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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅣ ②
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「魔窟か」
「魔窟だろう。まったく情けない。楓寮もだが」
いいように使われてみっともないと言いたげな態度を笑うと、「笑いごとか」とぼやき声が返ってきた。
「今回のうちの件も、まちがいなくハルちゃん一派の仕業だぞ。実行犯を挙げても、ハルちゃんの目的まではわからんだろうが」
そこで言葉は一度途切れた。
「ハルちゃんは、おまえ狙いだと思ってたんだがな」
強まった非難に、向原はもう一度笑みを浮かべた。
ちやほやしてやった覚えまではないが、ふたりで会ったことは何度かある。それを、この男が気に食わないと感じていることも知っているけれど。
「一年の中じゃ、皓太は十分目立つ部類のアルファだからな。それがかわいいオメガの自分じゃなくてベータに夢中なのが気に入らないってだけの単純な話だろ」
「それが事実なら、とんだとばっちりだな、榛名は」
気の毒に、という顔を隠すこともなく肩をすくめてから、茅野は言い足した。
「なにしろ、被害があったのは榛名のほうらしいからな。本人から聞いたわけではないが、高藤がなにか盗られたんじゃないかと気にしていたんだ」
「へぇ」
「榛名のことだ。盗まれて問題になるようなものは置いていないと思うんだが。しかしまぁ、榛名になにかしたところで、おまえには響かんだろうに」
「皓太になら響くだろ」
「成瀬にもな」
溜息まじりに応じた茅野の視線は、誰もいない中庭に注がれていた。
「これであいつが重い腰を上げるなら、それはそれでいいのかもしれないな」
――中途半端なことしてるって思ってるよな。俺もそう思ってる。
懺悔のような言葉を聞いても、責めようとは思わなかった。わかってねぇな、とは思ったけれど。それも怒りというよりは、失望に近かった。
中途半端だろうが、そんなことはどうでもいいのだ。自分でやるのが嫌なら頼ればいい。それだけのことだ。そうすれば――。
「どうだろうな」
半ばひとりごちるようにして、向原は呟いた。
「あいつのことなのに、随分と投げやりなんだな」
「……篠原にも同じようなことばっかり聞かれて、いいかげん辟易してんだよ。気になるなら自分で聞け」
「素直に答えるなら聞いてもいいが、時間の無駄だろう」
だからって俺に聞くなよ。苛立ちを持て余したまま、そうかよ、と短く吐き捨てる。時間の無駄だという点に関しては同意してもいいが。
そういう男でしかないのだ。なんでもひとりでできるつもりで、他者の気遣いを受け入れない頑固者。
あれのどこをどう切り取れば優しいと映るのか、まったく理解できない。
――友達、だからな。
思い出された似非くさい台詞に、もれたのは舌打ちだった。
「なんだ、本当に機嫌が悪そうだな、珍しい。ついでにガラも悪いぞ」
「ほっとけ」
「ほうっておいてもいいが、そんなに気に食わないなら排除すればいいだろうに。お手のものだろう」
「なにもしなくていいんだとよ」
「それでか」
苦々しい声に、たまらずといったふうに茅野が噴き出した。
「尻に敷かれているのは、あいかわらずみたいだな」
あいかわらずという表現を否定する気も起きなかった。黙ったまま煙草に手を伸ばす。
「寮の中では吸うなよ」
「だからここで吸ってるんだろ」
中等部に入学した当時と異なり、今の寮に煙草の匂いはいっさい染みついていない。たった五年で見事な様変わりだ。
「魔窟だろう。まったく情けない。楓寮もだが」
いいように使われてみっともないと言いたげな態度を笑うと、「笑いごとか」とぼやき声が返ってきた。
「今回のうちの件も、まちがいなくハルちゃん一派の仕業だぞ。実行犯を挙げても、ハルちゃんの目的まではわからんだろうが」
そこで言葉は一度途切れた。
「ハルちゃんは、おまえ狙いだと思ってたんだがな」
強まった非難に、向原はもう一度笑みを浮かべた。
ちやほやしてやった覚えまではないが、ふたりで会ったことは何度かある。それを、この男が気に食わないと感じていることも知っているけれど。
「一年の中じゃ、皓太は十分目立つ部類のアルファだからな。それがかわいいオメガの自分じゃなくてベータに夢中なのが気に入らないってだけの単純な話だろ」
「それが事実なら、とんだとばっちりだな、榛名は」
気の毒に、という顔を隠すこともなく肩をすくめてから、茅野は言い足した。
「なにしろ、被害があったのは榛名のほうらしいからな。本人から聞いたわけではないが、高藤がなにか盗られたんじゃないかと気にしていたんだ」
「へぇ」
「榛名のことだ。盗まれて問題になるようなものは置いていないと思うんだが。しかしまぁ、榛名になにかしたところで、おまえには響かんだろうに」
「皓太になら響くだろ」
「成瀬にもな」
溜息まじりに応じた茅野の視線は、誰もいない中庭に注がれていた。
「これであいつが重い腰を上げるなら、それはそれでいいのかもしれないな」
――中途半端なことしてるって思ってるよな。俺もそう思ってる。
懺悔のような言葉を聞いても、責めようとは思わなかった。わかってねぇな、とは思ったけれど。それも怒りというよりは、失望に近かった。
中途半端だろうが、そんなことはどうでもいいのだ。自分でやるのが嫌なら頼ればいい。それだけのことだ。そうすれば――。
「どうだろうな」
半ばひとりごちるようにして、向原は呟いた。
「あいつのことなのに、随分と投げやりなんだな」
「……篠原にも同じようなことばっかり聞かれて、いいかげん辟易してんだよ。気になるなら自分で聞け」
「素直に答えるなら聞いてもいいが、時間の無駄だろう」
だからって俺に聞くなよ。苛立ちを持て余したまま、そうかよ、と短く吐き捨てる。時間の無駄だという点に関しては同意してもいいが。
そういう男でしかないのだ。なんでもひとりでできるつもりで、他者の気遣いを受け入れない頑固者。
あれのどこをどう切り取れば優しいと映るのか、まったく理解できない。
――友達、だからな。
思い出された似非くさい台詞に、もれたのは舌打ちだった。
「なんだ、本当に機嫌が悪そうだな、珍しい。ついでにガラも悪いぞ」
「ほっとけ」
「ほうっておいてもいいが、そんなに気に食わないなら排除すればいいだろうに。お手のものだろう」
「なにもしなくていいんだとよ」
「それでか」
苦々しい声に、たまらずといったふうに茅野が噴き出した。
「尻に敷かれているのは、あいかわらずみたいだな」
あいかわらずという表現を否定する気も起きなかった。黙ったまま煙草に手を伸ばす。
「寮の中では吸うなよ」
「だからここで吸ってるんだろ」
中等部に入学した当時と異なり、今の寮に煙草の匂いはいっさい染みついていない。たった五年で見事な様変わりだ。
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