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第四章

第二試合 (2)

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(side  ローズ)


「はっ⁈……なっ……ぁっあぁ……」


 右横方向から、苦悶の呻き声みたいなのが聞こえてくるのを完全にスルーして、わたしは両手を握りしめていた。


 最後に見たのは、もう数年も前になるけれど、お兄様の攻撃速度は流石だわ!
 この会場にいる人の中で、一体何人の人が、今の攻撃を正確に把握することが出来たのかしら?
 人によっては、一瞬、視界から消えたように見えたかもしれない。

 左右にこまかく剣を振った、二回のフェイントを皮切りに、続く左中段からの浅めの振り下ろしから、流れる様に正面への突き技。
 そして、上体は一瞬下がると見せかけつつ、足はそのまま停止して、右から小さく叩きつけるようにレンさんの剣を払い、僅かに空いた隙間に、振り子のように体を使って前へ踏み込んだ。
 そこから、素早く右上高い位置へ剣を振り上げて、その勢いのまま放たれた、鋭い振り下ろし。

 それが僅か一秒程度の間に行われた。


 あれ?

 今の結構、いきなり本気めの攻撃でしたよね?
 お兄様にしては珍しくないです?

 いつも、初めて試合をする相手には、ある程度手を抜いて様子を伺ってから、どの程度の力を出すか決めていた様に思うけど。

 それともあれが、今現在のお兄様の手を抜いた状態なのかしら?

 でも、だとすると『さっきの試合はいったい?』っていう疑問が生じるのよ。
 
 今の攻撃と先程の試合を、あくまでわたしの体感で速度比較させて頂くなら、控えめに言って早見再生?
 なんなら、倍速再生くらいの違いがあったように思う。

 まさか、わたしが『良い勝負になる』と、太鼓判を押したせいかしら?

 まぁ……でも、問題無いよね?
 わたしが思っていた通り、レンさんはやっぱり凄かったわけで……。


 というのも、レンさんは、お兄様の最初の二回のフェイントを、剣先を使って簡単に捌き、レンさんから見て右からの攻撃とその後の突き技は、剣を立てた後左へ押し流すような一連の動作で、こともなげにあしらってみせた。
 その後の剣への打撃も、完全に押し切られることはなく、お兄様の素早く前進しながらの振り下ろしも、事前に察知していたかのように素早く後方に跳び、お兄様の剣が完全に振り下ろされる前に剣を立て、側面同士をぶつけて攻撃を受け止めた。
 お兄様の剣がしなって、レンさんの左側頭部付近を切先が掠めた時はヒヤッとしたけれど、瞬間的に首を右方向に倒して難を逃れている。
 何というか……すごくよく見えているし、勘が鋭いよね。


 今は、丁度最初の攻撃が終わり、お兄様が一度引いた状態だ。
 聖堂側は、レンさんが攻撃を受け止めたことに、安堵のため息をおとしていた。

 一部の人を除いては。


「うぐっ……ぬぅぅ。ばかなっ!嘘だ!あり得ない‼︎」


 いい加減うるさいから一応触れておくけれど、右横のテントで地面を叩きながらヒステリックにうなだれているのは、ジャンカルロさん。


 ついさっきまでは、あざけるように会場に向かってヤジをとばしていた。
 一応、レンさんまでは聞こえない程度の小声だったけど。

 曰く、『さっさと攻撃しろ!このヘタレ!』とか、『時間だけ引き伸ばして、僕より決着までの時間が長かったとか言うつもりか!』とか?『さっさと負けて戻ってきて、さっきの僕への非礼を詫びろ!』とか……。

 聞くに耐えない暴言に、わたしの横にいたラルフさんなどは、拳を握りしめ、額に青筋を浮かべていた。
 けど、今日はオースティン子爵ご夫妻がみえられているので、さすがに文句とか言えないよね。
 ご夫妻も、なんか……呼応するようにうなずいているし?

 必死に怒りを堪えているラルフさんの背中を、どうどう……と、さすりながら、わたしも正直イラついていた。

 
 元々、聖騎士の戦い方は、相手が自分に接近してからの、一撃必殺の攻撃が主体なはず。

 何故って?

 聖女様をお守りするのが主な任務だから、陣形を崩す訳にはいかないのよ。
 自分が抜けた隙間から、敵に侵入されては困るのだ。
 だから、自分からはあまり動かず、相手が接近してから迎え撃つ、というのが聖騎士の戦闘パターン。
 それで、剣が重くても疲れずに戦えるんだろうな。

 つまり、ジャンカルロさんみたいに、自分から突進していく方が特殊、寧ろ異例なの!
 そういうのって、朝鍛錬の陣形訓練とか受けてないとイメージ出来ないよね?


 『でも、文句は言えない。だって、ご両親みえているし』って、周囲の聖騎士も皆、押し黙った。

 そんな状態だったものだから、競技場の二人が睨み合いを続けている間、聖堂側の応援席は、ちょっとした敗戦ムードが流れていた。

 そりゃまぁ、聖堂一押しのジャンカルロさんがあっさり負けてしまって、頼みの綱のもう一人は、常日頃から神官長に蔑ろにされまくっているレンさんだから、神官さんや見習いの子たちが意気消沈するのも、分からなくはないけれど。

 お兄様の攻撃で剣がぶつかり合い、レンさんの髪が僅かに散った時なんて、女の子たち、悲鳴をあげて両手で顔を覆っていたわ。
 剣術なんて経験どころか、あまり見ることもないだろうから、斬られたかと思って驚いちゃったよね?
 あのリリアさんですら、わたしの左腕にしがみついて、小さく悲鳴をあげていたほど。

 場内の空気が落ち着いて来た時、聖堂観覧席がホッとしたように静まりかえる中、地に手を付き唸るジャンカルロさんがいた……というのが、今のこちら側の状況だ。

 流石のジャンカルロさんにも、自分よりレンさんの実力が上だと、一応理解はできたかな?

 はー。
 スカッとした!

 わたしの横で、ラルフさんもスッキリした様な顔をして、ふわふわの髪を揺らしながら、鼻を鳴らしていたりする。

 よく堪えました!
 偉い偉い!
 頭を撫で撫でしたい衝動を必死に堪える。
 本当にラルフさんは可愛い人だ。


 それにしても……。

 楽しそうに会話をするお兄様を見て、わたしは頬を掻いた。

 これは、すっかり気に入ってしまったみたいだわ。

 同年代で、対等に戦える相手なんて、滅多にお目にかかれないから、嬉しくて仕方がないのでしょうね。

 自らも王国を守る騎士として、しっかりそれに倣って剣術の腕を磨いて来た。
 対する相手も、聖騎士として、それに適する形でしっかりと習われた剣術だもの。
 真面目で勉強家のお兄様からしたら、同じように努力が見える相手との対戦は、さぞ心が躍るだろう。

 レンさんの方も、口調が何だか楽しげだ。
 背中を向けているから、表情はわからないんだけど、声だけ聞いていたら、もしかしたら微笑んでいるんじゃないかしら?と思うほど。
 
 ええ。
 わかっている。

 恐らく無表情よね?

 でも、きっと僅かに目元を緩めているに違いない。
 

 真面目な性格に加えて、武術に対する姿勢がよく似ているから、今後二人は良いライバル、良い友だちになれるかもしれない。
 お兄様としては、こんな良い練習相手を、みすみす放っておくわけが無いから、今後も交流する話になりそうな気がする。

 レンさんて……聖堂よりも、外部の人に評価されるよね。
 寧ろ、そっちが正当な評価だから、聖堂関係者は是非とも対応を改めて頂きたいわ!


 さて、話を元に戻すけど、二人の会話を聞く限り、どうやら今の攻防は、お互いに様子見と確認作業をしただけだったみたい。

 いやいやいや。
 アレで様子見とか言われたら、一般の騎士の人たち涙目じゃないかしら。
 あぁ、涙目の人、あそこで約一名項垂れているし。

 少し怖いくらいに気合いが入ったらしいお兄様が声をかけ、レンさんが穏やかに応じると、次の瞬間には二人の剣がぶつかり合っていた。

 お兄様は、先程よりも助走がついた分速度を増して、真上から真っ直ぐに剣を振り下ろした。
 レンさんは、それを当然のように受け止めている。


ーーこの程度なら、当然受け止められるだろう?

ーーまだ、この上があるのでしょう?


 言葉は交わさないけれど、そんなことを目で会話しているかのような雰囲気。
 一瞬の衝突の後、お兄様の連続攻撃が始まる。


 お兄様の攻撃は、流れるように美しかった。

 一撃一撃にちゃんと意味があり、攻撃が単調にならない様、多くの技が散りばめられている。
 そうすると、技と技の間の隙を狙われてしまったりするのだけど、一つずつの技がチグハグにならずに繋がっている上、あの攻撃速度。
 防ぐだけでも至難の業だわ。

 一方、防戦に徹しているレンさんだけど、その剣技は繊細で緻密。
 お兄様の一撃一撃の狙いを理解した上で防御しているらしく、二つ以上の連続攻撃を一度の振りで防いだりしていて、その技術の高さがうかがえる。

 今度は数十秒間、お互いの剣がぶつかり合っていたのだけど、そのスピードから、ちょっとした瞬間で決着がついてしまいそうで、思わず握りしめる手に力がこもる。

 結局そこでも決着はつかずに、息を整えるためか、お兄様が後方に跳んで間合いをとると、観客から盛大な歓声が上がった。


「うっわ。ヤバい。見てる方も息吸えないですねぇっ!」


 隣で見ていたラルフさんが、両手を握りしめながら興奮したように言ってくるので、うんうんと頷いて同意した。


「でも、さすがはオレガノ様!『英雄の息子』の名は伊達じゃ無いですね!先輩もよく防いでますが、ちょっとキツそうだ」

「なんだか、テンションが上がってしまっているみたいで……」


 苦笑気味に答えると、ラルフさんは笑った。


「それだけ本気で勝負させて頂けたなら、先輩も本望じゃないですか?」

「だと良いのですが……」


 数秒間後方に引いたのも束の間、お兄様は再度攻撃を仕掛けていく。

 先程の様に正面からの攻撃だけでなく、今度はサイドステップが組み合わされた縦横無尽な連続攻撃。
 その攻撃速度も、徐々につり上がっている。

 レンさんは、お兄様の攻撃に良くついていっている。

 でも、ラルフさんが言っている通り、確かにちょっと大変そうだ。
 何というか……普段練習している時より動きが多いというか?

 もちろん、同じ時間内に行われるお兄様の攻撃の回数が、他の聖騎士さんに比べて圧倒的に多いわけだから、守る側も手数が増えるのは当然なんだけど、レンさんて、普段、何というか……もっと余裕のある防御をするのよね……。
 こう……相手を上手に動かしながら、いつでも反撃に出られる様な?

 今の状態は完全に防戦一方で、何となく彼らしく無い。

 それだけお兄様の攻撃は、速くて重いんだわ。

 ここ数年。
 かなりの研鑽を積まれたんだなぁ。
 我がお兄様ながら、立派だわ。

 
「ダメだ~。ちょっともう目で追えなくなってきてますし、何というか……おっかなくって見てらんないっす!」


 ラルフさんは、制服の胸元を右手でぎゅーっと握り締めながら、困った顔でわたしを見る。
 わたしも頷き、同意を示す。

 お兄様は勿論、怪我などさせないと思うけど、見ている方はやっぱりハラハラするよね。
 先ほどからリリアさんは、わたしにしがみつきっぱなしだし、他の子たちも似た様な状況。


「ふっふんっ!なんだ!防戦一方じゃないか。やはり、所詮はその程度」


 いつの間にか立ち上がっていたジャンカルロさんが、肩をすくめてそんなことを言いはじめている。

 ……メンタル強いですね。
 

 試合は、大方の予想通りに……そしてわたしの予想からは外れて、お兄様優勢に傾いていく様だった。






「おいおい。いきなり手加減無しか?」


 第七旅団長トーマスが、驚いたように息をつく。
 それに返事を返したのは第六旅団長アンソニー。


「否。まだ幾分抑え気味に見える」

「参ったな。まるっきり親父さんの再来じゃないか。うっかりすると、速さだけなら抜いているかもしれんぞ?」


  団員たちが一心に試合を見入る中、第六・第七旅団テント前では、その空気にそぐわず、やたらのんびりと、団長同士が会話をしていた。

 第三旅団長ジェイコブも、団のテントへ戻りそびれてしまい、何となくそこで立ったまま観戦をしている。


「あの聖騎士。確かに、貴殿らが言う通り、こちらの想像よりは大分できるようではあるが……守ってばかりでは勝てんぞ」

「ほう。今日初めてジェイコブ殿と気が合った」

「アンソニー。君が言うと、どうしてこうも嫌味に聞こえるのだろうな?」

「君がひねくれているからではないかね?」


 何食わぬ顔で答えるアンソニーに、ジェイコブはあきらめのため息を落とした。
 それを横目でみながら、愉快そうにトーマス。


「いやいや。アレだけ続け様に攻撃を仕掛けられては、大半の人間は防戦一方になるのではないか?」

「大半にくくられているようでは、勝てぬと言う意味であろう?ジェイク殿」

「いかにも」

「ふむ。彼は非常に穏やかな性格だから、防御主体でカウンター狙いの戦い方になりがちなのかもしれないな。確かにそれでは、オレガノ君と対決するには分が悪いか……」

「そこの見解は私とは違うな。トム」

「ほう?では、君はどうみている?アンソニー」

「性格が穏やかなのは、その通りだろう。だが、戦い方に関しては、敢えてあのスタイルにこだわっているように思える」

「と、言うと?」

「彼に聖騎士の戦い方を教えたのは、聖女様付き筆頭のエンリケ殿だろう。若い頃に手合わせさせて頂いたことがあるが、戦い方がそっくりだ」

「古い知り合いなのか?」

「互いの親の領地が隣でね」

「なるほど」

「話に聞けば、クルス君はエンリケ殿によく懐いているようだから、普段はその教えを忠実に守っているだけではないかな?本来の彼は、防御一本やりでは無いはずだ。でなければ、エウレト渓谷での彼の働きは、説明がつかない」

「ああ。なるほど!」


 分かったように話を進めるアンソニーとトーマスに、ジェイコブは問うた。


「なんだ?何の話だ?」

「知らないのか?昨年起きたエウレト渓谷での旅団強襲事件と、そこで起きた奇跡の話」


 小馬鹿にしたように問うトーマスに、嘲るように笑みを返すジェイコブ。


「ああ。聖女様の護衛ついでの盗賊団討伐任務で、旅団がポカやらかして、盗賊団に分断された上、残された新人ばかりの部隊が全滅の危機にあったって、アレか?」

「スポットの当て方に悪意を感じるが、およそ、その通りなので何も言えんな」

「あれはお前のせいではないぞ?アンソニー。旅団の中に内通者がいては、致し方ないことだ。むしろ不穏分子が特定できたのは怪我の功名だったしな」


 むっとしたように返答するアンソニーを、トーマスがなだめる。
 

「で、それが何だというのだ?」

「その時奇跡を起こしたのが、そこのクルス君だということだ」

「はぁ?」

「話せば長くなるからな。興味がでたら、また聞いてくれ」

「あ、ああ」


 ここで、『興味がある』と言い出すのは、何となく悔しい気がして、ジェイコブは返事を返すに留め、別の質問を重ねた。


「で、貴殿らは結局この試合をどう見ているのだ?」

「まだ何ともわからぬな」

「まぁ、現状はオレガノ君が、やや優勢といったところだろ?」


 二人は、危機感無くのんびりと答え、ジェイコブはのらりくらりとした二人に対し、(そんなことは見れば分かるだろう!)と心中で悪態をつきながら、苛々と小さく舌打ちをした。
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