昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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終末の夏 五

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 よくしゃべり、笑い、感情のあらわれが目立つようになったのだ。それまでの姉といったら、口数少なく、表情の変化もとぼしく、どこか暗い感じのするところがあり――それは、弟の欲目でいえば、思索的で知的とも言い変えられるのだが――、そういったところが消えて、よくいえば快活、悪くいえば軽薄になったのだ。
 姉は戦時中の非常時のころであるというのに、しょっちゅう出歩くようになり、それまではさほど付き合いのなかった政府高官の子息や大富豪の令息らと交わるようになった。最初僕は、女遊びなどいくらでもできる立場の男性たちが、姉に興味をもつというのが不思議だったが、姉はたしかに美女を見慣れた男たちであってさえ、惹きつけるほどの魅力を持っていた。
 こういう時局であり、しかも警察から目をつけられている〝不良〟の姉だが、相手がかなりの特権階級の人間であるので、警察も手の出しようがない。 
 さらに、時局に似合わぬ不謹慎なふるまいはあっても、反体制、反社会的な活動に与してはいなかったので、警察もさほど文句をつける理由はなかったのだろう。
 姉が付きあっていたA氏は、その後も反社会活動に参加したせいで、不良華族とみなされ、礼遇廃止処分を受けたと聞く。
 彼とのことは終わったと家族は見なしていたが、これが、また甘かった。
 のちにこのA氏、戦争末期のころに、あろうことか敵国であるソ連に亡命したのである。姉も彼とともに去っていった。これは姉が逮捕されたときよりも、自殺をこころみたときよりも、両親、ことに母にとっては衝撃だった。
 姉たちは、直接ソ連にわたったわけではなく、香港に向かい、そこからソ連に向かったと聞いた。もはや国賊である。
 だが、どのみちそのあとしばらくして日本は戦争に負け、華族社会は崩壊し、我が家も没落と壊滅に向かっていったわけで、そんな未曾有の騒動のなかで、姉の醜聞など、いっとき口やかましい連中にさんざんに言われはしたものの、その後すぐ消えていった。
 一人の金持ちのどら娘の乱行なぞ、かまっていられない、というのが本当のところだろう。誰しもが生き延びるのに必死になっていた時代である。なまじ裕福な階層、特権階級に生まれ育った者たちの方が、むかえた敗戦の混乱は苛烈であった。
 それでも生きるべきものは生き、滅ぶべきものは滅んだ。闇市などでのしあがってきた新興勢力も、戦後の日本で大いに幅をきかした。
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