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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅣ ⑤
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「なに大真面目な顔で馬鹿なこと言ってんだよ」
「あのな、本気で俺はよかったなって思ってたの。サイボーグみてぇって言われてたおまえにもそんな人間味があったんだって」
だから、と篠原は言った。
「だから、最近のおまえ見てると、心配になるときがあんだよな。なんか、昔のおまえに戻ったみたいで」
「戻るもなにも」
言葉どおりの慮る空気を、向原は呆れきった声で一掃した。
「人間の本質が、そう簡単に変わるわけないだろ」
成瀬がそうであるように、人間は簡単には変わらない。短くなった吸いさしをもみ消して、眼下に意識を向ける。
ふわふわと光る明るい頭は、黒い群衆の中でひときわ目立っていた。その周囲には、守るように幾人ものアルファが張り付いている。
気がついたのか、「うわ」と篠原が嫌そうな声を上げた。
「またえらくアルファ引き連れてんな、水城」
ぐしゃりと金髪をかき上げて、空を仰ぐ。寮の外では関わり合いになりたくないどころか、視界にも入れたくないらしい。
あからさまな態度に、そっと笑みをこぼす。
「そこまで嫌がってやるなよ、楓寮の後輩だろ」
「うちの状況知ってて、それかよ」
楓寮の雰囲気が嫌でたまらないのだと言って憚らない男は、うんざりと吐き捨てた。
「おまえと成瀬の諍いなんてかわいいもんだって言いたくなる程度には、やべぇからな。どいつもこいつもあれに骨抜きで話にならない。うちはもうハルちゃん一色だ」
「たったひとりの一年に、いいざまだな」
「オメガだからな。それも、自分の身体を使うことをまったくいとわないタイプの」
フェロモンに逆らえないのはアルファの性だろ。そう続けて、また溜息を吐く。そうしてから、篠原がちらりと視線を寄こしてきた。
「このあいだ、寮の談話室でさめざめと水城が泣いてたんだけどな。その理由、なんだと思う?」
「どうせ成瀬だろ」
「そのとおり。どうせ成瀬なんだよ。なにが気に入らないのか知らねぇけど、水城、成瀬のこと嫌いだよな。やっぱりあのミスコンか?」
オメガだからだろうと答える代わりに、「それで?」と話を促す。おおかたの予想はついていたけれど。
「会長はオメガヘイト――オメガが嫌いだから、僕のことを受け入れてくれない、僕のことも嫌いなんだ。あの人に嫌われていると思うと怖くてたまらないんだとよ」
うまいこと言うだろ、と呆れた顔で笑う。
「あいつの母親があれだからな、いかにも信憑性がある」
「成瀬が泣いて喜びそうだな」
「むしろ、ブチ切れんじゃねぇか。そういや、最近それも見てねぇな。平和になった証拠といえば、そうなんだろうけど」
「そうかもな」
「中等部のころは、よく暴れてたのにな」
郷愁のにじむ調子に、そうかもな、と向原は同じ相槌を繰り返した。
たしかに、あのころは荒れていた。それを平定しようとしていたのが、成瀬だった。
俺が上に立つからここは変わると言った未来を実現にするために、一番上に登ろうとしていた。オメガもアルファも関係のない場所というものをつくりあげるのだと言って。
最後に無茶をしていたのはいつだっただろうか。記憶の箱をひっくり返すまでもなく、あっさりと答えは見つかった。榛名だ。
あれが中等部に入ってすぐのころ、頼まれてもいないのにアルファたちから助け出していた。
――あのときも、あいつなにも俺の言うこと聞かなかったからな。
今よりももう少しまっすぐに「無茶をするな」と伝えた覚えがある。なにかあったらどうするのだ、と。
それなのに、成瀬は笑っただけだった。なんでもない顔で、そんなことが起こるわけがない、と。
ひとつ悟ってひとつ諦めたのはそのときだ。この男は、自分が捕食される側に回る可能性を頭の隅にも置いていないのだな、と。
だから、どうせ今回も、そのつもりなのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
舌打ちとともに吐き捨てたそれに、「本当にな」と篠原が同調する。その頭に浮かんでいたのは、自分とは異なる人物だっただろうけれど。
本心を告げる気になれないまま、向原は新しい煙草を引き抜いた。
「あのな、本気で俺はよかったなって思ってたの。サイボーグみてぇって言われてたおまえにもそんな人間味があったんだって」
だから、と篠原は言った。
「だから、最近のおまえ見てると、心配になるときがあんだよな。なんか、昔のおまえに戻ったみたいで」
「戻るもなにも」
言葉どおりの慮る空気を、向原は呆れきった声で一掃した。
「人間の本質が、そう簡単に変わるわけないだろ」
成瀬がそうであるように、人間は簡単には変わらない。短くなった吸いさしをもみ消して、眼下に意識を向ける。
ふわふわと光る明るい頭は、黒い群衆の中でひときわ目立っていた。その周囲には、守るように幾人ものアルファが張り付いている。
気がついたのか、「うわ」と篠原が嫌そうな声を上げた。
「またえらくアルファ引き連れてんな、水城」
ぐしゃりと金髪をかき上げて、空を仰ぐ。寮の外では関わり合いになりたくないどころか、視界にも入れたくないらしい。
あからさまな態度に、そっと笑みをこぼす。
「そこまで嫌がってやるなよ、楓寮の後輩だろ」
「うちの状況知ってて、それかよ」
楓寮の雰囲気が嫌でたまらないのだと言って憚らない男は、うんざりと吐き捨てた。
「おまえと成瀬の諍いなんてかわいいもんだって言いたくなる程度には、やべぇからな。どいつもこいつもあれに骨抜きで話にならない。うちはもうハルちゃん一色だ」
「たったひとりの一年に、いいざまだな」
「オメガだからな。それも、自分の身体を使うことをまったくいとわないタイプの」
フェロモンに逆らえないのはアルファの性だろ。そう続けて、また溜息を吐く。そうしてから、篠原がちらりと視線を寄こしてきた。
「このあいだ、寮の談話室でさめざめと水城が泣いてたんだけどな。その理由、なんだと思う?」
「どうせ成瀬だろ」
「そのとおり。どうせ成瀬なんだよ。なにが気に入らないのか知らねぇけど、水城、成瀬のこと嫌いだよな。やっぱりあのミスコンか?」
オメガだからだろうと答える代わりに、「それで?」と話を促す。おおかたの予想はついていたけれど。
「会長はオメガヘイト――オメガが嫌いだから、僕のことを受け入れてくれない、僕のことも嫌いなんだ。あの人に嫌われていると思うと怖くてたまらないんだとよ」
うまいこと言うだろ、と呆れた顔で笑う。
「あいつの母親があれだからな、いかにも信憑性がある」
「成瀬が泣いて喜びそうだな」
「むしろ、ブチ切れんじゃねぇか。そういや、最近それも見てねぇな。平和になった証拠といえば、そうなんだろうけど」
「そうかもな」
「中等部のころは、よく暴れてたのにな」
郷愁のにじむ調子に、そうかもな、と向原は同じ相槌を繰り返した。
たしかに、あのころは荒れていた。それを平定しようとしていたのが、成瀬だった。
俺が上に立つからここは変わると言った未来を実現にするために、一番上に登ろうとしていた。オメガもアルファも関係のない場所というものをつくりあげるのだと言って。
最後に無茶をしていたのはいつだっただろうか。記憶の箱をひっくり返すまでもなく、あっさりと答えは見つかった。榛名だ。
あれが中等部に入ってすぐのころ、頼まれてもいないのにアルファたちから助け出していた。
――あのときも、あいつなにも俺の言うこと聞かなかったからな。
今よりももう少しまっすぐに「無茶をするな」と伝えた覚えがある。なにかあったらどうするのだ、と。
それなのに、成瀬は笑っただけだった。なんでもない顔で、そんなことが起こるわけがない、と。
ひとつ悟ってひとつ諦めたのはそのときだ。この男は、自分が捕食される側に回る可能性を頭の隅にも置いていないのだな、と。
だから、どうせ今回も、そのつもりなのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
舌打ちとともに吐き捨てたそれに、「本当にな」と篠原が同調する。その頭に浮かんでいたのは、自分とは異なる人物だっただろうけれど。
本心を告げる気になれないまま、向原は新しい煙草を引き抜いた。
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