パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド17 ③

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 自分ひとりの力では成し遂げられなかったと知っている。向原が一緒にやると言わなければ、篠原も茅野もここまで手を貸さなかったのではないだろうかとも思う。

「だから、感謝してるよ、本当に」
「なら、おまえは満足してるのか。今のここに」
「今って、……そうだな。うん、してないわけじゃないよ」

 本当にこのままでいいのか、と何度も問うてきていたのは、篠原だけではなく、向原もだった。

 ――好きにしろよ、って言ってたよな、あのときは。

 弱音にも似たことをこぼしたときだ。中途半端なことをしているとわかっていると言ったとき、向原はわかった上でやっているのなら好きにしたらいいと言った。
 なんで自分が望むことばかりを言ってくれるのかなんて、本当はずっと前から知っていた。

「前に、みささぎ祭のときかな。皓太にも言った。新しい風が入ってきて、現状が変わるのは、なにも不思議なことじゃないって」
「……」
「それを俺が無理やり押し込めるのは、本当に正しいことなのかなって」
「よく言えるな、そういうこと」

 当たり障りのないきれいごとを呆れたふうに笑ってから、ふと思いついたように向原が話を変えた。

「皓太と言えば、言ってたぞ。おまえとあの一年の根本的な違いがなにかって話。まぁ、茅野の受け売りだろうけど」
「皓太が?」
「そう。似たような『平等』の主張を掲げてはいるけど、違うって。なんて言ってたと思う? あいつ」
「もとは茅野なんだろ。だいたいでよかったらわかるよ。俺の世界にはアルファもオメガもないけど、水城の世界はその逆でオメガとアルファしかいないとか」

 そんなところだろ、と苦笑する。自分が他人の目にどう映っているかは正確に把握しているつもりだ。そうでないと、生き延びることはできなかった。
 正解、とあっさりと笑ってから、でも、と向原は言った。

「俺は似てると思うけどな、おまえとあいつ」
「……似てる?」
「わかってるだろ。根本的もなにも、必要以上にバース性に気を取られてる時点で一緒だ」

 あいかわらずの正論だった。はっと乾いた笑いが落ちる。向原にしろ、篠原にしろ、茅野にしろ、似合わないほどの育ちの良さや潔癖さを感じることがある。優れたアルファとして、正しく周囲に愛されてきたからなのだろうか。本当に、羨ましい限りだ。

「そうかもな」

 なにを考えているのか、向原はなにも言わなかった。

「好き勝手にここを引っ掻き回してるのも同じだしな」

 自分がそんな気を起こさなければ、その気まぐれにこの男が付き合わなければ、この学園は正しいアルファの王国のままだったはずだ。

「成瀬」

 込めてしまった苛立ちも、自嘲も、なにも取り合わない調子の、静かな呼びかけに、手元に落ちかけていた視線を上げる。向原は、声同様の静かな面持ちのままだった。
 昔から、そうだった。自分と違って他人に愛想を振りまくこともない、そうかと言って、特別に自分を強く見せることもしない。
 小手先だけのことをしなくても、問題なく絶対的な強者でいることができるからだ。

「今答えなくていいから、ちょっと考えてみろよ」
「なに? それが聞きたかったこと?」
「まぁ、そうだな。おまえ考えてるようで、考えてないから。たまにはいいだろ」
「ひどいな」

 あまりと言えばあまりの言いように、そう苦笑する。事実だろ、と簡単にいなしてみせてから、向原はこうも言った。

「おまえ、自分の物差しでしか見ようとしないからな。そんなの、考えてないのと変わんねぇだろ。なにひとつ」

 それもまた、正論には違いなかった。そうかもな、と同じ相槌を繰り返す。それ以外に返しようもなかったのだ。わずかな沈黙のあとで、向原は淡々と切り出した。

「俺が今まで、おまえのことオメガだからって言ったこと、何回あった?」
「……え?」
「一回しか言ってねぇだろ。少なくとも俺はここで言った以外の記憶はない」
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