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第四章

第二試合 (3)

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(side オレガノ)


 驚いたな…………。


 先程から、幾度となく攻撃を重ねているが、なかなかどうして隙が出来ないものだ。

 内心小さくため息をおとしながら、再度後方に下がって、次にどうするかを模索する。

 今の攻撃パターンでも崩せなかった。

 現時点での自分の攻撃速度は、最高速の六割程度。
 ここから七割程度まで、引き上げてみるか。

 あの見事な防御を見てしまうと、僅かな隙も見逃すことは出来ないが、相手はまだ攻撃に転ずる気が無いようだから、このまま押し切ってしまうのも一つの手だな。


 しかし……。
 前と左右からの高速攻撃に、確実に対応してくるレン君には、正直驚かされた。

 ローズが彼の剣術を高く評価していたから、どれほどの腕前かと楽しみにしていたが、想像以上だったな。
 

 ……面白い。
 面白いな!レン君。


 彼の印象の変化は、最初から強烈だった。

 審判が試合開始を告げ、互いの剣が交差した瞬間に、普段彼が纏っている、あの穏やかな雰囲気は霧散した。

 彼と『勝負する立場』になって、初めて感じた、身震いするような空気感。
 
 無表情であることに変わりはないのに、試合開始と同時に放たれた、圧倒的なプレッシャー。
 殺気とは異なるが、例えるなら獰猛な捕食者と遭遇した時に感じるような感覚に、全身が泡立った。

 どう考えても、護衛任務のみを行なっている者が持つ気配じゃない。
 それこそ、幾つもの戦場や修羅場を潜り抜けた、熟練の猛者たちが持っているような?
 これは流石に言い過ぎかもしれないが、自分の知るところでは、まるで父と対峙しているかのような……。
 
 一対一で対峙しなければわからないだろうが、入団したての騎士なんかは、彼と剣を突き合わせただけでも、気押されて腰を抜かすかも知れない。
 もちろん彼は、そんな相手にこんな気を放ちはしないだろうが。

 それを隠さずに見せてくれたことを考えれば、彼も自分のことを認めてくれているのだと、光栄に思う。
 だが、それにも関わらず、攻撃的な雰囲気を押し隠すかのように、防御のみに全力を傾けている、今の彼の姿勢は不可解だ。
 いったい何をねらっている?


 レン君を見ると、彼は相変わらずの無表情で、一分の隙もなく構えている。

 本当に姿勢がいいな。
 右手前で剣を構えているので、半歩分だけ右側が前に出ているが、それ以外はほぼ左右対称。
 これが、左右どちらからの攻撃にも、無駄なく対処出来る理由だろう。

 この隙の無さ故に、初撃までに恐ろしく時間がかかった。
 隙を作るべく、僅かに剣先をぶつけたり、剣に体重を乗せて押したり、逆に引いたりと小さな攻撃を仕掛けた。
 また、一定距離まで接近した時、先に攻撃してくる可能性を考えて、ジリジリと前進しながら同様にフェイントもかけた。

 だが、その全てが不発。
 隙が生まれるどころが、彼を動かせたのは、結局先制攻撃を仕掛けると決めて攻撃した時のみ。
 斬りかかった時点では、攻撃を先読みされていたのかと焦ったが、最初から防御一択だったならば、当然の対応とも言えるか?

 いずれにせよ、全くもって油断ならない。

 さて。
 次はどう仕掛けるべきか。

 もう少し実力に差がある相手ならば、速度を上げることに加え、上下の攻撃も組み合わせるところだが、その場合、短時間で決着がつかないと、こちらが体力的に厳しくなる。

 レン君も、ある程度疲労が蓄積しているはずなのだが、そういった様子は見受けられない。
 ……こういう時に、表情が無いというのは強みなんだな。
 そんなことを言われても、本人は嬉しくないだろうが。
 まさか感情が表情に出ないよう訓練しているわけでもあるまいしな。


 たっぷり数秒間は攻撃を休んでいたが、レン君は微動だにしない。
 どうやら、自ら攻撃を仕掛ける気は無いようだ。

 すると、やはり彼の狙いは、防御からのカウンター攻撃。
 受け身の剣術ではあるが、あの重い剣を持って戦うことを考えれば、効率的だろう。
 
 こちらから攻撃を続けるのが、果たして得策かどうかは難しいところだが、持久戦になるのは正直避けたい。
 
 こちらから動かなければならない分、体力的な消耗は止むを得ないが、その方が決着が早いと考えれば、攻めている方が精神的には気楽でもある。
 防御する側も、結局はこちらの動きに合わせなければならないから、体力は削られるはずだし、何より僅かなミスも出来ない点で、精神的には寧ろきついはずだ。

 過程はどうあれこの速度での攻防だ。
 どちらかの集中力が切れた時、もしくは体力的に限界を迎えた時、恐らく決着はほんの一瞬でつく。


 軽くステップを踏んで、今度はレン君の左へ移動し、低い姿勢で薙ぐように下から攻撃を入れる。
 これで、スピードは更に増し、前と左右の動きに、上下動が加わったことになる。
 
 もちろんレン君は、これにもしっかり対応した。
 何回か低い位置で剣同士がぶつかり合い、そこからじわじわと中段での打ち合いに移行。
 後方に跳んで、反発するように深く前に突きを放ったが、レン君は既に後方へ跳んでおり、剣先は届かない。
 すぐさま上段から斬りかかり、再度斬り結ぶこと数分。
 なかなか隙が生じないことに焦れていたが、ある瞬間、突然不可解な感覚に見舞われた。

 何かがおかしい。

 先程からいつも通りに剣をふっているはずなのに、剣先が本来到達するべき場所をそれていく。

 どういうことだ?

 例えば、本来だったらレン君の右胸付近を狙った攻撃なのに、剣の向かった先は右肩の上。
 別の場所を狙って何度試してみても、同様に軌道を晒されてしまう。
 実は、先ほどから剣が軌道を逸れる直前に、微かに金属のぶつかる音がするのを、耳が拾っていた。
 では、攻撃を仕掛けた直後、僅かに彼の剣に当たっているのか?
 ならば、と、切り下げたり、切り上げるような動きに移行するが、前方に突き出された剣に阻害されて上手く通らない。
 右、左と位置を移動しても、それを上回る速度で、正面でぶつかるよう動かれてしまう。

 なんだこれは?

 じわじわと焦りが生じて、思わず一度後方にひいた。

 思い当たる可能性に背筋が凍る。
 動きを先読みされている?
 最初に直感的に感じた感覚は、間違っていなかったということか?

 視線を合わせると、彼はあくまで無表情にこちらを見ている。
 だが、その眼光の鋭さに身がすくむ思いがした。

 ラルフ君が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。
 

『オレ、先輩と対峙すると、ライオンとか猛獣に睨まれてるようなプレッシャー受けるんですよね』


 あの時は抽象的すぎて意味がわからなかったが、今はその意味が理解できた。
 相手を動かしながら、じわじわと追い詰め、弱るタイミングを伺っている。
 あれは肉食獣の目だ。

 そうか。
 レン君の狙いは、最初から長期戦。

 そういえば、ローズが言っていた。
 一日の練習時間が、他の人の数倍だと。
 長時間戦い続けることに自信があるのか。
 あの細身の体型は、それが原因か!
 
 参ったな。
 乾いた笑いが浮かぶのがわかった。

 様子を見ているつもりで、実は観察されていたのは、こちらだと知る。
 このままずるずると試合を続けていては、彼の思う壺だ。

 それならば……。

 この後は可能な限りの最高速度をもって、短時間で決着をつける!





(side ローズ)


 凄まじい速度で剣が交わる様を、両手を組みつつ、わたしは食い入るように見つめていた。

 やっぱりお兄様は、お強いわ。
 防戦一方になっているレンさんだけど、今のところは何とかその攻撃を防いでいる。

 聖堂の観覧席は凍りついた様に静まりかえっていた。

 どう見ても劣勢の状況だし、あの凄まじい剣戟。もう負けてもいいから、怪我などしなければいい、と、皆祈る様に静かに会場を見守っている。


「ラルフ。そろそろ交代の時間だぞ」


 ラルフさんの右斜め後方で試合観戦をしていたニコさんが、立ち上がりながらラルフさんに声をかけた。


「あ。もうですか?あーでも、良かったかも?あの先輩をして防戦一方とか、見てらんなかったんですよ」

「なんだ。ラルフ。お前まだまだだなぁ」


 苦笑いで立ち上がるラルフさんのおでこを人差し指で突きながら、ニコさんは呆れた様な顔をする。


「はぁ。だって……」

「だってじゃない。よく見てみろ。もういつものパターンに入っているぞ?」

「へ?」

「あいつのことだから、はなから持久戦狙いだったんだろう?『出だしに敵の癖を見極めて、自分は体力を温存しつつ、相手が疲弊するのを待つ』。レンがいつもよくやる手だ。まあ、今日はここまで大分時間を掛けていたが……」


 …………。


「「あーーっ‼︎」」


 わたしとラルフさんは同時に声を上げた。

 あぁ。
 言われてみれば本当にその通りだわ。

 さすがニコさん!
 最終調整の練習相手に、レンさんが選ぶだけのことはあるわ!

 試合の状況だけ見れば、お兄様が一方的に攻撃を仕掛けていて、レンさんは防御一辺倒にみえるのよね。
 しかもお兄様のスピードは超一流。
 今やお父様を凌ぐほどの勢いだから、どう見てもレンさんが劣勢だと思い込んでいた。

 でも……でもね?
 よくみていると、先程までは立てたり横にしたりして防御を行なっていた筈のレンさんの剣が、今は前を向いている。
 
 あの状態の防御、見たことがある。
 そういえば、昨日ニコさんと練習していた時もそうだったわ。

 攻撃は受けているんだけど、剣はほぼ前を向いたまま。
 足も相手に向かって向きを変える程度で、位置的にはほとんど動かない。
 それなのに、お兄様の剣は不思議なくらいレンさんの体を逸れていく。

 本当に不思議。
 どう言った仕組みになっているんだろう。

 そもそも、お兄様の攻撃速度は、今いる聖騎士さんの比じゃないのよ?
 それなのに、まさかお兄様を相手にして、同じことができるなんて!

 感嘆しながら競技場の二人を見つめる。

 お兄様も何事か察したらしく、小首を傾げ眉間に皺を寄せながら、確認する様な動きを繰り返している。


 隣でニコさんが、げんなりしたため息をついたので、聖騎士二人の会話に意識を戻す。


「アレ、ヤなんだよな~。全然攻撃通らなくて、じわじわ追い詰められてく感じ」

「そうそう。猛獣にターゲットにされた獲物の気分を味わえますよね」

「ふっくくくっ。その例え、やめろっ!」

 ニコさんは声をあげて笑った。

「だってアレ!追い詰められて、ちょっとでもミスると、速攻カウンター食らいますし」

「あの高速カウンターは反則だよな」

「ニコさんは、たまに攻守逆転して練習されてますけど、どっちの状態がマシですか?」

「…………どっちも嫌だな」

「えー?」


 本当に嫌そうな顔をするニコさんに納得する。
 攻撃側を担当した時のレンさんの速度、ハンパないですもんね。
 まぁ、今のお兄様のスピードが、わたしの目に追えるギリギリだから、それよりは幾分遅かったと記憶している。
 いや、遅いって言ったって、普通の聖騎士さんよりは段違いで速いわけで……。
 お兄様、ちょっと速すぎよね?

 でも、次のニコさんの発言で、認識が間違っていたことを知る。


「こっちが守りの時は、あいつ、あからさまに手を抜くからな。それにも関わらず、防御しきれない自分に凹むんだ」

「え?手を抜いてます?攻撃速度速すぎて、オレ、目で追いきれないのに?」


 え?
 あれ、手を抜いた状態だったんです?
 本当に?


「今度やらせて貰ってみろ。空気感全く違うから。防衛に比べると、片手間にやってるんじゃないかってくらい、穏やかな雰囲気で切りかかってくるぞ?」

「穏やかに切りかかってくるって……怖いんですけど」

「余裕があるんだ。剣の振りも軽い。相手が止められる丁度いいくらいを狙って、相手がミスった場合はいつでも剣をストップ出来るくらい。とにかく、肩の力を抜いて戦ってる感じだな」

「はぁ」

「結局のところ、本来のアイツは防衛主体じゃないんだろうよ」

「いつも防衛メインで戦うのにですか?」

「職業柄。あと剣の性質上だな。わざと防衛側に振っているだけだ」

「えー?性格的にも穏やかだし、防衛からのカウンターっていうのが本来のスタイルじゃないんですか?」

「まぁ、性格はそうだな。ただ、戦いの場においては、存外好戦的なのかもしれないぞ?隠しているだけで。ま、それについては憶測だけどな」

「好戦的ねぇ。想像もつかないっす」


 わたしもラルフさんの意見に同意だわ。

 送迎をしてくれた時から、日頃の鍛錬を見るにつけても、レンさんが好戦的だとはどうしても思えない。
 でも……それが実際に剣を交えているニコさんの発言となると、頭ごなしに否定は出来ないけど。
 何より、ニコさんとレンさんの付き合いはわたしたちより長いわけで……。

 んー。
 でも、普段が物静かだから、攻撃的なレンさんというのを想像出来ないのよね。


 競技場に視線を戻すと、二人は一度距離をとっていた。

 レンさんは相変わらず、無表情だけど、隙のない構えで次の攻撃を待っているみたい。

 お兄様は?
 視線を投げて驚いた。

 あの顔!
 すごく久しぶりに見た気がする。

 困ったような、迷っているような、複雑な感情を含んだ乾いた笑い。
 でもその後に、目に爛々と輝きが灯るのが見て取れた。
 興味深々で、その先が知りたくてわくわくしている子どものような?
 それは、まだわたしが短剣片手に二人に稽古をつけてもらっていた時。
 お父様に稽古をつけてもらって、返り討ちにあった時に、よくしていた表情だ。

 わーっ‼︎お兄様が本気だっ‼︎‼︎


ーーずッ ギャガッガガッ‼︎


 凄まじい勢いで地面を蹴った音の後、耳をつんざくような勢いで何度も剣がぶつかった音がした。

 見えなかった。

 移動を始めていた聖騎士たちも、振り返って目を見開き、大きく口を開けて固まっている。

 ぶつかった筈の二人だけど、レンさんは先程の位置から数歩後退しており、お兄様は先程と九十度向き替えた位置で、離れて立っていた。
 双方剣を構えたままで睨み合っているから、まだ決着はついていないようだけど、今の見えた人いる?


「これは……凄いことになって来た。長期戦どころか、うっかりすると、次で決着がつくぞ……!」


 ニコさんの低い声が聞こえて、わたしは唾を呑み下すのだった。
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