紅蓮の島にて、永久の夢

文月 沙織

文字の大きさ
1 / 298

女神の寵児 一

しおりを挟む
「来週はいよいよ結婚式だな、アレクサンダー」
 叔父トマスは珍しく笑顔でにこやかに告げた。
 アレクサンダー=フォン=モールは普段はあまりこの叔父が好きでなかったが、さすがに自分の結婚式のことを持ち出されて、曖昧な笑顔を作ってみせる。
 アレクサンダーは、ちょうど叔父とその息子であり従弟であるカールと三人で、船で一番見晴らしが良い船上のカフェで午後のお茶を楽しんでいたところだ。
 巨大な船の甲板の上をさわやかな風が吹きめぐり、作業している船夫たちや、飲み物をはこぶウェイトレス、甲板での散歩をたのしむ客たちの頬を撫でていく。この時期のエーゲ海の空は、神の造りたもうた芸術である。
「ええ。……アディーレが結婚式はぜひ六月とのぞんでいたので」
 昔から六月の花嫁は縁起が良いという。
「アディーレの花嫁姿が今から楽しみなんじゃないかい、アレク?」
 カールが笑うと茶褐色のまつ毛がふるえる。
 カールは歳はアレクサンダーより二つ年下の二十四歳だが、まだどこかやんちゃな少年めいたところがあり、アレクサンダーは叔父は苦手だが、彼には好意をもっていた。
「純白のウエディングドレスに身をつつんだアディーレは、きっと美の女神のように綺麗だろうね。今から目に浮かぶよ」
 そう言うカールの鳶色の瞳にほのかに翳がちらつく。カールは髪と目の色は父親似だが、顔立ちは早くに亡くなった叔母に似たらしく、なかなか整っている。アレクサンダーのようにいかにも貴族らしい高貴な容貌というのではないが、親しみやすい気さくな顔立ちで女性には人気があるようで、学生時代から女友達にはこと欠かない。もっとも誰と付き合っても三カ月ともたなかったが。
 そんな彼が自分の許嫁いいなずけに、ほのかな恋心を抱いていることを、アレクサンダーは知っていた。
 べつに腹は立たなかった。むしろ、カールの淡くも初めての真剣な初恋をほほえましくさえ思っている。
(アディールとの結婚は、もう少し考えた方が良かったかな……)
 早まった、と思ってはアディーレに悪いが、アレクサンダーはまだ結婚する気はなかったのだ。
 これから軍人としてすべきことは山ほどあるし、もっと世間を見ていろいろ勉強したいと思っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年達は吊るされた姿で甘く残酷に躾けられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...