海月のこな

白い靴下の猫

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イヌハッカの洞窟

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今やルウイは、アルトのそばを離れても、破片を体に押し込まなくても、スタックやハンターに感応できる。青い点滅の次元もよく見える。
力自体が強くなったのだろうか。それとも、一度感応した相手に行き着くのは簡単なのだろうか。
いずれにせよ体力的な消耗も軽微になったのは嬉しい誤算だった。
できるところまで、頑張ろう。
ルウイはゆっくりと深呼吸をした。
今はまだ、この次元でのハンターの気配は感じない。こちらの方が時間の流れが速いらしい。準備する時間はきっとある。
自分に向くスパイの数を減らし、自分が消えても現状が維持できる体制を作る。
何とかしてコレクターやハンターの監視から逃れる術を探す。
監視から逃れられれば、凍結ポッドの妊婦のなかの胎児の性別を確認しに行く。だが監視から逃れられなければ、断固として秘匿、性別の確認前にばれたら凍結ポッドごと完全に破壊。
ハンターと戦う直前には、受精卵、も考えざるを得ない。
戦って、勝てればいい。でもだめなら、死ぬ前に自分のサンプルとしての価値を下げなければ。具体的には卵子のDNAレベルでの破壊。
順番は、これでいいはず。

自分が居なくても、パセルとレグラムを安泰にするには。まずはサジルだ。
サジルがケセルの部下ではないかという噂は確かにあった。しかし、ルウイはとうの昔に、サジルの帰属がシヨラだということを知っている。
アルトにはまだ、必要以上にシヨラを警戒させたくなくて黙っていただけだ。
だが、ルウイにとっても、サジルがシヨラの姫ヨナのために、シヨラ王を切る覚悟まであるかということになると、外観からは判断がつきかねた。
かなりの確率で、サジル自身分かっていないのだとおもう。
はっきりさせてもらおうか。
それによってルウイのシナリオも随分違ってくる。
ルウイは、腹を決めて、洞窟に入った。
大して待つ必要はないはずだ。

静かに人の気配が増えていく。
「サクシアにとって大事な薬があるから、ここなら安全だと?」
薄暗いのに初対面なのに、そして何より、不意打ちやトラップを掛け合うのが普通なのに。サジルはルウイが聞いていると疑っていない声で静かに話しかけてきた。
「思ってないわ。あなたを待っていただけ。お互い、不利すぎる場所も有利すぎる場所も会いづらいでしょう?」
ルウイも静かに答える。
「愚かかと。私はここに薬草があっても平気で火をつけ、ここがサクシア軍の拠点であってもあなたを殺して出ていきます」
洞窟の出口を十数人の兵士で固めて、サジルは洞窟のルウイと対峙した。
極端に細身の剣を抜いている。
「あは、やっぱ女性よねえ。初めはあんまり強引だからヨナ姫の恋人かと思っちゃったわ」
ルウイはゆったりと毛皮の敷ものに足を伸ばし、のんびりと話しかけた。
剣を抜いて横で守っているのは、ポリンとサキの二人きりだが、サジルの殺気に慌てるふうでもない。
「・・・それを知ってどうする。いまから死ぬのに?」
「そうとも限らない」
サジルの部下が、乾燥したイヌハッカの山に向けて火矢を射ろうとした時、鈍い音とうめき声が続いて起こった。
投石機を備えた数十人の兵士が、洞窟の出口に見える。洞窟内に入り込んだケセルと、いかにも動きの切れる数人がサジル達を囲もうとしている。
「うちの客人と薬に危害を加えるなら、お前らは全員死ぬが?」
「ケセル王?!」
ぎりっと歯を噛み締める音が聞こえるような、サジルの声音。
事情のわからぬ一般の兵士をかいくぐる自信はあっても、明確な目的を持ってケセル本人と最精鋭の部隊が囲んでくるとは思っていなかったのだ。
だが判断は早かった。
サジルが部下の火矢を自分の小袋に刺して投げると、すぐに煙幕が立ち込める。
「引け!」
仲間にはそう命じておいて、サジル自身は、ケセルの部下に突っ込んでいこうとする。
ひとりでも逃げ延びろ、そう心の中で付け加えたのが聞こえるようだ。
だが、サジルが走り出そうとした瞬間、
「リナ!話がある!」
煙にも惑わされず、ルウイが真っ直ぐにサジルを見つめて叫んだ。
リナというのはサジルがミセルに師事していた時の呼び名だった。使っている技術のルーツであり、サジルを潰せる情報の所在であり、命を助けてもらった恩のありかだ。
サジルの動きがびくっと止まる。
それを見て、ケセルの指示がとぶ。
「囲むだけだ!まだ傷はつけるな!」
煙幕の発生源だった小袋はポリンがかけた粉末で既にぷすりとも言わなくなっていた。
サジルの部下は動きを封じられ、洞窟内はあっという間に静かになった。
「相変わらず、引き出しが多いな。・・先師?」
ケセルは、油断なく部下に間合いを詰めさせながら、感心したようにルウイに話しかける。
「お騒がせ」
ルウイは軽く手を挙げて、ケセルをねぎらった。
「示し合わせていたように言われる筋合いはないぞ」
とケセルは苦笑モードだ。
「ちょっと、サジルと二人で話があるのだけど、いいかな。十分もあれば終わる」
ケセルは完全に戦意を喪失して立ちすくむサジルを数秒眺めてから言った。
「わかった。外で待っている」
ケセルは部下の戦闘態勢を解かせて洞窟をでた。
「リナ、部下は逃がしてもいい。話があるの」
リナと呼ばれたサジルはルウイに跪き、部下に対してはもう一度、「引け」と口にした。
だが、部下たちはだれも動かない。
「近くに来て」
サジルは、ルウイの固定された足を見て、遠目の間合いで膝をついた。
「いいから」
ルウイが促す。これ以上近寄れば、その気になれば足の利かないルウイなど絞め殺せそうな位置だ。それでもルウイが呼ぶので、サジルは膝をついたまま近寄った。
それを見て、ルウイは微笑みながらはっきりと口に出した。
「ヨナだけににつく気があるなら、協力は惜しまない」
口に出せない思いを外部から突きつけられて動揺が隠せなかったのは、サジルよりも部下たちに思えた。
サジルは覚悟をしていたように聞き返した。
「・・・シヨラ王を捨てろとおおせですか?」
「まあね。それともシヨラを捨てる?あんな男色ボケした王に子を与えてまで守りたかった国を?娘を見殺しにして?領土を疫病の苗床にして?恥知らずの国と他国中に蔑まされて?」
ルウイの疑問が重なるごとに、サジルは身を竦ませた。抱えきれない秘密が外気にさらされ、やるせない涙が顔半分を覆った布に落ちる。
ルウイはもう決まったことのように言葉を繋いだ。
「アルトもケセルも私と組む。ヨナはアルトの助けを借りて王よりもシヨラそのものを取る。あなたさえ腹をくくれば、パセルとシヨラとレグラムとサクシアの4国には、ホットラインができるわ。パセルとレグラムとサクシアが一枚岩ならどの国も抑えられる。万一秘密がばれてもシヨラは生き延びられるわ。」
「そんな、ことが・・・」
くす。
「『そんなことができますか』前も、ミセルとラウルにそうきいたんじゃないの?リナ。簡単だったでしょう?あなたが男色の王の子を産んであげるくらい。さっきの煙幕もパセルの調合よね」
薬草に対しても鉱物に対しても、パセルの技術は群を抜いている。性的嗜好も余裕で捻じ曲げるような幻覚剤を使いこなせるのは、セリナやミセルたちの築いた技術だけだ。
正室も側室もおらず、あそこまで徹底した男色のシヨラ王に子供がいるのは不自然だ。
ヨナの出生時期から逆算して、ミセルの記憶を掘り返させると、あっという間にひとりの娘にたどり着いた。
リナ。砂漠で死にぞこなっているところをミセルに拾われ、一時期ラウルとミセルの実験の手伝いをしていたという娘の名だ。シヨラ建国期から諜報を請け負っていた家柄サジル家の一人娘、生真面目な子だったらしい。
「あな、たは、神、か」
サジルがしずかに聞く。
「いや全然!だから、今のシヨラの腐敗はきっぱり迷惑でしかない。王を切除するか、シヨラごと息絶えるか、早めに決めて」
ルウイが味方に付けば、ヨナは必ず生きる。覚悟の決め時だった。
サジルは膝をついたまま、部下のほうに向き直った。
「私は、このまま生きていれば、王よりも国を取る。気に入らぬものは、私を討って良い」
サジルの部下たちは次々と膝を折った。
十分に待ってから、サジルはルウイに向かって拝礼をした。
「パセルの英知よ。ヨナ姫とシヨラの民をお守りください。サジルとその配下はあなた様になんなりと差し出しましょう」

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