煉獄の歌 

文月 沙織

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 当人に問いたくとも、立場上訊けるわけもなく、また敬のことで頭がいっぱいだった嶋は、とにかくどんな形であれ敬の側にいることが最優先事項で、それ以外のことにかまっている余裕はなかった。
「で、でも……」
 嶋の困惑を勇が笑った。薄闇に一条の陽光が差し込んだようだった。
「……おまえも、怒って、俺に問いただしに来たんだろう? なんだって、安賀の組長が、こともあろうに弟を敵に売り払い、みずから男娼の真似事をしているんだ、って。俺に愛想をつかして出ていった連中にも散々言われたさ」
「そ、それは……」
 図星だ。というより、この場合、それしか考えられないだろう。
「俺はな、」
 勇はそう言うと、腕を頭上で組み、座ったまま背を伸ばすような仕草をした。
「なんとなく、すべてが嫌になったんだ」
 返ってきたのは思いもよらぬ言葉。
「い、嫌に、ですか?」
 驚き顔の嶋をよそに、勇は淡々と述べる。
「そうさ」
 勇は天井を見上げ、何かを捜すように目線をさまよわせる。
「つくづく自分の人生や家、家族というものにも嫌気がさしたんだ。つまり、ヤクザの家に生まれ育ったという現実にな。芸者に入れ込んで、外に子どもを作った親父にもな」
「く、組長、いえ、先代のことも嫌になったっていうことですか?」
 あまりにも意外な言葉だ。
 勇は亡父である先代組長を敬愛していたと思っていた。
 生きているときは、ヤクザ社会にはあるまじき仲の良さで、早くに両親を亡くした嶋は、先代と勇、そして敬の親子三人が仲睦まじく過ごしている家庭の様子を心底羨ましく思ったものだ。
「あ、あんなに仲良くしていらっしゃったのに」
 思ったことを口にすると、
「そんなものは、まやかしだ。全部、嘘とごまかしだ。他人の血と恨みのうえに築きあげていた夢の世界だったんだ」
 口調はひどく静かで、それがどこまで本心なのか嶋には判断ができない。
 横顔はまったくの無表情だ。
 ヤクザ、極道という修羅の世界に生きることに嫌気がさしたのだろうか。だが、嶋が知るかぎり、勇はとっくにそのことに覚悟を決めて生きていたように思えていたが……。
 今になってそんな厭世観えんせいかんを持つようになるには、なにかきっかけがあったに違いない。先代組長の突然の死だけが理由ではないような気がする。
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