パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅨ ②

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「うん」
「あの、だから。……祥くん」

 その呼称を強調するように使って、心配を隠さない顔で皓太が続ける。

「向原さんと、仲直りしたらどうかな」

 幼い言葉選びをわざとされたのだということも、わかっていた。普段の自分なら、折れるだろうということも。でも――。

「ごめんな、心配かけて」

 いつもの笑みで、一線を引く。もう、仲直りだとか、そういう話ではなくなってしまっているのだ。

「でも、喧嘩してるわけでもないんだ」

 もし、皓太の言うような喧嘩だったら、仲違いを正すこともできたかもしれない。けれど、これは喧嘩にすらなっていないものだ。そんな対等なものじゃない。
 俺が怒らせて、傷つけた。それなのに、謝ることを選べない。また少し間が空いた。

「向原さんは、祥くんのこと好きだと思うよ」

 そう告げて寄こした幼馴染みの顔は、過剰な幼さの抜けた大人びたいつものものに戻っていた。
 どういう意味合いの「好き」かだなんて考えたくもない。だから、成瀬はいつものとおりにほほえむことを選んだ。嘘は言っていないつもりだ。

「知ってる」



 はじめて逢ったときから、特別な人間だと感じていた。
 自分とは違うことはあたりまえだけれど、ほかのアルファと比べても突出した存在だった。そうして、そう感じていたのも、自分だけではない。この学園の誰もが認めている、そういう人間。
 だから、そんな人間と、対等であるように思っていたことが、そもそもの誤りだったのかもしれない。


「俺たちが入ってきたころに比べると、随分変わったよな」

 生徒会室の窓から外を眺めていた篠原が、妙にしみじみと呟く。
 たしかに、自分たちが中等部に入学した二年前に比べると、劇的に平和になったかもしれない。くわえて、あのころの自分たちは、生徒会に入って学園を変えたのだという傲慢な実感を持ってもいた。
 その新体制になってはじめて迎える新入生。幼馴染みがいるということをさしおいても、去年よりもかわいく見えた。

「まぁ、そうだな」

 本心で頷いて、成瀬も外に目を向けた。一群になっている新入生たちの表情は、まだまだあどけない。見つけた幼馴染みの姿を追っていると、隣にいた向原が話しかけてきた。

「よかったな。皓太、同じ寮にしてやれて」
「その言い方。俺が裏から手ぇ回したみたいに聞こえるだろ。してないからな」
「これ見よがしに茅野に言ってただろ、おまえ。幼馴染みだとか。心配だとか」
「嘘は言ってない」
「あいつ、おまえに甘いからな」

 呆れたように笑う横顔から視線を外して、窓の外に向け直す。少し冷たい春の風が頬に触れる。

 出逢った当初に比べると、向原の纏う空気は本当に柔らかくなった。表情や、言動も。

 ――絶対、仲良くなんてできないって思ってたのにな。

 するつもりも、なかった。だって、アルファだ。それも大嫌いな。そのはずだったのに、いつのまにか距離が縮んだ。
 無理をしなくても、ごく自然と一緒にいるようになって、友人と言える関係になった。本当に、不思議だ。
 二年前の自分は、こんな未来が来ることを想像していなかったはずだ。あの、約束と言えないような約束が本当に守られるとも、きっと思っていなかった。

「俺、ちょっと呼ばれてるから、先帰るな」
「誰?」

 かったるそうな篠原の声に、そう尋ねると、「職員室」という答えが返ってきて、つい笑ってしまった。
 それだけ呼ばれても、派手な頭の色を改めようとしないのだから、いったいどんなこだわりが詰まっているのか。
 本人いわく、一度やったことを途中でやめるのはかっこ悪い、らしいけれど。
 面倒くせぇとぼやく声を最後に、ドアが閉まる。形式ばかりだとわかっているから、余計に面倒なのだろう。この学園は、おそらく外部から見れば異常なほど生徒による自治権が重んじられている。

「おまえは呼ばれないの?」
「地毛」
「地毛って……、まぁ、色素薄いのは事実だと思うけど」
 
 だが、金髪で生まれてきてもいないだろう。笑うと、ふっと向原も目を細めた。
 本人の言うとおりの、色素の薄い瞳。きれいな色だと思うけれど、同時に、だから、一見すると冷たく見えるのだろうなと思う。こんなふうに誰にでも柔らかい表情を見せてやれば、評価は一変するだろうに。
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