煉獄の歌 

文月 沙織

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 いったい、この人に何があったのだろう。
 想いはまたそこへ行く。だが、それを問うよりも、嶋は本来の目的を思い出した。
「わ、若頭、いえ、勇さん、この先どうするつもりですか?」
「どうする? どうするも何も、どうせすることもない身だ。瀬津の飼い犬として生きるしかないさ」
 勇は自嘲の笑みを浮かべる。
 情けない、という言葉は口に出さず、嶋は言いつのった。
「それじゃ、今後も、瀬津に呼ばれたら行くんですか? ぼ、坊ちゃん、あれから様子が変なんですよ」
 伏せた目は宙に向けられたままだ。
「……仕方ないだろう? 俺も敬も瀬津に飼われている身だ。命じられとおりに生きるしかない」
 これが安賀勇の言葉だろうか。
 さすがに嶋は、旧主のあまりの惰弱さに腹がたってきた。だが、勇の目は、相変わらず、天井を見つめたままだ。
「坊ちゃんのこと、心配じゃないんですか?」
「だから、しょうがないだろう。敬の母親だって、そうやって男に買われたし、他にも、この世の中……、そうやって金のある人間に売り買いされて命じられるままに生きている人間はごまんといる」
 その言葉を漏らしたとき、一瞬、勇の目にかすかな哀感が滲んだことに嶋は気づいた。
 その哀しみに気を引かれたが、今はとにかく当初の目的を果たそうとした。
「……お願いです。今度、瀬津に呼ばれたら、断ってください。もしまた、何かあったら、坊ちゃんは壊れてしまう」
 嶋にとって何より大事なのは敬だった。
 決して報われぬ想いであっても、やはり敬を守りたい。すでに手遅れかもしれないが、今の自分にできることならなんでもしたい。自己満足と言われても、それでも、何かせずにはいられないのだ。
「おまえは、本当に敬が好きなんだなぁ」
 勇が苦笑いする。いいけどな……、と一言告げてから、勇は述べる。
「あんまり人に想いを懸けると、ときに不幸の種をまくぞ。……親父みたいにな」
 先代組長が芸者、鬼乃を愛し、敬を産ませたことを言っているのだろうか。
 それは、たしかに本妻である勇の母親にとっては不幸だったろうし、母の苦しみを見ていた勇も辛くないわけはないだろう。そのことが、勇のなかに敬への恨みとして残っていたのだろうか。おもてむきは異母弟を愛する良き兄を演じていても、心の底では母を苦しめた女の子として、敬を憎んでいたのかもしれない。嶋は想像して悲しくなった。美しい絵が汚れていくようだ。
 その後は、気づまりな沈黙が続き、やがて嶋はあきらめて室を出た。
 最後に廊下から一礼したときも、勇の目はここではないどこかを見ているようだった。
 それが、嶋が勇を見た最後だった。
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