昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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終末の夏 二

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 母が心病んだ原因は、なにも伯父の死だけではなかった。
 戦争が激しくなり、いかな金満家の我が家も時代の流れに押しながされ、空襲で屋敷をうしない、軍を相手に武器の売買をしていた父は、戦後には戦犯として裁判で裁かれ、判決がおりるまえに、幸か不幸か脳卒中で逝った。それは、父にとってものこされた僕たちにとっても、いっそ幸せだったかもしれない。
 雨沼氏という人もまた父と同じ罪で裁かれるはずだったが、そのまえに彼は大空襲の夜から消息不明になったという。この人は、父とも伯父の忠とも付き合いがあり、経済界では名の知られた人だったそうだが、影ではいろいろ怪しい仕事にも手を出していたそうで、この人に関するうさんくさい噂は、まだ幼かった僕の耳にすらも、大人たちの口を通してどす黒い煙のように染み入っていた。
 雨沼氏は空襲で死んだのではないと、妙に僕は確信していた。おそらく時勢の変わり目を察知して、逃げたといった方が正しいだろう。
 幼いときに、何かの折の催し事で一度顔を見ただけだったが、雨沼氏という人は、どこかそういうふうに思わせる図太さと生命力の強さを感じさせる人だった。
 まぁ、雨沼氏のことはさておき、我が家の不幸、母を心病むまでおいつめた心痛事は、姉の件だった。
 僕の姉、啓子は、言ってはなんだけれども、けっして美しくはない人だった。
 母が、「章一の半分、せめて三分の一でも器量が良ければねぇ……」と僕らが子どものころ、よく嘆いていたのを覚えている。それを聞くたびに僕は幼心にも実母にそんなことを言われる姉が気の毒で、いたたまれない心持ちになったものだ。
 母清は、花柳界の出である美貌の芸妓であった祖母の血を引いて大変美しい人だっただけに、わが娘の不器量さが恨めしかったのだろう。
 姉は身体つきはもっさりとした、やや肥満体で、肌の色もどす黒く、目はなんとなく腫れぼったく、いつもむっつりしているようで、はっきり言って醜女しこめといっても過言ではなかった。
 だが、年頃になると、おもしろいもので、身長が伸び、身体は細くなり、物腰などもきびきびしてきて、そう悪く見えなくなった。弟の欲目もかもしれないが、すくなくとも十人並みの器量には変わっていたと思う。
 げんに母も、「幼かったときはどうなるか心配したけれど、まぁ、なんとか嫁入り先はさがせそうだわね」などと父と軽口をたたいて笑っていたぐらいだ。
 その姉が……。
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