そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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教会は 町はずれの丘の上に ひっそりと佇んでいた

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 教会の鐘が鳴り響いている。

 墓所に向かって伸びる、故人を偲ぶ葬送の列。

 もの寂しげなその情景を横目に、刑事二人は教会へと向かっていた。

 
 柔らかにカールした髪を掻きながら、ニコラはどこか不満気に、右前を歩く上司に声をかける。


「あの……ヴィクトー係長?」

「何ですか?ニコラ君」


 銀縁メガネの奥から、凍てつくようなアイスブルーの視線が、ニコラに向けられた。
 ニコラは、苦笑いを浮かべる。


「そんな、おっかない目で見ないで下さいよ」

「いきなり悪口ですか。良い度胸ですね。
目の鋭さは生まれつきですので、慣れて下さい。……それで?」


 何事もなかったかのように先を促されて、ニコラは一つ息を落とすと、先ほどから考えていた疑問を上司にぶつけた。


「ああ、はい。その……捜査が行き詰まっているのは理解した上で、今日はまた、何でこんなところに?」


 ヴィクトーは、少し考えるように視線を下げると、再びニコラに視線を戻す。


「疑問を持つことは、良いことです。その答えを自身で考えるようにすれば、ベテラン勢に『考えが浅い』と言われることも減るでしょう」
 
「はっ? いや。考えたけど分からないから、聞いているんですけど?」

「それは失礼。では尋ねますが、君はここまで歩いて来て、何を感じましたか?」

「え? どこの市町村にも一つはある、歴史のありそうな古い教会だと。あとは、思ったより坂が急で、上るのしんどいとも思いましたけど」

「そうですか。引き続き、見方を変えながら、何故私たちがここに来たのか、よく考えてみて下さい」

「……はぁ。教えては、くれないわけですか?」

「思考を放棄したら、そこで成長は止まりますよ?」

「俺、十分成長しているんですけど? 係長こそ、もう少し成長すれば良かったですね」


 ニコラは、自分の額の上に手をかざす。


「誰が背丈の話をしたのです。そもそも、私は平均値です」


 きっちり返してくる上司に、ニコラはニヤリと笑みを浮かべた。


「自分で考えるようにとか何とか言って、本当は、言いたくないだけなんじゃないですか?」

「さて。どうでしょうね?」


 半ば、くだらない言い合いをしているうちに、二人は教会の扉口の前に着いていた。


 教会の扉は閉ざされていた。

 今し方、葬送の列がここから出発したばかりであったが、季節は冬。室内の暖気を逃さないための措置であろうことは、言うまでもない。

 吹き付ける木枯らしで幾分乱れた銀糸の髪を後ろに撫で付け、コートのしわを叩き伸ばすと、ヴィクトーは扉を叩く。

 ニコラは首の後ろを掻きながら、ため息を一つ。上司に習って簡単に身なりを整えた。


「はぁい。どうされました? 忘れ物ですか?」


 特に警戒などした様子もなく、外開きの扉が開かれ、中から出てきたのは 年若い女性。
 服装からして、修道女見習いだろうか。

 彼女は、外に立つ刑事二人と目が合うと、『あっ!』と小さく声をあげて、後ずさった。
 
 逆に、ヴィクトーは一歩踏み込む。


「驚かせてしまったでしょうか? 一応先に、連絡は入れたのですが。私、ヴィクトー=シュバリエと申しまして、刑事をしております」


 ヴィクトーが、コートの胸ポケットから警察手帳を取り出し提示すると、女性はオドオドと、後ろを振り返っている。


(では、彼女は知らされていなかったのか。可哀想に。扉を開けた途端、ヴィクトー刑事がいたら、俺だって泣きそうになる)


 思わず同情しつつ、その気の毒な女性に向かって、ニコラは笑顔で会釈をした。

 途端、女性の顔がぽっと色付く。
 彼女は頬を両手で押さえると、踵を返した。


「お、お待ち下さい! 今、確認してきます!」


 そう言って、彼女は走り去っていった。


「罪作りなことですね」


 半眼でヴィクトーが言うので、ニコラは少し気分を良くした。
 怖いくらい整った顔立ちをした上司よりも、女性にモテるというのは、正直悪い気はしない。

 と、そこに、先ほどの女性が、何人かのシスターを連れて戻ってきたようだ。
 彼女たちは、通路の角からこちらを覗き見て、すぐに元来た通路に引っ込む。


「きゃぁ~。ヴィクトー刑事よ」

「今日も麗しいわ」

「渋くて素敵!目の保養よね~」

「羨ましい。お話しできたなんて、あなた運がいいわよ」

「あら。今日は、いつものごつい部下じゃなくて、可愛い坊やが一緒なのね。初めて見る子だわ」

「とりあえず、マザーポーリンを呼びましょう」


 本人たちは、こっそり話しているつもりだろうが、天井の高い前室は、よく響く。故に、彼女らの声は、入り口付近までしっかりと聞こえていた。


「どっちが……」


 何となく負けた気がして、ニコラはぼそりと吐き捨てる。


「社交辞令でしょう」


 一方のヴィクトーは、どこ吹く風だ。

 二人はしばし沈黙した。

 若干忌々しく思いつつも、ニコラは気持ちを切り替える。
 この上司は離れて見る分には良いが、隣に置きたい種類の人間ではないのだと、自分を納得させて。


(それよりも……)


 と、ニコラは考える。
 
(外から見た時は『古びた教会』といったイメージだったけど、内部を見ると どうしてなかなか……)


「へぇ。簡素な造りですが、しっかり補修されてますし、調度品なんかも物が良さそうだ」


 うっかり感想が口からこぼれていた。
 ヴィクトーは瞬きすると、ニコラに視線を向け、微かに微笑む。


「ほう。目は良いようですね?」

「貶してます?」


 半眼で尋ねるニコラに、ヴィクトーはクスリと笑った。


「いいえ。この上なく褒めています」

「本当かな~」


 ニコラが明後日の方向を見ながらぼやいた時、通路を曲がって、老齢の修道女が姿を現した。




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