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終末の夏 三
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今思い出しても、信じられないことだ……。
姉は女学校の友人にさそわれて中等部のころから教会へ通うようになった。そこで良くない連中と知りあったのだと母は言う。
街には貧しい人が大勢おり、教会ではそんな人たちのために炊き出しをしたり、親が忙しくてろくにかまってやれず、小学校へすら行けない子どもたちをあつめて読み書きを教えたりしてやっていた。姉はそこで手伝いをしていたのだそうだ。
そのこと自体は悪いことではないが、そのうち姉はその奉仕活動で知り合った大学生に、恋心を募らせていったのだそうだ。
名門大学の学生である彼は、さる男爵家の跡取り息子で、姉は彼と親密になり、教会での活動以外の場でも、ときどき会うようになっていた。
母は姉が男爵家の嫡子と付き合っていたことは知っていたようだが、あくまでも学生同士の清い関係と信じて疑っていなかったそうだ。
華族と芸者のあいだに生まれた外腹の娘という出生の事情をもつ母は、娘を華族の嫁にすることを強く願っており、以前からいとこの望が爵位をついだあかつきには姉を彼の嫁にしたいとかなり本気で考えていたぐらいだから、娘が男爵家の息子と付き合っていたとしても、それはそれで、という考えもあったのだろう。両親はあまり口出ししなかった。
そして親が甘いのにつけこむようにして、いつしか姉は彼と、恋愛関係になっていたようだ。
彼の影響もあるのか、もともと興味があったのか、姉はますます奉仕活動や教会での催しごとに熱中し、家にいるときは聖書を熱心に読んでいた。
姉が洗礼を受けて正式なキリスト教徒になると言い出したときは、さすがに両親は反対した。このころは戦争がかなり激しくなりはじめたころで、キリスト教への風当たりも厳しく、官憲に取り調べられた聖職者や教会関係者も多くいた。そんなときに外国の宗教にのめりこんでいく姉は、弟の僕の目にも、まるで火に飛び込んでいく蛾のように危なっかしく見えた。
恋人――ここでは仮にA氏としておこう――は、やがて警察に検挙されることになった。教会での活動だけではなく、彼は共産党の集会に顔を出していたらしいのだが、それはこの時代には犯罪であった。
姉は女学校の友人にさそわれて中等部のころから教会へ通うようになった。そこで良くない連中と知りあったのだと母は言う。
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そのこと自体は悪いことではないが、そのうち姉はその奉仕活動で知り合った大学生に、恋心を募らせていったのだそうだ。
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