29 / 48
シヨラの姫
しおりを挟む
だが、アルトは翌日の朝には、それが不可能なことを知った。
ローが私室に押し入ってまで、アルトに告げたのだ。
「シヨラのヨナ姫があなたの正妻になられます。シヨラ王の特別なご配慮で、明後日に公になり、十日後にはご到着されます。どうぞご準備を」
父王はアルトが女性を引っ張ってきても文句を言わない代わりに、自分も勝手にねじ込んでくる。
それよりなにより、このスピードは裏に誰かいる。
振り切っても、なぎ払っても這い上ってくる公務。正妃の座を知らぬ間に埋められたくなければ、放っておくわけには行かなかった。激しい舌打ちを残して、アルトは執務室に向かった。
アルトは。文句を言うでもなく、ルウイをただ腕の中に入れて眠らせてくれる。
「やさしい、よなぁ」
ルウイは、アルトの綺麗な寝顔を見てつぶやいた。
アルトの腕の中にいると、感応力が増していくのがわかる。
アルトがいないときは、金属もどきを傷つけて、にじみ出てきた「何か」をナイフの先ですくって、腕の傷につきたてていたけれど。
いまや、なにも体に入れなくても。
こんな風に、辿れば・・・。意識を集約させた途端に、頭の中に響く声。とてもはっきり聞こえる。
“スタック!ハンターのコードにトラップをいれてくれ!近くの死体を動かせるやつをたのむ”
みつけた。こいつだ。耳をすます、深く、深く。
気が付いた時には、体が冷え切っていて、乾ききった唇を噛んでしまったらしく血がにじんでいた。
ああ、ずいぶん分かったな。
良い情報としては、受精卵さえあれば、特に男性の個体は必要ないらしいということ。
これは不幸中の幸いだった。
アルトやミセルに興味を向けさせないためには、ルウイが受精卵を作るという手がひとつある。もう一つは、ルウイ自体のサンプルとしての価値をなくす。要するにサンプル採取計画自体の失敗。
例えば死亡後、回収される前にルウイの肉体の損傷が進めば、男性個体のサンプルは不要になる。
神の船の廃棄燃料は下手に蓋を開けるとα線がDNAを損傷するらしい。あれを使えば卵もDNAもサンプルとしての価値はなくなるだろう。たぶん自分も死ぬので、できればやりたくはないけれど。
悪い情報は、適合する個体、要するにアルトたちは、ルウイ限定で適合するわけではないということ。他のTの女性とも適合してしまう。
パセルの王廟にある凍結ポッドが思い浮かぶ。神の船で死んだ妊婦たち。コレクターは気づいていない。だが彼女らも、ルウイと母親と一緒に割れた太陽に乗ったTの女で、保存状態は極めて良い。うまくすれば、ルウイのかわりに、この妊婦たちを差し出せば済むかもしれない。
だが、最悪の場合、簡単に言うと胎児に男性がいない場合、ルウイから興味がそれて、アルトやミセルだけがコレクターに狙われる可能性がある。考えるのも生理的に嫌だけれど、アルトたちは、あの死体との受精にも使えてしまうことになるからだ。ルウイにわからないところで、アルトたちがコレクターに狩られる?
そんなことは、絶対にゆるさない。
数日後、伝言板にメッセージが流れたのを確認して、ルウイは出かけていった。
馬車で行くから、無理しないから、レグラム王のフォローはするから、ケセルにもシヨラ王にも絶対負けないから。骨折を無理やり手伝わせたのを悪いと思ったのか、ルウイはアルトの不安を拭おうと、たくさんの約束をした。
だがどれをとってもまったく安心できない。
アルトは凄絶な不安のなかに残された。
ローが私室に押し入ってまで、アルトに告げたのだ。
「シヨラのヨナ姫があなたの正妻になられます。シヨラ王の特別なご配慮で、明後日に公になり、十日後にはご到着されます。どうぞご準備を」
父王はアルトが女性を引っ張ってきても文句を言わない代わりに、自分も勝手にねじ込んでくる。
それよりなにより、このスピードは裏に誰かいる。
振り切っても、なぎ払っても這い上ってくる公務。正妃の座を知らぬ間に埋められたくなければ、放っておくわけには行かなかった。激しい舌打ちを残して、アルトは執務室に向かった。
アルトは。文句を言うでもなく、ルウイをただ腕の中に入れて眠らせてくれる。
「やさしい、よなぁ」
ルウイは、アルトの綺麗な寝顔を見てつぶやいた。
アルトの腕の中にいると、感応力が増していくのがわかる。
アルトがいないときは、金属もどきを傷つけて、にじみ出てきた「何か」をナイフの先ですくって、腕の傷につきたてていたけれど。
いまや、なにも体に入れなくても。
こんな風に、辿れば・・・。意識を集約させた途端に、頭の中に響く声。とてもはっきり聞こえる。
“スタック!ハンターのコードにトラップをいれてくれ!近くの死体を動かせるやつをたのむ”
みつけた。こいつだ。耳をすます、深く、深く。
気が付いた時には、体が冷え切っていて、乾ききった唇を噛んでしまったらしく血がにじんでいた。
ああ、ずいぶん分かったな。
良い情報としては、受精卵さえあれば、特に男性の個体は必要ないらしいということ。
これは不幸中の幸いだった。
アルトやミセルに興味を向けさせないためには、ルウイが受精卵を作るという手がひとつある。もう一つは、ルウイ自体のサンプルとしての価値をなくす。要するにサンプル採取計画自体の失敗。
例えば死亡後、回収される前にルウイの肉体の損傷が進めば、男性個体のサンプルは不要になる。
神の船の廃棄燃料は下手に蓋を開けるとα線がDNAを損傷するらしい。あれを使えば卵もDNAもサンプルとしての価値はなくなるだろう。たぶん自分も死ぬので、できればやりたくはないけれど。
悪い情報は、適合する個体、要するにアルトたちは、ルウイ限定で適合するわけではないということ。他のTの女性とも適合してしまう。
パセルの王廟にある凍結ポッドが思い浮かぶ。神の船で死んだ妊婦たち。コレクターは気づいていない。だが彼女らも、ルウイと母親と一緒に割れた太陽に乗ったTの女で、保存状態は極めて良い。うまくすれば、ルウイのかわりに、この妊婦たちを差し出せば済むかもしれない。
だが、最悪の場合、簡単に言うと胎児に男性がいない場合、ルウイから興味がそれて、アルトやミセルだけがコレクターに狙われる可能性がある。考えるのも生理的に嫌だけれど、アルトたちは、あの死体との受精にも使えてしまうことになるからだ。ルウイにわからないところで、アルトたちがコレクターに狩られる?
そんなことは、絶対にゆるさない。
数日後、伝言板にメッセージが流れたのを確認して、ルウイは出かけていった。
馬車で行くから、無理しないから、レグラム王のフォローはするから、ケセルにもシヨラ王にも絶対負けないから。骨折を無理やり手伝わせたのを悪いと思ったのか、ルウイはアルトの不安を拭おうと、たくさんの約束をした。
だがどれをとってもまったく安心できない。
アルトは凄絶な不安のなかに残された。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました
宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー
私の何がダメだったの?
ずぶ濡れシリーズ第二弾です。
※ 最後まで書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる