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職人の街ドワーレ(4)
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「ジャンヌ!」
紀宝の叫びに、一條は飛び込んできた黒犬を一撃で叩き切ると同時に後退、背中を彼女と合わせ、お互い無言で回転、立ち位置を入れ替えた。
一條が人型のロキと相対、紀宝が周囲の黒犬を見る形だ。
その勢いのまま、真下から切り上げていく。
「っ!」
が、交差させた二本の腕で受け止められる。
一條なりに不意を突いた攻撃だったが、いとも容易く防がれた事に、苦虫を噛みつぶした。
「こ……のっ!」
他のロキと同様、顔部分には一応、目や鼻、口と言った物があるが、実物として機能しているかは相変わらず判然としない。が、一瞬たりとも目を離さず、臆せずに相手と打ち合っていく。
それも、以前の様に真正面から我武者羅に振るうのではなく、動きに合わせ、正確に切り結んでいく。
と言っても、一條が剣を振るっているのに対して、向こうは二本の腕を振り回しているだけだ。
単純に硬いだけのそれでも、身体全体を使って振るえば、十分に強力な武器であるのに違いは無い。現に先程から、紀宝や一條が受け流したり避けた腕の一撃で、周囲の黒犬型が数匹潰されて、或いは吹き飛んで霧散しているのだ。
人間の身でまともに食らえば、当然、無傷では済まないだろう。
隊列を組んで行軍していた割に、ロキの中では上下関係に厳しいものがあるらしい。
「らぁっ!」
何合目か数えるのも億劫な打ち合いの中で強引に隙を作り、そこへ、空となった鞘による一撃を頭部目掛けて叩き込む。
小気味良い音と共に鞘は壊れたが、ロキの体勢も崩れた為、すかさず大上段からの幹竹割り。
右手一本に力を込め、振り下ろす。
――これでっ。
直撃の軌道を描いた剣は、しかし、横から伸びてきた右腕に防がれた。
正確に言えば、右腕と右肩で以て受け止められた形である。
「ま、じかぁ……っ!?」
刃は、肩口を僅かばかり押し込んだ所で完全に停止していた。
――不味いっ。
と、一條が思った瞬間には、左腕で刀身を折られた為、咄嗟に前蹴りを決め、距離を離す。
不格好だったとはいえ、蹴った脚の方が痛みからか痺れる感じがする。先程からの剣戟もそうだが、人型ロキが相当の硬さを誇ってる、と言う事実に飽き飽きしてくる。
こんなのを素手で殴ってる奴の気がしれないが、
「不死身のラッコちゃんかお前は!」
それとは別に、思わず少し前までやっていた番組名を叫んだが、通じたのは背中越しに連撃をかましてる格闘家だ。
「そういえばあの主人公も能力が全身特殊合金並みの硬さ、って設定だったわね。砲弾も楽々弾く少女ってのはどうなんだろうと思ってたけど、敵にするとおっそろしいわ」
「中盤から敵すらほぼ諦めて搦め手使うしかない頑丈さだったからなぁ。……なんだっけ。『硬さは正義。売られた喧嘩は百倍返し』、だっけ」
「そうそう。臆病な性格を誤魔化す為の決め台詞」
性格は変わらない故、怖くても常に最前で集中砲火を浴びる少女、と言うのが妙に受けて放送当時から注目されており、今でも支持層は多いと聞く。
一応、魔法少女物ではあるが、方向性が違うお陰か真新しさの目立つ作品であった。
――懐かしいなぁ。
感傷をそれで頭の隅へ追いやり、改めて強敵と向き合う。
「……でも、シャラとランスさんの見立ては正しかったって訳だ」
仮に目の前の人型を避けていったとしても、今度は後ろから追撃を受けるのは明白だ。
であれば、今より状況が悪くなっていてもおかしくはない。
「あんな硬さでもめっっちゃ足速いしね。っとに面倒すぎでしょこの数!」
文句を言いつつ、己の肉体で得体の知れない異生物をしばき倒していく気のしれない輩は、一條の目には改めて異端な存在に見えた。
「……何」
「平気平気。ただ、あの硬さどうするかなぁ、って」
適当な返事をしつつ三本目の剣を抜き、思考を回転させる。
――つっても、縦に切るか横に切るか位しか考えつかないんだけど。
思い描ける戦術の幅が少なく、拙い事を自覚しながら、一條は深呼吸。
狙う一撃は半ばそれ位しかないので仕方ないが、これを周囲の黒犬を避けながら、或いは蹴散らしながら放たなければならない。
むしろ、そちらの方が一條にとっては深刻である。
「向こうも準備万端って感じ。もっかい私から行くわよ、ジャンヌ」
「合点承知」
紀宝がするりと一條の隣を抜けて行くと同時、地面を蹴った。
「武器庫はもう後ろだから気にしないで!」
彼女の言う武器庫とは、後方で今も声を挙げ続けているランスと高井坂以下、精鋭達の事だろう。
最も、一條の替えの武器を下げているのはホリマーのみであるが。
とはいえ、それらを一括りにしてそう呼称するのも如何な物かと思うものの、
――こいつらしいっちゃらしいか。
顔が緩むのを感じつつ、
「邪魔ね!」
「邪魔だ!」
二人共がそれぞれ向かってきた黒犬を二匹ずつ叩いて、続け様の三つ首を二人で霧散させ、再び総大将と相対した。
周囲からの数の圧力も問題であったが、それ以上に、不気味な出で立ちをする人型のロキは見てるだけでぞっとする程の迫力がある。
金管楽器に似た甲高い音が響く。
思わず竦むが、真正面から改めて見た発声方法は、明らかに人外のそれだ。
「っ。芯から響くなぁこれ!」
紀宝の舌打ち付きの文句に、一條も頷くが、
「そもそも、こいつ口も開いてないのにどっから音出してんだって話だよ」
そちらの疑問の方が脳裏に焼き付いて離れない。
口に見える部分は開閉どころではなく、全く動いてない上、声とも違うが、確かに音は発生している。その様は、最早、悪魔と呼んで差し支えない。
「気味悪過ぎでしょ」
相変わらずばっさりと切り捨てる紀宝の物言いは、逆に心強くもある。
お互いに視線を合わせ、
「ふっ」
浅い呼吸と共に、紀宝が人型ロキへ突っ込んでいく。一條は一拍置いて、後を追う形だ。
反応して飛び込んできた黒犬の、更にその下を潜る様に紀宝が行く。
それなのに、速度は落ちる所か伸びている辺り、彼女の生来の胆力や反応速度に、身体能力が漸く追いついてきた感もある。
――俺もあれくらいは出来る様になるのかなぁ。
等と考えながら一條は、目標を失って面食らってるであろう空中の黒犬を両断し、追い縋る様に脚に力を込めた。
「せいっ!」
次の瞬間、紀宝が相手の眼前に辿り着き、戦闘を開始。
強烈な初撃は両腕で防がれたものの、続く連撃はロキとて捌ききれるものではない。
と言うより、硬さに自信があるのか、あえて身体で受けている風にも見えた。
――だと、良いんだけど、なっ!
「ミランヌ! 上を通す!」
紀宝の真後ろで、上半身を捻りながら、短く伝える。
応えは、声ではなく動作で来た。
一條の視界から一瞬で紀宝が消え、人型のロキが姿を現す。
彼女がしゃがんだのを確認する余裕はなかったが、そのまま、両手持ちによる渾身の一文字斬りを胸の辺りへお見舞いした。
直撃する。
片腕で防がれるが、貫通。
「く、そ、嘘だろ……っ」
が、胴体を半分もいかない内に刃が止まった。
またも威力を削がれていたとはいえ、この結果には一條自身も心が折れそうだ。
「ジャンヌ!」
声と同時に、一條は剣から手を離し、紀宝に押し出される様に再び距離を離す。
先程まで二人が居た所へ、右腕が振り下ろされており、留まっていたらと思うと背筋が寒くなる。
しかもその時には、肩口まで切り落とした筈の左腕が、二の腕まで再生していた。
「人型になると再生までするんか……」
とはいえ、その修復が一瞬で完了しないのは、幸いと言うべきか。
それよりも不思議なのは、胸に刺さったままの剣を一向に引き抜こうとしない所だ。見れば、徐々に胸の方も修復されている様だが、邪魔であろうそれには見向きもしない。
――突き刺さってても問題ないのか。単に気にしてないのか。
ロキのみぞ知る所ではあるが、兎も角、今一條の手に武器はない。
一応、形だけの格闘体勢を取ってみるが、視線の合った紀宝には無言で頭を横に振られる。
「ジャンヌ リスタル」
呼ばれて振り向けば、ランス以下精鋭達がそこに居た。
「漸く追いついたけど、そもそもお前ら先行し過ぎなんだよ」
高井坂の呆れた口調もそうだが、ランス達の方にも欠けた人員が居ない事が一條に僅かばかり安堵感を与える。
と言っても、大なり小なり手傷を負った者も多く、五体満足で居るのはランスと高井坂位だが、後者は別としても、前者は流石の一言だ。
「はいはい。……ランス リスター セーチェ」
「俺の扱い方とか雑じゃね? 結構頑張ったのよ俺も」
親友の言い分を軽く受け流し、
「分かった分かった。ミラ、俺武器取ってくる」
頼れる相棒の肩を叩いて一旦下がる。
「オッケー。あいつから目は離さないから、早く行ってき」
一條の動きに反応した様な犬型を一匹ぶっ飛ばしつつ、紀宝が告げた。
「で、ジャンヌ。あれは?」
「硬い。キモい。再生する」
「把握」
簡素なやり取りに二人して苦笑。それだけで意をくみ取れるのは長年の付き合いからくるものだろう。
「手強いぞ」
「知ってる」
高井坂は一條達と同じく鎧こそ着ていないものの、大盾と剣と言う端から見ても重装備であるが、足取りは軽い。
手のひらを打ち合わせる事は叶わない為、一條は彼が構えている盾を軽く小突き、即座に予備を持つホリマーの所へ。
追い縋る一匹を上手く躱し、続く一匹をランスの射程圏へ蹴り飛ばせば、後は指し示した様に彼が処理。
そのまま精鋭部隊の中へ飛び込む。
――心強い。
一條を迎え入れた瞬間、ホリマーを中心として円陣を組んだ彼らに対して思う。
休む間は当然なく、彼の馬に備え付けられた武器の付け替えに取り掛かった。
「そぉら、こっちの方が活きが良いぞ!」
盾と剣をぶつけ合い、注意を引きつける壁役の大声を背に、教えられた通りに脱着。
「ジャンヌ リスタル プローファ」
「焦らせるなってーの」
ホリマーからの指摘に、日本語で悪態を突きつつ、一條は逡巡してから四本とも持って行く事に決めた。
直後、後ろから悲鳴にも似た声を聞き、振り向けば、二つ首が居る。
飛び込みに合わせて、冷静に大上段からの幹竹割り。
人型には防がれたが、多少は柔らかいだろうこちらは問題無く両断した。
「まぁ、どうせすぐ壊れるしな、っと!」
続く一匹が、馬上のホリマーを狙ったかの様な大跳躍を見せたが、一瞬遅れた反応を、剣を投げる事で相殺する。
壊れてはいないが、相応の力で投げれば、回収が当分不可能なのは自明の理だ。
これで都合、四本目を喪失した計算であるが、一條はそれ以上考えない事にした。
「セーチェ?」
「ナルー ラ、ラウバーシ。グラン ジャンヌ リスタル」
「よし。ほらそっちも! 早く立つ! 向こうは待ってくれないぞ! プローファ! プローファ!」
蹴倒された軍人貴族に、声と柏手を打つ事で発破を掛ける。
慌てて立ち上がる動きに呼応し、周囲も再び気合いを入れ直した様だ。
――うーん。単純。
苦笑した後、馬の背を飛び越える様にして逆側に移動し、残り二本を入手。
「グラン スィオーレ! もう一度出ます!」
中央に開いた隙間を縫う様にして、一條は再度出撃した。
合わせる様にして、衝撃音が響く。
紀宝の叫びに、一條は飛び込んできた黒犬を一撃で叩き切ると同時に後退、背中を彼女と合わせ、お互い無言で回転、立ち位置を入れ替えた。
一條が人型のロキと相対、紀宝が周囲の黒犬を見る形だ。
その勢いのまま、真下から切り上げていく。
「っ!」
が、交差させた二本の腕で受け止められる。
一條なりに不意を突いた攻撃だったが、いとも容易く防がれた事に、苦虫を噛みつぶした。
「こ……のっ!」
他のロキと同様、顔部分には一応、目や鼻、口と言った物があるが、実物として機能しているかは相変わらず判然としない。が、一瞬たりとも目を離さず、臆せずに相手と打ち合っていく。
それも、以前の様に真正面から我武者羅に振るうのではなく、動きに合わせ、正確に切り結んでいく。
と言っても、一條が剣を振るっているのに対して、向こうは二本の腕を振り回しているだけだ。
単純に硬いだけのそれでも、身体全体を使って振るえば、十分に強力な武器であるのに違いは無い。現に先程から、紀宝や一條が受け流したり避けた腕の一撃で、周囲の黒犬型が数匹潰されて、或いは吹き飛んで霧散しているのだ。
人間の身でまともに食らえば、当然、無傷では済まないだろう。
隊列を組んで行軍していた割に、ロキの中では上下関係に厳しいものがあるらしい。
「らぁっ!」
何合目か数えるのも億劫な打ち合いの中で強引に隙を作り、そこへ、空となった鞘による一撃を頭部目掛けて叩き込む。
小気味良い音と共に鞘は壊れたが、ロキの体勢も崩れた為、すかさず大上段からの幹竹割り。
右手一本に力を込め、振り下ろす。
――これでっ。
直撃の軌道を描いた剣は、しかし、横から伸びてきた右腕に防がれた。
正確に言えば、右腕と右肩で以て受け止められた形である。
「ま、じかぁ……っ!?」
刃は、肩口を僅かばかり押し込んだ所で完全に停止していた。
――不味いっ。
と、一條が思った瞬間には、左腕で刀身を折られた為、咄嗟に前蹴りを決め、距離を離す。
不格好だったとはいえ、蹴った脚の方が痛みからか痺れる感じがする。先程からの剣戟もそうだが、人型ロキが相当の硬さを誇ってる、と言う事実に飽き飽きしてくる。
こんなのを素手で殴ってる奴の気がしれないが、
「不死身のラッコちゃんかお前は!」
それとは別に、思わず少し前までやっていた番組名を叫んだが、通じたのは背中越しに連撃をかましてる格闘家だ。
「そういえばあの主人公も能力が全身特殊合金並みの硬さ、って設定だったわね。砲弾も楽々弾く少女ってのはどうなんだろうと思ってたけど、敵にするとおっそろしいわ」
「中盤から敵すらほぼ諦めて搦め手使うしかない頑丈さだったからなぁ。……なんだっけ。『硬さは正義。売られた喧嘩は百倍返し』、だっけ」
「そうそう。臆病な性格を誤魔化す為の決め台詞」
性格は変わらない故、怖くても常に最前で集中砲火を浴びる少女、と言うのが妙に受けて放送当時から注目されており、今でも支持層は多いと聞く。
一応、魔法少女物ではあるが、方向性が違うお陰か真新しさの目立つ作品であった。
――懐かしいなぁ。
感傷をそれで頭の隅へ追いやり、改めて強敵と向き合う。
「……でも、シャラとランスさんの見立ては正しかったって訳だ」
仮に目の前の人型を避けていったとしても、今度は後ろから追撃を受けるのは明白だ。
であれば、今より状況が悪くなっていてもおかしくはない。
「あんな硬さでもめっっちゃ足速いしね。っとに面倒すぎでしょこの数!」
文句を言いつつ、己の肉体で得体の知れない異生物をしばき倒していく気のしれない輩は、一條の目には改めて異端な存在に見えた。
「……何」
「平気平気。ただ、あの硬さどうするかなぁ、って」
適当な返事をしつつ三本目の剣を抜き、思考を回転させる。
――つっても、縦に切るか横に切るか位しか考えつかないんだけど。
思い描ける戦術の幅が少なく、拙い事を自覚しながら、一條は深呼吸。
狙う一撃は半ばそれ位しかないので仕方ないが、これを周囲の黒犬を避けながら、或いは蹴散らしながら放たなければならない。
むしろ、そちらの方が一條にとっては深刻である。
「向こうも準備万端って感じ。もっかい私から行くわよ、ジャンヌ」
「合点承知」
紀宝がするりと一條の隣を抜けて行くと同時、地面を蹴った。
「武器庫はもう後ろだから気にしないで!」
彼女の言う武器庫とは、後方で今も声を挙げ続けているランスと高井坂以下、精鋭達の事だろう。
最も、一條の替えの武器を下げているのはホリマーのみであるが。
とはいえ、それらを一括りにしてそう呼称するのも如何な物かと思うものの、
――こいつらしいっちゃらしいか。
顔が緩むのを感じつつ、
「邪魔ね!」
「邪魔だ!」
二人共がそれぞれ向かってきた黒犬を二匹ずつ叩いて、続け様の三つ首を二人で霧散させ、再び総大将と相対した。
周囲からの数の圧力も問題であったが、それ以上に、不気味な出で立ちをする人型のロキは見てるだけでぞっとする程の迫力がある。
金管楽器に似た甲高い音が響く。
思わず竦むが、真正面から改めて見た発声方法は、明らかに人外のそれだ。
「っ。芯から響くなぁこれ!」
紀宝の舌打ち付きの文句に、一條も頷くが、
「そもそも、こいつ口も開いてないのにどっから音出してんだって話だよ」
そちらの疑問の方が脳裏に焼き付いて離れない。
口に見える部分は開閉どころではなく、全く動いてない上、声とも違うが、確かに音は発生している。その様は、最早、悪魔と呼んで差し支えない。
「気味悪過ぎでしょ」
相変わらずばっさりと切り捨てる紀宝の物言いは、逆に心強くもある。
お互いに視線を合わせ、
「ふっ」
浅い呼吸と共に、紀宝が人型ロキへ突っ込んでいく。一條は一拍置いて、後を追う形だ。
反応して飛び込んできた黒犬の、更にその下を潜る様に紀宝が行く。
それなのに、速度は落ちる所か伸びている辺り、彼女の生来の胆力や反応速度に、身体能力が漸く追いついてきた感もある。
――俺もあれくらいは出来る様になるのかなぁ。
等と考えながら一條は、目標を失って面食らってるであろう空中の黒犬を両断し、追い縋る様に脚に力を込めた。
「せいっ!」
次の瞬間、紀宝が相手の眼前に辿り着き、戦闘を開始。
強烈な初撃は両腕で防がれたものの、続く連撃はロキとて捌ききれるものではない。
と言うより、硬さに自信があるのか、あえて身体で受けている風にも見えた。
――だと、良いんだけど、なっ!
「ミランヌ! 上を通す!」
紀宝の真後ろで、上半身を捻りながら、短く伝える。
応えは、声ではなく動作で来た。
一條の視界から一瞬で紀宝が消え、人型のロキが姿を現す。
彼女がしゃがんだのを確認する余裕はなかったが、そのまま、両手持ちによる渾身の一文字斬りを胸の辺りへお見舞いした。
直撃する。
片腕で防がれるが、貫通。
「く、そ、嘘だろ……っ」
が、胴体を半分もいかない内に刃が止まった。
またも威力を削がれていたとはいえ、この結果には一條自身も心が折れそうだ。
「ジャンヌ!」
声と同時に、一條は剣から手を離し、紀宝に押し出される様に再び距離を離す。
先程まで二人が居た所へ、右腕が振り下ろされており、留まっていたらと思うと背筋が寒くなる。
しかもその時には、肩口まで切り落とした筈の左腕が、二の腕まで再生していた。
「人型になると再生までするんか……」
とはいえ、その修復が一瞬で完了しないのは、幸いと言うべきか。
それよりも不思議なのは、胸に刺さったままの剣を一向に引き抜こうとしない所だ。見れば、徐々に胸の方も修復されている様だが、邪魔であろうそれには見向きもしない。
――突き刺さってても問題ないのか。単に気にしてないのか。
ロキのみぞ知る所ではあるが、兎も角、今一條の手に武器はない。
一応、形だけの格闘体勢を取ってみるが、視線の合った紀宝には無言で頭を横に振られる。
「ジャンヌ リスタル」
呼ばれて振り向けば、ランス以下精鋭達がそこに居た。
「漸く追いついたけど、そもそもお前ら先行し過ぎなんだよ」
高井坂の呆れた口調もそうだが、ランス達の方にも欠けた人員が居ない事が一條に僅かばかり安堵感を与える。
と言っても、大なり小なり手傷を負った者も多く、五体満足で居るのはランスと高井坂位だが、後者は別としても、前者は流石の一言だ。
「はいはい。……ランス リスター セーチェ」
「俺の扱い方とか雑じゃね? 結構頑張ったのよ俺も」
親友の言い分を軽く受け流し、
「分かった分かった。ミラ、俺武器取ってくる」
頼れる相棒の肩を叩いて一旦下がる。
「オッケー。あいつから目は離さないから、早く行ってき」
一條の動きに反応した様な犬型を一匹ぶっ飛ばしつつ、紀宝が告げた。
「で、ジャンヌ。あれは?」
「硬い。キモい。再生する」
「把握」
簡素なやり取りに二人して苦笑。それだけで意をくみ取れるのは長年の付き合いからくるものだろう。
「手強いぞ」
「知ってる」
高井坂は一條達と同じく鎧こそ着ていないものの、大盾と剣と言う端から見ても重装備であるが、足取りは軽い。
手のひらを打ち合わせる事は叶わない為、一條は彼が構えている盾を軽く小突き、即座に予備を持つホリマーの所へ。
追い縋る一匹を上手く躱し、続く一匹をランスの射程圏へ蹴り飛ばせば、後は指し示した様に彼が処理。
そのまま精鋭部隊の中へ飛び込む。
――心強い。
一條を迎え入れた瞬間、ホリマーを中心として円陣を組んだ彼らに対して思う。
休む間は当然なく、彼の馬に備え付けられた武器の付け替えに取り掛かった。
「そぉら、こっちの方が活きが良いぞ!」
盾と剣をぶつけ合い、注意を引きつける壁役の大声を背に、教えられた通りに脱着。
「ジャンヌ リスタル プローファ」
「焦らせるなってーの」
ホリマーからの指摘に、日本語で悪態を突きつつ、一條は逡巡してから四本とも持って行く事に決めた。
直後、後ろから悲鳴にも似た声を聞き、振り向けば、二つ首が居る。
飛び込みに合わせて、冷静に大上段からの幹竹割り。
人型には防がれたが、多少は柔らかいだろうこちらは問題無く両断した。
「まぁ、どうせすぐ壊れるしな、っと!」
続く一匹が、馬上のホリマーを狙ったかの様な大跳躍を見せたが、一瞬遅れた反応を、剣を投げる事で相殺する。
壊れてはいないが、相応の力で投げれば、回収が当分不可能なのは自明の理だ。
これで都合、四本目を喪失した計算であるが、一條はそれ以上考えない事にした。
「セーチェ?」
「ナルー ラ、ラウバーシ。グラン ジャンヌ リスタル」
「よし。ほらそっちも! 早く立つ! 向こうは待ってくれないぞ! プローファ! プローファ!」
蹴倒された軍人貴族に、声と柏手を打つ事で発破を掛ける。
慌てて立ち上がる動きに呼応し、周囲も再び気合いを入れ直した様だ。
――うーん。単純。
苦笑した後、馬の背を飛び越える様にして逆側に移動し、残り二本を入手。
「グラン スィオーレ! もう一度出ます!」
中央に開いた隙間を縫う様にして、一條は再度出撃した。
合わせる様にして、衝撃音が響く。
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