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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅣ ①
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[4]
お、という短い声に反応して振り返ると、屋上の手すりから身を乗り出すようにして茅野が中庭を見下ろしていた。
「成瀬と高藤じゃないか。学内でふたりでいるのは珍しいな」
「皓太が近づきたがらないからな」
「その言い方は誤解を招く気がするが、まぁ、そうだな。成瀬からすれば、そこがかわいいんだろうが」
校内に戻るのをやめて、向原もフェンスのそばに寄った。今にも雨が降り出しそうな生温かい風が肌をなぶっていく。
茅野の言うとおり、眼下にいるのは成瀬とその幼馴染みだった。なにを話しているのかはわからないが、楽しそうにはとても見えない。
「そういえば、成瀬から聞いたか? 高藤の寮室の話」
「寮室の?」
「なんだ、聞いてないのか。まさか、まだ揉めてるんじゃないだろうな」
「おまえもそれか」
数日前にも、似たことを篠原に言われたばかりである。わかりやすくうんざりとした声を出したのに、茅野はなにも気にしていない調子だ。
「おまえも、ということは、篠原にでも言われたな? それだけ目立っているということなんだから、自業自得だろう」
答えずに、中庭に視線を向け直す。成瀬は自業自得という評を否定しないだろうな、と思いながら。昨夜も珍しく、罪悪感を隠しきれていない顔をしていた。
「わかった上でやっているのなら、やめてくれと言いたいんだがな、俺は」
「まぁ、おまえはそうだろうな」
「あたりまえだろう。寮長としては平和でないと困るんだ。そのためにも、おまえたちふたりには仲良くしていてもらいたいんだが」
「仲良くって、ここは小学校かよ」
「学び舎という時点では一緒だろう」
学級委員長を気取りたいのなら、勘弁してほしい。しれっとした態度に辟易としながらも、向原は黙って続きを待った。
「話を戻すが、ちょっと気になっているんだ。そもそもで言えば、榛名がみささぎ祭の前に部屋の鍵をなくしているんだが。その鍵で誰かが部屋に入ったんじゃないかという疑惑が降って湧いてきてな」
「あぁ」
小さく頷くと、「やっぱりな」と妙に非難がましい視線を送られてしまった。
「おまえが知らないわけがないと思ったんだ」
「なんでもかんでも俺が把握してると思うなよ」
釘を刺しながらも、把握していることのひとつを告げることにした。どうせ茅野も勘づいているのだ。明確な証拠がないから踏み込みにくいというだけで。
話が一段落したのか、ふたりが歩き出す。向かっているのは一年の一般棟のようだった。
――また面倒なことにならないといいけどな。
「本人が直接やってるわけじゃねぇしな。部屋に入ったやつを見つけたところで、のらりくらりと交わされて終わりだ。そいつも認めないだろうからな」
「まぁ、なぁ。俺もなにもハルちゃんを直接問い詰めようと思っているわけではないんだが。今後の健全な寮運営のためにも実行犯は挙げておきたくてな」
ただ鍵の紛失自体がかなり前の話だから、はっきりとした証拠が残っていないんだ。
そう呟いた横顔は、困っているというよりは面倒なことになったという顔色に近かった。
「見当はついてんだろ?」
「ついてはいるが、嫌な話だ。寮生を疑うことになるんだからな」
「妄信してやることがおまえの役目ってわけじゃねぇだろ」
「それはそうだが」
諦めた顔で頷いてから、茅野が溜息を吐く。
「結局のところきな臭いのは一年の特進科だ。わかっていたことだが、気分のいいものではないな。うちの寮の中にまであれの意思が波及しているようで」
「ま、そうかもな」
首肯すると、少し間が空いた。そうしてから、茅野が嫌そうに口を開く。
「魔窟だな、あそこは」
お、という短い声に反応して振り返ると、屋上の手すりから身を乗り出すようにして茅野が中庭を見下ろしていた。
「成瀬と高藤じゃないか。学内でふたりでいるのは珍しいな」
「皓太が近づきたがらないからな」
「その言い方は誤解を招く気がするが、まぁ、そうだな。成瀬からすれば、そこがかわいいんだろうが」
校内に戻るのをやめて、向原もフェンスのそばに寄った。今にも雨が降り出しそうな生温かい風が肌をなぶっていく。
茅野の言うとおり、眼下にいるのは成瀬とその幼馴染みだった。なにを話しているのかはわからないが、楽しそうにはとても見えない。
「そういえば、成瀬から聞いたか? 高藤の寮室の話」
「寮室の?」
「なんだ、聞いてないのか。まさか、まだ揉めてるんじゃないだろうな」
「おまえもそれか」
数日前にも、似たことを篠原に言われたばかりである。わかりやすくうんざりとした声を出したのに、茅野はなにも気にしていない調子だ。
「おまえも、ということは、篠原にでも言われたな? それだけ目立っているということなんだから、自業自得だろう」
答えずに、中庭に視線を向け直す。成瀬は自業自得という評を否定しないだろうな、と思いながら。昨夜も珍しく、罪悪感を隠しきれていない顔をしていた。
「わかった上でやっているのなら、やめてくれと言いたいんだがな、俺は」
「まぁ、おまえはそうだろうな」
「あたりまえだろう。寮長としては平和でないと困るんだ。そのためにも、おまえたちふたりには仲良くしていてもらいたいんだが」
「仲良くって、ここは小学校かよ」
「学び舎という時点では一緒だろう」
学級委員長を気取りたいのなら、勘弁してほしい。しれっとした態度に辟易としながらも、向原は黙って続きを待った。
「話を戻すが、ちょっと気になっているんだ。そもそもで言えば、榛名がみささぎ祭の前に部屋の鍵をなくしているんだが。その鍵で誰かが部屋に入ったんじゃないかという疑惑が降って湧いてきてな」
「あぁ」
小さく頷くと、「やっぱりな」と妙に非難がましい視線を送られてしまった。
「おまえが知らないわけがないと思ったんだ」
「なんでもかんでも俺が把握してると思うなよ」
釘を刺しながらも、把握していることのひとつを告げることにした。どうせ茅野も勘づいているのだ。明確な証拠がないから踏み込みにくいというだけで。
話が一段落したのか、ふたりが歩き出す。向かっているのは一年の一般棟のようだった。
――また面倒なことにならないといいけどな。
「本人が直接やってるわけじゃねぇしな。部屋に入ったやつを見つけたところで、のらりくらりと交わされて終わりだ。そいつも認めないだろうからな」
「まぁ、なぁ。俺もなにもハルちゃんを直接問い詰めようと思っているわけではないんだが。今後の健全な寮運営のためにも実行犯は挙げておきたくてな」
ただ鍵の紛失自体がかなり前の話だから、はっきりとした証拠が残っていないんだ。
そう呟いた横顔は、困っているというよりは面倒なことになったという顔色に近かった。
「見当はついてんだろ?」
「ついてはいるが、嫌な話だ。寮生を疑うことになるんだからな」
「妄信してやることがおまえの役目ってわけじゃねぇだろ」
「それはそうだが」
諦めた顔で頷いてから、茅野が溜息を吐く。
「結局のところきな臭いのは一年の特進科だ。わかっていたことだが、気分のいいものではないな。うちの寮の中にまであれの意思が波及しているようで」
「ま、そうかもな」
首肯すると、少し間が空いた。そうしてから、茅野が嫌そうに口を開く。
「魔窟だな、あそこは」
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