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第二部
パーフェクト・ワールド・レインxx ②
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「行人が」
ぼやける視界でも、彼が苦笑したのがわかった。
「俺といても怖くないとか、安心するとか、そう言ってくれてたのは」
聞き分けのない子どもを諭すような声だった。この人の言う「誰か」の中に自分が含まれていないことを改めて告げるような。
「俺のことが好きだったからでも、特別だったからでも、なんでもないよ」
「成瀬さん」
「自分と同じだって本能が悟って、だから安心できてた」
行人の反論をすべて奪うようにほほえむ。完璧ないつものアルファの顔で。
「それだけ」
それだけ、であるはずがない。
そう感じているのは、きっと行人だけではない。けれど、この人は「それだけ」にしてしまうつもりなのだ。声もなにも出なかった。
「でも、皓太はそうじゃないだろ」
優しいとしか言えない声が、行人自身もまだ知らないなにかを引きずりだそうとする。ずるい、と思った。ずるい。ずるい、ひどい。
「ずる、い」
「そうだよ、ずるいよ。知らなかった?」
ようやく絞り出した非難にも、その声はいっさい動じなかった。
「ずるいから、皓太が俺になんて言ったのか教えてあげようか」
「……え?」
「最後まで面倒を見てやるつもりがないなら、もっと早くに突き放してやればよかったんだ」
沈黙を選んだ行人に、とどめのように彼が言う。
「俺もそう思う」
知らないうちに握りしめていた拳から、力が抜け落ちていく。
つまり、そういうことだった。なにも言わせてもらえない。言ったところで変わりようがない。そのすべてを承知した上で、それでもと言い募ることは行人にはできなかった。
この人を困らせたくない。追い詰めたくない。そう願う心を「恋」ではないと断罪するのが、なぜ自分ではなくこの人なのだろう。ずるいと思う。心底思う。それでも、なにも言えなかった。好きだったから。大切だったから。
自分がオメガであると知っても受け入れて、居場所を与えてくれた人だから。
認めてくれた、はじめての人だったから。
けれど、それは彼も自分と同じだったからなのだと、今になって知った。
「行人は、皓太にちゃんと大事にされてるよ」
「知らない」
最後の我儘のような頑なな応えさえも、あっさりと笑って受け流されてしまった。
「ずっと行人のそばにいたのが誰だったかは、知ってるだろ?」
ずっと、ずっと。
陵学園の中等部に入学したときからずっと同室だった。面倒見がいい性質だったことも相まってか、高藤は自分のことをずっと気にかけてくれていた。
それは事実だ。
行人のプライドに触れない距離を保ちながら、ずっと近くにいてくれた。
第二の性のことももっと以前から勘づいていただろうに、態度に出さないでいてくれた。ずっと「ベータ」でいさせてくれた。
知っている。
高藤は、決して自分を弱い存在として扱わなかった。対等でいてくれた。友人だから、困ったときは手を貸す。その姿勢を貫いていてくれた。
でも。
「成瀬さん」
好きだったのだと伝える代わりのように、名前を呼ぶ。もうそれしか、選択肢は残されていなかった。
ずるい。ずるい。どうしようもなくずるい。それなのに、嫌だと思うことができない。
近くにいると安心する。それは「同じ」だからという理由だけではない。第二の性のせいにされたくない。
本能に振り回されたくないと、きっと彼も思っているはずなのに。なんでそんなふうに言うのか。
――でも、違う。言わせたのは、俺だ。
それが苦しくて、蒸し返せない。
ぼやける視界でも、彼が苦笑したのがわかった。
「俺といても怖くないとか、安心するとか、そう言ってくれてたのは」
聞き分けのない子どもを諭すような声だった。この人の言う「誰か」の中に自分が含まれていないことを改めて告げるような。
「俺のことが好きだったからでも、特別だったからでも、なんでもないよ」
「成瀬さん」
「自分と同じだって本能が悟って、だから安心できてた」
行人の反論をすべて奪うようにほほえむ。完璧ないつものアルファの顔で。
「それだけ」
それだけ、であるはずがない。
そう感じているのは、きっと行人だけではない。けれど、この人は「それだけ」にしてしまうつもりなのだ。声もなにも出なかった。
「でも、皓太はそうじゃないだろ」
優しいとしか言えない声が、行人自身もまだ知らないなにかを引きずりだそうとする。ずるい、と思った。ずるい。ずるい、ひどい。
「ずる、い」
「そうだよ、ずるいよ。知らなかった?」
ようやく絞り出した非難にも、その声はいっさい動じなかった。
「ずるいから、皓太が俺になんて言ったのか教えてあげようか」
「……え?」
「最後まで面倒を見てやるつもりがないなら、もっと早くに突き放してやればよかったんだ」
沈黙を選んだ行人に、とどめのように彼が言う。
「俺もそう思う」
知らないうちに握りしめていた拳から、力が抜け落ちていく。
つまり、そういうことだった。なにも言わせてもらえない。言ったところで変わりようがない。そのすべてを承知した上で、それでもと言い募ることは行人にはできなかった。
この人を困らせたくない。追い詰めたくない。そう願う心を「恋」ではないと断罪するのが、なぜ自分ではなくこの人なのだろう。ずるいと思う。心底思う。それでも、なにも言えなかった。好きだったから。大切だったから。
自分がオメガであると知っても受け入れて、居場所を与えてくれた人だから。
認めてくれた、はじめての人だったから。
けれど、それは彼も自分と同じだったからなのだと、今になって知った。
「行人は、皓太にちゃんと大事にされてるよ」
「知らない」
最後の我儘のような頑なな応えさえも、あっさりと笑って受け流されてしまった。
「ずっと行人のそばにいたのが誰だったかは、知ってるだろ?」
ずっと、ずっと。
陵学園の中等部に入学したときからずっと同室だった。面倒見がいい性質だったことも相まってか、高藤は自分のことをずっと気にかけてくれていた。
それは事実だ。
行人のプライドに触れない距離を保ちながら、ずっと近くにいてくれた。
第二の性のことももっと以前から勘づいていただろうに、態度に出さないでいてくれた。ずっと「ベータ」でいさせてくれた。
知っている。
高藤は、決して自分を弱い存在として扱わなかった。対等でいてくれた。友人だから、困ったときは手を貸す。その姿勢を貫いていてくれた。
でも。
「成瀬さん」
好きだったのだと伝える代わりのように、名前を呼ぶ。もうそれしか、選択肢は残されていなかった。
ずるい。ずるい。どうしようもなくずるい。それなのに、嫌だと思うことができない。
近くにいると安心する。それは「同じ」だからという理由だけではない。第二の性のせいにされたくない。
本能に振り回されたくないと、きっと彼も思っているはずなのに。なんでそんなふうに言うのか。
――でも、違う。言わせたのは、俺だ。
それが苦しくて、蒸し返せない。
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