サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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衆辱 四

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「殿下、まだ林のなかだから良かったのよ。これが街中だったら、あんなものではすまないわよ。腐った果物や卵、ひどいときは犬の糞を投げつけられた奴隷だっているのよ。容姿のすぐれた者なら男女問わず輪姦されることもあるし」
 マーメイの慰めるような言い分など、半死半生のラオシンの耳には届かない。
 あれからいつ解放されて館にもどったのか記憶も曖昧だ。
 気づいたときは地下の部屋で寝かされていた。絨毯のうえで死んだように眠っていたラオシンに、そばでリリが孔雀の羽でつくった扇で風をおくってくれていた。
「ま、今日はそのままゆっくりさせてあげる。でも夕方になったら、少しだけ踊りの練習をしてもらうわよ。もう本番まであと……そうね、十日と少しぐらいしかないわね」
「本番……?」
 どうにか瞼をあけて問うラオシンに、マーメイがうなずいた。
「そう、本番は満月の夜の宴よ。そこで殿下には客のまえで踊ってもらうことになるわ。初見せになるわよ。がんばってもらうからね。そのときに殿下に一番お金を出してくださる人がお客になるのよ」
「お客は……一人だけですか?」
 リリが小声で訊くのに、マーメイは当然、という顔をする。
「勿論よ。買い上げていただくことになるわね。その後のことは、そのお客しだいよ」
「では……殿下とは満月の夜にお別れになるのですね」
「リリ、そんなしょんぼりした顔をしないの」
 そんな女たちの話を聞いているのか、いないのか、ラオシンは鹿と連珠文れんじゅもんの模様もみごとな天井装飾をぼんやり眺めながら、己に言いきかせた。
(あと、十数日だ。それまで我慢すれば、私はこの館から逃げ出せる……。必ず逃げ出してみせる)
 少し眠ったことで、ラオシンの心は目覚ましく回復していた。
 あれほどの恥辱を受けても、彼の魂が完全に死なずにいるのは、まだ、本当の意味では身体を汚されたとはいえないという希望があるからだろう。
 強姦も同然の行為を散々されたが、まだその身体に他人を受けいれるという事だけはされていない。女とも交わっていない。最後のぎりぎりのところで、まだかろうじて純潔といえる部分がのこっているのだ。まだ、自分には最後の最後の砦がのこっている、という想いが、彼に気力をあたえていた。
 そして満月の夜には自分を救う兵が集まるはずだ。
 ラオシンは、そのことを考えると、果てしなかった常闇とこやみのどん底で一条の光を見る気がする。
(そうだ……。私はまだ……負けてはいない)

「殿下、これをお客様のものだと思ってしゃぶってみて」
 突き出された道具をまえに、ラオシンは堪えきれない怒りに頬を紅潮させる。だが、抗うことなく膝をつき、言われたとおりにしようとした。
「マーメイ様、俺で良ければ練習相手になりますぜ」
 餌を求める犬のように、さかんに言いたてるドドにマーメイは微笑んだ。
「何度も言わせないで、ドド。殿下と、つながることが許されるのはお客様だけなの」
 ドドがやるせない顔になって叫んだ。
「いいじゃないですか! 黙ってりゃ、わかりゃしませんよ」
「駄目よ。このマーメイは約束や契約を守るの。さ、殿下」
 うながされて、ラオシンはそれを口に受けいれる。
 そんなラオシンの素直な態度をマーメイは満足そうに見ている。
 ラオシンは、その後も命令されたことを渋々と、だが抗ったり嫌がったりせず、淡々たんたんとこなすようになった。むろん、心はきしんで幾度となく悲鳴をあげたが。
 ジャハギルの過酷な踊りの稽古も、顔から火を吹くような想いをしつつ耐えぬいた。
 四つん這いにされて蛇紋石サーペンティンの玉を蕾に挿れられ、それをまた皆のまえで吐き出すという屈辱のきわみのような行為を強要されても、舌を噛みたいと思い詰めることもすくなくなった。
 そして、日は過ぎていき、満月の夜までもうあと残すところわずかとなった。

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