものだったとしても、オメガでもアルファでも本当に関係がないと思っているらしいことはわかっていた。
 羨ましかった。

「おまえはそうは思えないんだろうけどな。どうだってよかったんだよ、本当に」

 どうでもよかった、と過去形で繰り返して、向原は話を切り上げた。こちらが答えるとは最初から思っていなかったのかもしれない。
 返事を待つことなく談話室を出て行く。その背中を見送って、成瀬はやるせない溜息を吐いた。

「そんなの、おまえだから言える台詞だろ」

 ひとりになった空間に零れ落ちたのは、さきほどは口にできなかった台詞だった。

 持っている人間は羨まない、蔑まない。オメガでもアルファでも、どうでもいいと本心で言うことができるのは、向原がアルファだからだ。
 好ましく思った感情も本当だ。けれど、さも当然とそういった思考を持つことができること自体を羨んでいたのも本当だ。自分との違いを、いつもいつも見せつけてくる。
 だから、アルファなんて、大嫌いだ。そう思わないと、生きていけなかった。だから嫌いだ。
 誰に言われなくても、わかっている。そんなふうに思うことばかりが増えて、自分で自分をがんじがらめにしているのだということも。

 ――でも、だから、もうぜんぶ過去形のままにしておいてくれたら、それでいいのに。

 生徒会室のある棟に向かいながら、成瀬はうんざりと頭を振った。もうずっとそう思っているつもりだ。だから、あの夜も「気にしなくていい」と言った。
 そうしてさえくれたら、とまで考えたところで、ふと思考が止まった。熱っぽさがまた上がったような気がしたのだ。変えた薬が合っていないのかもしれない。

 ――生徒会だけにしといたほうがいいかな。

 姿を見せないことであれやこれやと言われることも面倒だが、体調の悪さを勘づかれるほうが面倒だ。外面を取り繕うことには長けたつもりでいるけれど、長い付き合いになってしまった面々には通じないことがある。さきほどの茅野がいい例だ。余計な心配はされたくなかった。
 でも、まぁ、ちょうどいいか。少し考えを巡らせたあとで、そう成瀬は結論づけた。
 生徒会で忙しくしていることは事実だし、向原と仲違いを起こしていると思われていることも事実だ。そのあたりで適当に解釈される公算のほうがずっと高い。そういうものだ。
 この学園にいる大多数の人間にとって、自分はアルファなのだから。

 ――卒業するまで、そのつもりだったんだけどな。

 アルファとして、ここを卒業する。それが自分に課せられた最低限だったから。だから、――だから、こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。
 視界に入った姿に、足が止まる。無視をすればよかったのだと思い至ったのは、その姿が完全に消えてからだった。
 ぎこちなく足元に視線を落としても、覚えた違和感は拭えなかった。胸が熱い気がして、心臓に手をやる。自分では制御の利かないところで、心が騒めいているみたいだった。
 なんで、という疑問符だけが渦巻いていく。その答えを笑って示すかのような声が頭のなかで響きはじめていた。

 ――恋をしてはいけないよ。
 ――もし、きみが、きみの言うところのアルファで在り続けたいのならね。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか
BL
吉村時生、高校一年生。 ある日、自分の父親と親友の父親のキスシーンを見てしまい、平穏な日常が瓦解する。 「時生くん、君は本当はぼくと勇二さんの子供なんだ」 と、親友の父から衝撃の告白。 なんと、二人は魔法使いでカップルで、魔法で子供(俺)を作ったらしい。 母ちゃん同士もカップルで、親父と母ちゃんは偽装結婚だったとか。 「でさ、魔法で生まれた子供は、絶対に魔法使いになるんだよ」 と、のほほんと言う父親。しかも、魔法の存在を知ったが最後、魔法の修業が義務付けられるらしい。 でも、魔法学園つったって、俺は魔法なんて使えたことないわけで。 同じ境遇の親友のイノリと、時生は「全寮制魔法学園」に転校することとなる。 「まー、俺はぁ。トキちゃんと一緒ならなんでもいいかなぁ」 「そおかあ? お前ってマジ呑気だよなあ」 腹黒美形×強気平凡の幼馴染BLです♡ ※とても素敵な表紙は、小槻みしろさんに頂きました(*^^*)

さがしもの

猫谷 一禾
BL
策士な風紀副委員長✕意地っ張り親衛隊員 (山岡 央歌)✕(森 里葉) 〖この気持ちに気づくまで〗のスピンオフ作品です 読んでいなくても大丈夫です。 家庭の事情でお金持ちに引き取られることになった少年時代。今までの環境と異なり困惑する日々…… そんな中で出会った彼…… 切なさを目指して書きたいです。 予定ではR18要素は少ないです。

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

処理中です...