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雨夜の帰還 五
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話はしばし勇の大陸での体験談で、望は珍しさから夢中になった。
勇は満洲、北京、香港、朝鮮へも行ったという。
「香港はにぎやかでおもしろい街だったぞ。〝東洋のパリ〟と呼ばれているぐらいだ」
「仁さまは、香港へは行かれなかったのでございますか?」
都の問いに仁は残念そうに鳶色の眉を残念そうにしかめる。
「一度だけ勇につきあって。ですが、私の方はすぐ戻りました。任地をそうそう不在にするわけにもいかなくて。……勇は止めてもきかないし」
勇は、上官に頼み込んで休暇をもらって、一人で大陸のあちこちを回ったのだという。任地に戻ってきて、しばらくするとまた放浪し、欧州にも何度か行ったという。
そういう無理をとおせるのは、華族出身のせいか、勇の強引にまわりを己の思うままに動かせる天性の性格のせいなのか。どちらにしても、望には勇がひどく大人で大物に思えて、憧れずにいられない。
海の向こうの国はどんなものだろう。
「欧州ではどちらへ行かれましたの?」
都が日本酒を勇の御猪口にそそぎながら問う。
「あちこちへ。巴里、倫敦、伯林、それから維納……あまりにもあちこち行ったので俺もしっかりとは覚えていないぐらいだ」
「お若い方はようございますね。どこへでも行けて」
「都だって、その気になったら、いくらでも好きなところへ行けるだろう」
「わたくしにはそんな時間も余裕もございませんわ。ほほほほ」
「これからできるさ。親父殿も、もうそろそろ引退だろうからな」
望は一瞬、ぎょっとした。
「まぁ、不謹慎な。ほほほほほ」
都が怒るかと思ったが、笑っていなした。
「そういえば、伯爵は?」
仁が気になったのか訊いた。
「ずっとお休みでございます。最近はほとんど寝ていらして……」
さすがに都の声は湿っぽい。
「寝てはいても、あちらの方は、まだまだ起きているのだろう?」
たしかに勇叔父は型破りな人だ。望はまたぎょっとして、仁は困ったように眉を寄せ、香寺は顔を伏せる。都は慣れているのか、聞き流した。
勇は満洲、北京、香港、朝鮮へも行ったという。
「香港はにぎやかでおもしろい街だったぞ。〝東洋のパリ〟と呼ばれているぐらいだ」
「仁さまは、香港へは行かれなかったのでございますか?」
都の問いに仁は残念そうに鳶色の眉を残念そうにしかめる。
「一度だけ勇につきあって。ですが、私の方はすぐ戻りました。任地をそうそう不在にするわけにもいかなくて。……勇は止めてもきかないし」
勇は、上官に頼み込んで休暇をもらって、一人で大陸のあちこちを回ったのだという。任地に戻ってきて、しばらくするとまた放浪し、欧州にも何度か行ったという。
そういう無理をとおせるのは、華族出身のせいか、勇の強引にまわりを己の思うままに動かせる天性の性格のせいなのか。どちらにしても、望には勇がひどく大人で大物に思えて、憧れずにいられない。
海の向こうの国はどんなものだろう。
「欧州ではどちらへ行かれましたの?」
都が日本酒を勇の御猪口にそそぎながら問う。
「あちこちへ。巴里、倫敦、伯林、それから維納……あまりにもあちこち行ったので俺もしっかりとは覚えていないぐらいだ」
「お若い方はようございますね。どこへでも行けて」
「都だって、その気になったら、いくらでも好きなところへ行けるだろう」
「わたくしにはそんな時間も余裕もございませんわ。ほほほほ」
「これからできるさ。親父殿も、もうそろそろ引退だろうからな」
望は一瞬、ぎょっとした。
「まぁ、不謹慎な。ほほほほほ」
都が怒るかと思ったが、笑っていなした。
「そういえば、伯爵は?」
仁が気になったのか訊いた。
「ずっとお休みでございます。最近はほとんど寝ていらして……」
さすがに都の声は湿っぽい。
「寝てはいても、あちらの方は、まだまだ起きているのだろう?」
たしかに勇叔父は型破りな人だ。望はまたぎょっとして、仁は困ったように眉を寄せ、香寺は顔を伏せる。都は慣れているのか、聞き流した。
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