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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド17 ④
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「そうだったかな」
覚えていない、わけがなかった。あのときだって、べつに、言いたかったわけではないのだろうとも思う。だから、言わせたのは、俺だ。
「そうだろ」
どこか投げやりなほどあっさりと断定されて、苦笑いで反応を誤魔化す。静かに見下ろしてくる瞳は、昔から、自分よりよほど真摯だったことは知っている。こういった場面で、意味のない嘘を吐くような真似はしないということも。
「どうでもいいことだったからな、俺にとっては」
――そうなんだろうな、おまえは。
そう思った。言葉にはしなかったけれど。ずっと昔、この男のそういった公平さを好ましく思っていたことを成瀬は覚えている。
恵まれたアルファだからこそのものだったとしても、オメガでもアルファでも本当に関係がないと思っているらしいことはわかっていた。
羨ましかった。
「おまえはそうは思えないんだろうけどな。どうだってよかったんだよ、本当に」
どうでもよかった、と過去形で繰り返して、向原は話を切り上げた。こちらが答えるとは最初から思っていなかったのかもしれない。
返事を待つことなく談話室を出て行く。その背中を見送って、成瀬はやるせない溜息を吐いた。
「そんなの、おまえだから言える台詞だろ」
ひとりになった空間に零れ落ちたのは、さきほどは口にできなかった台詞だった。
持っている人間は羨まない、蔑まない。オメガでもアルファでも、どうでもいいと本心で言うことができるのは、向原がアルファだからだ。
好ましく思った感情も本当だ。けれど、さも当然とそういった思考を持つことができること自体を羨んでいたのも本当だ。自分との違いを、いつもいつも見せつけてくる。
だから、アルファなんて、大嫌いだ。そう思わないと、生きていけなかった。だから嫌いだ。
誰に言われなくても、わかっている。そんなふうに思うことばかりが増えて、自分で自分をがんじがらめにしているのだということも。
――でも、だから、もうぜんぶ過去形のままにしておいてくれたら、それでいいのに。
生徒会室のある棟に向かいながら、成瀬はうんざりと頭を振った。もうずっとそう思っているつもりだ。だから、あの夜も「気にしなくていい」と言った。
そうしてさえくれたら、とまで考えたところで、ふと思考が止まった。熱っぽさがまた上がったような気がしたのだ。変えた薬が合っていないのかもしれない。
――生徒会だけにしといたほうがいいかな。
姿を見せないことであれやこれやと言われることも面倒だが、体調の悪さを勘づかれるほうが面倒だ。外面を取り繕うことには長けたつもりでいるけれど、長い付き合いになってしまった面々には通じないことがある。さきほどの茅野がいい例だ。余計な心配はされたくなかった。
でも、まぁ、ちょうどいいか。少し考えを巡らせたあとで、そう成瀬は結論づけた。
生徒会で忙しくしていることは事実だし、向原と仲違いを起こしていると思われていることも事実だ。そのあたりで適当に解釈される公算のほうがずっと高い。そういうものだ。
この学園にいる大多数の人間にとって、自分はアルファなのだから。
――卒業するまで、そのつもりだったんだけどな。
アルファとして、ここを卒業する。それが自分に課せられた最低限だったから。だから、――だから、こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。
視界に入った姿に、足が止まる。無視をすればよかったのだと思い至ったのは、その姿が完全に消えてからだった。
ぎこちなく足元に視線を落としても、覚えた違和感は拭えなかった。胸が熱い気がして、心臓に手をやる。自分では制御の利かないところで、心が騒めいているみたいだった。
なんで、という疑問符だけが渦巻いていく。その答えを笑って示すかのような声が頭のなかで響きはじめていた。
――恋をしてはいけないよ。
――もし、きみが、きみの言うところのアルファで在り続けたいのならね。
覚えていない、わけがなかった。あのときだって、べつに、言いたかったわけではないのだろうとも思う。だから、言わせたのは、俺だ。
「そうだろ」
どこか投げやりなほどあっさりと断定されて、苦笑いで反応を誤魔化す。静かに見下ろしてくる瞳は、昔から、自分よりよほど真摯だったことは知っている。こういった場面で、意味のない嘘を吐くような真似はしないということも。
「どうでもいいことだったからな、俺にとっては」
――そうなんだろうな、おまえは。
そう思った。言葉にはしなかったけれど。ずっと昔、この男のそういった公平さを好ましく思っていたことを成瀬は覚えている。
恵まれたアルファだからこそのものだったとしても、オメガでもアルファでも本当に関係がないと思っているらしいことはわかっていた。
羨ましかった。
「おまえはそうは思えないんだろうけどな。どうだってよかったんだよ、本当に」
どうでもよかった、と過去形で繰り返して、向原は話を切り上げた。こちらが答えるとは最初から思っていなかったのかもしれない。
返事を待つことなく談話室を出て行く。その背中を見送って、成瀬はやるせない溜息を吐いた。
「そんなの、おまえだから言える台詞だろ」
ひとりになった空間に零れ落ちたのは、さきほどは口にできなかった台詞だった。
持っている人間は羨まない、蔑まない。オメガでもアルファでも、どうでもいいと本心で言うことができるのは、向原がアルファだからだ。
好ましく思った感情も本当だ。けれど、さも当然とそういった思考を持つことができること自体を羨んでいたのも本当だ。自分との違いを、いつもいつも見せつけてくる。
だから、アルファなんて、大嫌いだ。そう思わないと、生きていけなかった。だから嫌いだ。
誰に言われなくても、わかっている。そんなふうに思うことばかりが増えて、自分で自分をがんじがらめにしているのだということも。
――でも、だから、もうぜんぶ過去形のままにしておいてくれたら、それでいいのに。
生徒会室のある棟に向かいながら、成瀬はうんざりと頭を振った。もうずっとそう思っているつもりだ。だから、あの夜も「気にしなくていい」と言った。
そうしてさえくれたら、とまで考えたところで、ふと思考が止まった。熱っぽさがまた上がったような気がしたのだ。変えた薬が合っていないのかもしれない。
――生徒会だけにしといたほうがいいかな。
姿を見せないことであれやこれやと言われることも面倒だが、体調の悪さを勘づかれるほうが面倒だ。外面を取り繕うことには長けたつもりでいるけれど、長い付き合いになってしまった面々には通じないことがある。さきほどの茅野がいい例だ。余計な心配はされたくなかった。
でも、まぁ、ちょうどいいか。少し考えを巡らせたあとで、そう成瀬は結論づけた。
生徒会で忙しくしていることは事実だし、向原と仲違いを起こしていると思われていることも事実だ。そのあたりで適当に解釈される公算のほうがずっと高い。そういうものだ。
この学園にいる大多数の人間にとって、自分はアルファなのだから。
――卒業するまで、そのつもりだったんだけどな。
アルファとして、ここを卒業する。それが自分に課せられた最低限だったから。だから、――だから、こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。
視界に入った姿に、足が止まる。無視をすればよかったのだと思い至ったのは、その姿が完全に消えてからだった。
ぎこちなく足元に視線を落としても、覚えた違和感は拭えなかった。胸が熱い気がして、心臓に手をやる。自分では制御の利かないところで、心が騒めいているみたいだった。
なんで、という疑問符だけが渦巻いていく。その答えを笑って示すかのような声が頭のなかで響きはじめていた。
――恋をしてはいけないよ。
――もし、きみが、きみの言うところのアルファで在り続けたいのならね。
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