そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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導かれるように……⑵

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 店内に入ると、店長を名乗った女性は、ロラを入り口横、窓に面して作られたカウンターテーブルの椅子に案内した。

 そこは、三、四人程度しか座れない小規模な喫茶スペースであったが、街灯が点灯しだした夕暮れの大通りの風景を眺められる、特等席であった。

 ロラは、ほうっとため息を落として、その景色に見惚れる。
 

「綺麗でしょう? おしゃれな街並みを見ながらお茶を楽しめるように、大工さんに無理を言って窓を大きくして貰ったんです。中でも夕暮れ時は格別で……」

「ええ。凄く素敵……」

「でしょう? そしたら、のんびり眺めながら待ってて下さいね。心が落ち着くお茶を、用意いたしましょう」


 店長の女性は、たくさんのハーブティーが置かれた棚の奥、レジカウンター兼作業台へ向かい、お湯を沸かし始めた。


「苦手なものや、アレルギーがあるものは有りますか?」


 少女のように高音でありながら、どこか優しい声音に、ロラはしばし考える。


(ハーブティーって、そう言えば、テオが入れてくれるカモミールティーしか飲んだことがないわ。あれなら無難に飲めるけど、今日はそれ以外のものを買いに来たから……)


「アレルギーも、苦手な味も特に無いですが、家でカモミールをよく飲むので、たまには別のものが欲しくて」

「あー。リラックス効果がありますものねぇ。そしたら、メインはアレにしましょう。少々ブレンドしても良いです?」

「え? あ。はい」


 店長はにっこり微笑むと、彼女の後ろの壁いっぱいにある棚から、数種類のハーブを取り出して秤で分量を測っていく。


(オリジナルのブレンドティーも作れるのね。ハーブって、そんなに種類があるの?)


 ロラが、物珍しさに様子を眺めていると、店長は、屈託ない笑みを浮かべて、ティーポットにブレンドを終えたハーブを入れた。


「珍しいですか?」

「はい。あまり詳しく無いので、興味深いです」

「そしたら、これは、楽しんで頂けるかもしれないですねぇ」


 お湯の温度を測って一つ頷くと、店長は、お湯をティーポットに注ぎ入れ、蓋をした。そして、手早く手元の砂時計をひっくり返し、ガラス製のティーカップとちょっとしたお菓子を載せたお盆を持って、ロラの座る席までやってくる。


「今日はね、ラベンダーをメインにブレンドしました。カップの中にご注目ですよ?」


 ちゃめっ気たっぷりに説明する店長に、ロラは頷く。
 砂時計の砂が全て落ち切るのを待って、店長はカップにお茶を注いだ。


「……っ!え?青?」

「はぁーい。素敵な反応、ありがとうございまーす。こちらはマロウブルーティーをブレンドしておりまして、時間の経過とともに色が変化していくのですよ。折角ですのでそちらもお楽しみ下さいね。その他にも数種類ブレンドして、飲みやすくしてますです」

「凄くキレイ」


 ロラは、うっとりとカップを眺め、感嘆のため息を落とし、そっと手に持った。
 カップから、ふわりとラベンダーの香りが漂う。口に含むと、ほどよい苦味と柑橘系の酸味、そして僅かな甘みが絶妙に合わさり、最後にほんのりスパイシーな香りが残る。


「とても飲みやすいのね。美味しいです」

「良かったです。リラックス効果が高いので、心を落ち着けたい時にお勧めしているのです」

「まぁ。私、丁度そう言ったものを探していたんです」

「そうでしたか。量り売りもしてますですが、お試しに個包装のサシェ(ティーパック)もありますよ」

「では、それを頂こうかしら」

「あらまぁ。ありがとうございます。では、お包みしてきますので、ゆっくりしていて下さいね」

 
 気分が落ち着いたロラは、ゆったりとした心地で、夜景とお茶を楽しんだ。

 お茶を飲み終わるころ、可愛らしい包みを持ってきてくれた店長に、その場で支払いを済ませ、ロラは店を後にした。

 外はすっかり夕闇に包まれていた。





 食器を片付けながら、サシェアンジェの店長、ジャンヌは眉を下げる。
 
 先ほどから、完全に気配を消した状態で、店の奥の席に佇んでいた黒服の男は、音もなく立ち上がりジャンヌの横に立った。
 

「あの方で良かったです?」

「ああ」


 振り向きもせずジャンヌが尋ねると、男は返事を返した。


「では、こちらがレシピです。ご要望通り、覚醒効果のあるローズマリーを少量ブレンドしましたので」


 ジャンヌは、エプロンのポケットから、二つ折りしたメモを差し出し、男はそれを受け取ると、胸ポケットにしまった。


「わかった」

「はい。シスターブロンシュに、宜しくお伝え下さい」

「ああ。貴女に、神の導きがあらんことを」


 男は早足で店を出ると、夜の闇にその身を紛れさせた。

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